第137話 潜入!ビッグモード!

『ひ、酷い……くっ、見てろよ、今日はベッドの上でいつも以上に可愛い声で鳴かしてやるからな! むふふ……』


『はぁ!? 私がアンタの前で可愛い声で鳴くわけないでしょ! 気持ち悪いこと言わないでしょね、このセクハラエロ猿!』


『そんなこと言って、ベッドの上ではいつも可愛く甘えてくるくせに。お昼は強く言っちゃってごめんね、とか言ってくるくせに。今日は最高に可愛がってやるぜ、むふふふ……』


『このっ、エロ猿勇者が! エロいだけあってちょっとそっち方面が得意だからって、調子に乗って……!』


『はいはい、痴話げんかはそれくらいにしてね。仲がいいのは知ってるから』

『ちょっとアリスベル。勘違いしないでよね、これは痴話喧嘩とかじゃないから。風説の流布への正当な抗議だから』


『はいはい、分かってます分かってます』


 ――以上、回想終わり。



 というような感じで、危うくお小遣い永久消滅の危機だったので、よく覚えていたんだよな。


 この地区はまさにその話題になっていた復興整備が行われた地区で、事実、他の場所には全て街路樹と植え込みが綺麗に整備されている。


 しかしこのビッグモードの前だけは、植え込みも街路樹もなく、本来それらがあるはずの場所は、土がむき出しになっていたのだ。


 この違和感に、悪をとがめる勇者の直感がビビッと反応した。


「ビッグモードって言えば、馬車の車体や部品を扱ったり、点検や整備もしてくれるお店だよな?」


 さらには馬車を使った定期運行便や個別送迎なども手広く行っており、王都だけでも十店舗以上あって、さらには各都市にも出店しているため共通サービスが受けられる便利さが売りで、セントフィリア王国内でもかなり広く知られている。


『馬車の事ならビッグモード』は、子供でも知っている有名なフレーズだ。

 王都の復興事業でも、現地に職人や労働者を運ぶのに大活躍していた。


「そういや王都壊滅の時に王宮馬車庫も壊滅してて、新品は買えないから使えそうな馬車を見繕って、部品を買って修理しないといけないとかアリスベルが言ってたような」


 お抱えの職人だけじゃとても手が足りないから、民間に下請けに出そうと思っているとか、そんなことを言っていた。


「たしかここが最有力候補に挙がっていたはず……せっかくだし、ちょっと覗いてみるか」


 俺はビッグモードの店内へと足を踏み入れた――。



「へぇ、綺麗に掃除が行き届いたお店だな」


 隅々まで掃除が行き届いたピカピカの店内に入ると、


「いらっしゃいませ! ビッグモード本店へようこそ! 本日はどのような御用でしょうか?」

 まずは元気のいい挨拶でお出迎えをされる。


「あーうん、馬車をね、ちょっとね。修理しようと思ってて。この前のアレで壊れちゃってさ」


 王都で『この前のアレ』といえば、それ以上言わなくても超越魔竜イビルナークによる王都壊滅の一件だと通用する。


「それでしたら、当店は優秀な職人を多数抱えており、様々な部品も取り揃えておりますので、ぜひともご利用を検討くださいませ。お使いの馬車の車種や年式などはお分かりですか? 破損個所などを教えていただければ、簡単な見積もりもすぐにお出ししますよ」


「ごめん。詳しいことは全部、人に任せてるから俺は知らないんだ。今回はちょっと通りがかったから、どんなもんかと見学に来た感じでさ」

「なるほど、さようでございましたか」


「ちなみに君はスタッフさん?」

「当店の店長にございます」


「ここって本店だよな? その店長ってことは、結構偉いんだ?」

「そうなりますね」


 偶然にも色々知ってそうな相手にコンタクトできたし、ちょいとつついてみるか。


「そっかぁ。それにしても隅々まで掃除が行き届いているんだな。ちょっとびっくりしたよ」

「副社長の指示の元、環境整備点検を毎月行っておりますので」


「なるほどね。ちなみに店の前の街路樹がないみたいだけど、どうなったんだ? 周りは全部綺麗に生えそろっているよな?」


「それはその……先日、なぜか枯れてしまいまして」


 なんだ?

 わずかに目を逸らしたぞ?

 俺の気のせいか?

 まぁ木だって生き物だから、枯れることくらはあるか……。


「そっか。それは災難だったな」

「ええ、まぁ……それはそれとして、よろしけば店内をご案内いたしましょうか?」


 今のも話を変えた?

 これも俺の気のせいか?


 だがあまり根掘り葉掘り聞き過ぎると、怪しまれてしまう可能性がある。


 それに特に問題があったわけでもない。

 今だって極めて丁寧に対応してもらっている。

 勇者の勘を根拠に、俺が勝手に怪しんでいるだけだ。


「ああいや。一人で見て回るから気にしないでいいよ。具体的な用があるわけじゃないからさ」

「かしこまりました。もし御用がありましたらお呼びくださいませ」


 店長さんは会釈をすると、本当に塵一つ落ちていない美しい店内を歩いてバックルームへと戻っていった。

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