偽英勇は仲間がいない

「英勇」という言葉がある。

英雄よりも勇者よりも偉大な功績を残した者。あまりに大それた意味合いゆえ、

長らく適合者不在であった世界的称号だ。

―――剣帝メルトライン。

歴史上たった一人、その称号を与えるに足る男が現れるまでは。

無敵無類、強大無比、史上最強、あるいは人外。人間の強さをたたえる言葉は数あれど、

剣帝メルトラインをたたえる言葉としては物足りないだろう。

あえて言うなら「理解不能」。

人間はもちろん、世界を滑る三界の高位存在――地上の竜、天界の天使、冥界の悪魔、たちと何百戦にもおよぶ激戦を繰り広げて無敗。さらにその後、世界終焉の危機となった大戦をもあっさりと鎮めてしまった。

それが三百年前のこと。

後にも先にも、彼に匹敵する偉業を成し遂げる者は現れないといわれている。

―――いや、言われていた。

「おめでとう。諸君らは選ばれ、そして機会チャンスを得た」

聖ファラオ旅学院・結束式。

普通科学校の入学式にあたる日、三級学生騎士として入学したレオをはじめ、入学式に向かって学長が発した第一声だ。

「歴史上、剣帝メルトラインただ一人が有する『英勇』の称号を、諸君らが手にするという機会チャンス。君たちがこの学舎で大いに研鑽けんさんを積み、信頼すべき同士を見いだし、そして記録帖アンコールを発見する功績に期待しよう」

それが二年前。あの時にはまだ、学長の言うように自分も少しは期待されていたと思う。

新しい入学審査を通過した入学生として。

だが。

「レオ、お前はまたクラスで五番目か」

.......成績の良し悪しは置いといて。

.......どうして俺の成績だけ大声で発表するかな。

内心の声を押しとどめ、レオは無言でその紙を受けとった。

「学生で一番とは言わないが、せめて教室で三番目には入ってもらいたいものだな」

背後では教官のわざとらしい溜息。

「それとも、英勇に似ているのは見た目だけか?」

「っ.......」

見た目は関係ないでしょう。のどまで出かかった声をこらえて引き返す。教室の最後尾にある自分の机までおよそ十メートル。その間に―――

「レオちゃん惜しかったね。また五番?」

「でも教室が三十六人だし、その中で五番ならいいほうじゃない?」

「何言ってんだよ。あいつあれで一年落第してんだぜ。本当なら今頃二級岸に進級して上級生になっているはずだろ。俺らの一つ上の先輩だったんだぜ」

「まぁ相変わらずか。あんなに努力してる割にはさぁ」

「しっレオに聞こえるって。小声で。ね」

―――小声だって聞こえてるんだけどな。

わざとらしいヒソヒソ声。ただし自分にまで聞こえる程度の声量で、教室中から聞こえるささやき声と失笑。そして最後に決まってこう言うのだ。


外見だけ伝説の英勇にそっくりな偽英勇と。

レオ=D・マクスウェル

明るい茶の髪を無造作に切った髪型に、濃い青の瞳。

ほどほどに整った顔立ちながら、まだ初々しさも残る素朴な表情。

身長は同じ十七歳の中では平均程度だろうが、屈強な学生騎士たちが集ったここ聖ファラオ旅学院ではむしろ小柄に当たるかもしれない。

外見的に突出したものはない。ただし一つだけ特徴を上げろと言われれば――

剣帝メルトライン。

外見だけが、あの英勇に酷似しているという点だろう。

何しろ学園の正門に飾られているメルトラインの銅像を見た生徒が、まじかに歩くレオを思わず見比べてしまうほどだ。

「前期の成績開示は以上だ、質問は?」

教官の声に、クラスメイト三十六名の誰からも手は挙がらない。

「結構。諸君らもわが校に入学して二年がたつ。ごく一部、三年目の者もいるが―――」

自分に向けられる周囲の視線。

.......それにはもう慣れたよ。いつものことだし。

それに気づかぬふりをして、レオは手元の教本に目を落とした。

「冬の進級試験に合格することでいよいよ上級生へと進級する。昨年の初級生から始まり、現在の中級生。そして上級生、卒業を控えた最上級生。この四年間のうち、本格的な『旅団』《パーティー》としての訓練期間に入るのが上級生だ。それはまさしく、諸君らが記録帖を求めて世界へ羽ばたくにあたり欠かせぬ一年間になる。―――レオッ!」

「はい」

「お前の祖先でもある英勇が残した最後の遺品だ。記録帖の存在が世に知れ渡ったのがいつだか当然に覚えているな」

「世界暦789年の秋です」

どうせ自分が聞かれるのだろう。

そう予想して準備しているだけあって解答に淀みはなかった。

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世界終焉の記録帖 @Nekoremu

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