第24話
さすがの更紗も自身の蛮行に思いを馳せて酷く落ち込む。
(これはやらかした。)
長江が、転んだ更紗を助けようと差しのべてくれたその手を、更紗は激しく拒絶してしまったのだ。
(人としてどうなのって話だわ。…これは絶対嫌われた。)
それでも、更紗は強い意思をもって、その日の業務を滞りなく務めあげた。
その翌日。
「………?」
ロッカーを開けると、そこには小さなクッキーの詰め合わせが入っていた。
心当たりがない更紗は、不思議そうにそれを手に取り、裏返す。すると裏側にかわいい付箋でメモ書きが付されていた。
『変なこと言ってゴメンナサイ!』
金城からだった。
(…本当に、かわいい人だわ。)
更紗の顔には、金城に対する蟠りが溶けるような笑みが溢れた。
※ ※ ※
その日の午後。
更紗は品だしのため、倉庫の商品を台車に乗せる作業に従事していた。
しかし倉庫の棚は天井に届くほどに高く、上段の物を取るには脚立が必要だった。
そこで倉庫入り口付近に立て掛けてある大きな脚立を肩に担ぎ、よろよろ運んで棚の前に立て、梯子へと足を乗せかけた。
その時、
「島田さん!」
「え、」
何者かに不意に声をかけられ、更紗はバランスを崩した。
「うわ!」
「あぶない!」
寸でのところで腕を引かれる。途端に脚立がガシャンと大きな音を立てて床に倒れた。
「なにやってんだ!脚立のストッパーが外れてたぞ!」
突然の畳み掛けるような怒鳴り声に身体がすくむ。
強く掴まれた二の腕が痛い。
更紗は恐る恐るその人物を見上げた。
「…あ、あの、店長、」
そこにいたのは、更紗よりも遥かに青く顔を強ばらせていた長江。
「店長?」
「…あ、悪ぃ、」
長江は更紗の声に我に返ると、慌てた様子で更紗の二の腕を掴んでいたその手を離した。
そして、
「…咄嗟に腕、掴んでしまって、…申し訳ない」
詫びつつも、何故か長江は額に手を当て、酷く動揺していた。
「……いえ。…大丈夫です。大丈夫ですよ、店長、」
更紗の声も届かないのか、長江は蒼白な顔のまま、じわりじわりと更紗から後退る。
「………っ」
そして長江は更紗から逃げるように足早に倉庫から出ていってしまった。
「……そんな、…どうして、」
床には、倒れた脚立と、脚立に当たって散乱したマスクの箱が無惨に散らばる。
「………どうして、」
それを一個一個集めながら、更紗は鼻をすすり、流れそうになる涙を袖で拭った。
マスクの箱を拾い終え、脚立を使って店頭に出す商品を台車に乗せると、更紗は急いで倉庫を後にした。
そしてそのまま長江の姿を探す。
(…どこ、…どこ、)
しかし長江は店内の何処にも見当たらず、
(……いた。)
最後に向かった事務所のパソコンの前、項垂れるように座っていた。
その背にそっと声をかけた。
「あの、店長、先程は助けていただきありがとうございました。」
「いえ。…怪我はありませんでしたか?」
長江は振り向くこともなく素っ気なく言う。
その声がいつもより少し低いのは、気のせいではないと更紗は気がついていた。
「大丈夫です。店長は、…その、…大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます。」
「………」
結局長江は一度も振り返ることはなかった。
※ ※ ※
「ああ、長江ね。気にしなくていいよ。なんかあっちこっちで色々やらかしてるらしいから、女の扱いにナーバスになってんじゃない?」
休憩時間、一緒になった金城に、長江を怒らせたかもしれない旨を相談すると、そんな答えが返ってきた。
「やらかしてる?…というと?」
「元々は長江、エリアマネージャーだったらしいけどさ、セクハラ紛いのことをして降格になったんだって。…まあ、そのセクハラされたって騒いだ女は前々から問題起こしてたヤツだったらしいんだけどね。」
「ご存じの方なんですか?」
「直接は知らないよ。聞いたのよ、新井店長に。新井店長が異動になる前に、新任の店長についてウチらがあれこれ聞きまくったからさ、その時、新井店長もノリノリで教えてくれたんだけどね、」
…長江が東関東のエリアマネージャーを務めていた時代、長江はある女性の店舗責任者に一方的に懸想された。
立場上、部下であったその女性の執拗であからさまなアプローチを無下にはできずに、相談に乗るという名目で、長江は数回プライベートで彼女と会っていたらしい。
「その時、まあ新井店長曰く、上手くあしらえなかった長江に落ち度があったみたいなんだけどさ。結局、長江が靡かないことに焦れた女が強引に肉体関係に持ち込もうとしたみたい。」
しかし長江に拒絶されると、女性は態度を急変させた。
本社のコンプライアンス総括部に、肉体関係を強要されたと虚偽の訴えを起こしたのだ。プライベートで数回会っていた事実も相まって、その後長江は査問委員会にかけられた。そして店舗責任者に降格させられ、今、各地を店長として転々と転勤させられているのだという。
「…そんな、そんなのって、」
長江の現状を聞く更紗の、太ももの上で握られた拳は白く震えた。
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