第138話 怪しい対応

「うん。なかなか感じいいのお店じゃないか。『馬車の事ならビッグモード』ってキャッチコピーを作るだけのことはあるな」


 これなら俺からもアリスベルに強く推薦してもいいかもしれない。

 そうしたら俺がふらふらと遊び歩いていたのではなく、城下を視察したことの証拠にもなるしな。


 どうやら歴戦の勇者の勘が、珍しく外れてしまったようだ。


 俺はなにせピカピカに掃除されている店内を、驚きとともに見て回ってから、気持ちよくお店を後にしようとしたんだけど――。


「話が違うじゃないですか! 150万で買い取るって話だったはずです!」


 突然、穏やかな店内に怒りに満ちた大きな声が聞こえてきた。


 声のした方へと視線を向けると、そこには1人の女性がいた。

 ハタチ過ぎくらいの若い女性で、ものすごい剣幕で、さっきの愛想のいい店長に食って掛かっている。


 なんだなんだ?

 モンスタークレーマーか?

 美人なのにもったいないな。


 俺は見ているのも悪いと思ったんだけど、揉め事がエスカレートしたら力添えできるかもしれないと思って、気配を殺しながら遠巻きに視線を送った。


「精査の過程で当初の見積もりからの減額もあるという契約だと、事前にお伝えしておいたはずですが?」


「それにしたって150万の見積もりだったのに、最終的に70万じゃ半額以下じゃない! これどう考えても詐欺でしょ!」


「詐欺とはまた酷い言いようですね? 車体には水没跡がありましたし、ひっかき傷やぶつけたような跡もありました。さらに足回りにも大きな事故の後がありましたので、これは当然の査定でございます」


「はぁ!? 私は馬車を水没させたことなんてないし、大きな事故なんて1度も起こしたことがないわよ! 車体だって毎日、運行の前と後に欠かさずチェックしてた! 傷なんてあるはずない! 言いがかりはやめてよね!」


「言いがかり……ですか?」


「そうよ! 違うって言うなら、実際にどこにそんな跡があるのか、水没跡も含めて私の目の前で指し示してみせなさいよ!」


「残念ながら、お客様の馬車は既に他の町に送ってしまいましたので、確認にはかなりのお時間がかかります。また、もう一度王都まで運んでくるための費用を、お客様の方で別途用意していただくことになりますが?」


「な――っ! そんな勝手に!」


「勝手ではありません。譲渡契約は既に済んでおります。最後に査定の金額が少々変わるだけの話というだけで」


「言うに事欠いて少々ですって!? 最初の半額以下にするなんて、これのどこが少々よ! こんなの契約無効でしょ!」


「残念ながら有効なんですねえ。なんなら出るところに出たっていいんですよ? 公明正大に裁判で決着をつけましょうか?」


「裁判だなんてそんな……こんなご時世なんだから、時間も費用もないわよ。みんな苦しいのよ。分かるでしょ? うちだって新しい馬車の購入契約をしてるし、そのための費用がすぐに必要なのよ」


「でしたらもう、この金額でご納得ということでよろしいですよね? わたくしどもとしては、改めて馬車の傷について再確認するのはやぶさかではありませんが、なにせ急いでおられるのはお客様の方かと存じますので」


 店長がニチャァと人の悪そうな笑みを浮かべた。


「ぐ……っ」

「さぁさぁどうなんです?」


 ニチャァ、ニチャァ。


「…………分かったわ」


「お判りいただけたようでなによりです。では改めて、ここにサインをお願いいたします」

「……うう、ぐすっ。ひどい……」


 悔しそうな顔をしながらサインをする女性を横目に、俺は店外へと出た。


「……嫌なものを見ちまったな」


 俺には今のやり取りが、大手商会が契約や裁判を持ち出して、資金力の弱い個人事業主を一方的に脅しているように見えた。


 なによりビッグモードの店員の対応がなんともかんに障った。


「あれは丁寧って言うんじゃない。慇懃無礼いんぎんぶれいって言うんだ」


 あんな態度で相手の弱みにこれでもかと付け込んで、しかも当初の半額以下に値切るなんて尋常じゃない。


「どうやら俺の勇者の勘は外れちゃいなかったみたいだな。ここには何かあるぞ」


 俺は店外でしばらく時間をつぶすと、怒りを抑えきれない様子で大股で店を出てきたさっきの美人さんにコンタクトを取った。


「ナンパならやめてくれる? 私、今かなり不愉快してるから」

「まぁまぁそう言わずに、話だけでも」


「これ以上話しかけたら不審者として衛兵に突き出すわよ」

「ちょっとだけ話を聞かせてくれないかな」


「あんたに話すことなんてないって言ってるでしょ! ――って、その紋章はまさかセントフィリア王家の紋章!? もしかしてあなた、王家に関わりのある人!?」

「まぁそんなとこかな」


 美人さんは最初は俺のことをナンパ師か不審人物ではないかと怪しんでいたものの、例の『精霊探知ジャマー』の短刀にセントフィリア王家の紋章が入っていたのを見て、ガラッと態度を変えると、涙ながらにビッグモードの悪行を語ってくれた。


 俺はそれをしっかりと聞きとめると、美人さんから契約書なんかも借り受けて、この国を実質取り仕切っている頼れる王妃アリスベルに報告した。

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