第11話
朝、長江が事務所でパソコンから商品の追加発注をかけていた時、不意に傍らの電話が鳴った。
「ありがとうございます。サンカヨウ北広島店、長江でございます。」
『あの、今日の折り込みの求人を見た者ですが、…店長さんはおられますでしょうか?』
「あ、僕が店長の長江です。」
『え!あ!あの!私、そちらでどうしても働きたくてっ』
「アルバイト希望の方ですね、ありがとうございます。では、……」
年配のパート店員が二人しかないこの店舗において、その日、求人募集に応募してきたのは、25歳のフリーター、安堂千夏。
電話の応対もハキハキとしており、さほど悪い印象は抱かない。傍らのメモに名前と連絡先を記しながら、彼女の名前を何度か丸で囲む。
そして勤務時間と出勤可能日数のすり合わせをした後、2日後に面接の予定を組んで、長江は受話器を置いた。
数日後。
店舗の若返りと人手欲しさに、安堂の採用はすぐに決めた。とはいえ、
(しかしこの子、いやにここのアルバイトに積極的だったな。パッと見、こんな寂れた店には似つかわしくない風貌なのに。…アパレルとかの方が向いてんじゃねぇのか?)
長江は安堂の履歴書の写真を見ながら、何故か一抹の不安を抱いていたのも事実だった。
(これで裏があれば、…一つ話が書けるな。)
安堂の履歴書を収めながら、次の話の構想のヒントを思い、口角をもたげた。
(まあ、サラサさんの好きそうな話にはならないだろうけど。)
そんなことを思った瞬間、長江の口元から笑みが消え、年甲斐もなく顔を赤らめた。
「…何をバカなことを。」
動きが止まる。
人の好みを考えながら物語を紡ごうなどと、一瞬でも脳裏を掠めたことに、長江は驚きを隠せなかった。
※ ※ ※
安堂はスラリと背が高く、過疎化が進むこの地域には珍しいスタイリッシュなファッションに身を包んでいた。どこか都会的で、この小さな町にはあまり似つかわしくない。
サンカヨウ北広島店の旧式のレジスターの前に立たせてみても、そこだけいやに華やいで、客も思わず一瞬足を止める。
「………」
物静かな佇まいで品があるのに、持って生まれた華が人目を引くのだろうと、長江は遠巻きにそれを見ながらつくづく思った。
そんな安堂は毎度、出勤した際には下ろしている黒く艶のある長い髪を、わざわざ事務所で一つに束ねるのが常だった。
「家で髪を結んでくりゃいいのにねぇ。なんでいちいち事務所で結ぶんじゃろうかね?」
古株パートの吉田が、遠巻きにレジを見ていた長江の傍にやって来て、長江を見上げながらニヤニヤ笑いつつ問いかける。
「さあ。…仕事に対する儀式みたいなものなんじゃないですか?」
「んなわけがない。…ありゃあ、アンタにアピールしよるんよね。」
「まさか。」
長江が半笑いで吉田を見下ろすと、目が合った小さな吉田はマスクから覗くシワの深い目を一層歪めた。長江は鼻で笑って吉田を見るのを止め、在庫管理のタブレットに視線を落とす。
「まああり得ませんね。こんな40歳のおっさんに色仕掛けとか、時間の無駄ですよ。」
「知っとるわ。本気にすんな、図々しい。」
「………」
明け透けに物を言う吉田とのやり取りは、長江はわりと嫌いではない。ひとしきり吉田の暇潰しに付き合った後、マスクの奥で含み笑いを込めたまま、長江は品出しのための商品を取りに、奥の倉庫へと向かった。
※ ※ ※
「…長江店長、」
奥の倉庫で一人、商品を台車に積んでいると、背後から声をかけられ振り返る。
そこに立っていたのは、安堂だった。
暗い倉庫内から見る安堂は、煌々と漏れる店からの光を背に浴びていて表情が読めない。
「どうしました?トラブルですか?」
長江は意図して穏やかに問う。
「………」
すると逆光を浴びる安堂の赤い唇が、艶やかに蠢いたように見えて、長江は一瞬息を飲んだ。
そんな長江の心内を読んだように、安堂は悠然と口を開く。
「店長は、…マンボウに憧れる女性がお好きなんですか?」
「………っ!」
突然のことに、長江はうっかり持っていたペットボトル飲料を床に落としてしまった。
衝撃でペットボトルはひび割れたのか、コンクリートの床に、色のわからない液体がじわりじわりと広がった。
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