第14話


 ドラッグストア『サンカヨウ蒲田店』にて、絆創膏とお菓子の詰め合わせを買った。


 その時、案内してくれた女性店員が、「プレゼントならラッピング用に、こちらの商品もご一緒にいかがですか?」と、安価ではあったが可愛らしい袋も一緒に購入を勧めてくれた。


 商売上手だと舌を巻くよりも、客に寄り添う姿勢が嬉しかった。


(私より年が上なんだろうけど、「研修中」ってことは、新しくこの仕事を始められたばかりの方なんだ。)


 帰りしな、なんとなく、車内で「登録販売者」を調べてみた。


 公的資格でありながら、受験資格に年齢制限もなく、独学で取得も可能、とあった。

 ただし資格取得後、二年間の実務経験がなければ一人立ちはできない。そのため、その期間は「研修中」となる。


(あの人は、最近登録販売者になられた方だったんだ。…なのに、あんなに堂々としてて。人生の再スタートに、遅いということはないんだな。)


 彼女との出会いは、更紗の心に小さな光を宿してくれた。


     ※ ※ ※


 帰宅後。

 更紗は改めて長江からの返信を読みながら、不思議な感慨を覚えていた。


 新たな仕事に対して胸を張って頑張る研修中の女性と、『生きるため』だけに日々仕事をしている自分。


 そして、そんな更紗の『弱さ』を肯定してくれる長江。


(もしかして、私たちは、…傷の嘗めあいをしているにすぎないのかな。)


 長江の言う、作中の『他人の妻』の「弱さに従順で儚く命を放棄したがっている」姿勢に、どこか長江本人の姿が重なって、更紗の胸は抉られるように痛んだ。


 だからといって、長江の作品から目を反らせないし、嬉しいこと楽しいこと辛いことがあれば、真っ先に報せたいと思うのも長江だった。


(私たちの関係は、ネットだけの繋がりでしかない。この人が、どんな人なのか、何の仕事をしているのか、年が幾つなのか、容姿はどうなのかさえもわからない。)


「けど、」


(それでも、私はこの人の書く作品が好きで、この人の寄せてくれるコメントが好き。でも、『好き』なだけだ。)


 更紗はスマホと絆創膏とお菓子の詰め合わせを、リビングの赤い丸テーブルの上に置いて、しばし腕を組んだ。


(この人をもっと知るには、たぶん、今の私では駄目だ。弱さの渦に溺れてしまう。)


 徐に更紗は机からスマホを取り上げると、電源を入れ、すぐさま検索をかけた。


《登録販売者 取得方法 独学》


 前を向きたいと思った。


 その動機が不純だと言われれば確かにその通りだが、自らの足できちんと大地を踏みしめて一人立ちしなければ、と意思が固まるキッカケとしては十分だった。


「よし!」


 更紗は気合いを入れて立ち上がると、まず洗い物が溜まったシンクを綺麗に片付けることから始めた。


     ※ ※ ※


 長江さん、

 おはようございます。


 昨日は返信コメントありがとうございました。


 マンボウに憧れる、の意味、少しわかりました。正直、完全にはわからなかったけど。

 なんとなく、マンボウに憧れる、ということは、諦めて早く楽になりたい、と言う意味なのかなと思いました。


 死は意外に簡単なことではないから、なおさらあの『妻』は、簡単に死んでしまうマンボウに憧れたんでしょうね。


 難しいですね。



 突然ですが、

 私、一念発起して登録販売者を目指すことにしました。

 一からの勉強になるから、簡単ではないけど、「生きるため」と捉える仕事観を少し変えてみたいな、と思ったもので。


 今のままだと、たぶん私は長江さんにとってプラスにはならない。だから。


 うまく言えないけど。

 ちょっと勝手に決意表明してみました。


 今日もお仕事頑張ってください。


             サラサ

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