第125話 リヨン錯乱?

「じゃあそろそろ行くな。仕事の資料は、ちゃんと分かる奴に後で取りに来させるから、リヨンは安心して寝ておくように。大丈夫、迷惑はかけないよ」


 そう言って席を立とうとすると、そこでリヨンが服の袖をキュッと摑んできた。


「もうちょっとだけ一緒にいて……お願い」

「ちょっとくらいなら、いいけど。でもちょっとだぞ?」


「それと……ギュッてして欲しいな」

「ギュッて、ってそれは……」


「一生のお願い……だめ?」


 病気で弱っていると、どうにも寂しくなる時がある。

 静かな部屋で寝ていると、自分一人になったみたいに感じてしまうからだ。


 弱った身体につられて、心も弱ってしまうのだ。

 リヨンも今、心細くなっているに違いなかった。


「……リヨンにはいつも世話になってるしな。分かったよ。だけど少しだけだぞ?」


 俺は優しく微笑むと、ベッドで横になっているリヨンの掛布団の下に潜り込んでリヨンを優しく抱きしめてあげた。


 アリスベルやフィオナとはまた違ったリヨンの柔らかい感触が、俺の腕や胸に返ってくる。


 少し汗と混じった甘く成熟した大人の女性の匂い。

 しっとりと熱っぽい吐息。

 リヨンの全てに、俺は何とも言えない劣情を感じてしまっていた。


 改めて言おう。

 リヨンは絶世の美女だ。


 俺にだけ異様に当たりがキツいのも、今はすっかり鳴りを潜めているのもあって、なんていうかその、不良が子猫を助けたらキュンと来る「ギャップ萌え」(フィオナに最近教えてもらった)みたいなのも感じてしまい、俺のイケナイ聖剣がムクムクし始めてしまう。


 くっ!

 病人をお見舞いに来たっていうのに、なんで俺の下半身はこうも見境がないんだよ!


 鎮まれ、鎮まるんだ俺のイケナイ聖剣!

 お前の戦場は別にある!

 今はその時ではない!


 しかしリヨンは俺の心の葛藤なんてお構いなしに、せきを切ったようにもっと甘えてきたのだ――!


「もっと、して?」

「いや、もっと、って……」


「アリスベルやフィオナにやってるみたいに、もっとギュって抱きしめて欲しいの」

「いや、それは……」


「お願い、クロウ。今だけギュってして?」

「リヨン。お前疲れているんだよ。今は冷静さを失っているんだ。だからもう寝よう。な?」


 リヨンに可愛らしくおねだりされても、俺は最後の一線を踏み越えはしなかった。

 アリスベルとフィオナを悲しませるような真似はできないから。


 それに俺はリヨンの弱った心に付け込みたくなかった。

 リヨンは俺にとって、本当に大切なかけがえのない仲間だから。


「嫌」


 しかしリヨンは、俺の提案をこれ以上ないくらいにきっぱりと断った。


「嫌って……。あのなリヨン。今のお前は本当に調子が良くないんだ。倒れるくらいに疲れてて、熱だってかなりある。自分でもボーっとしているって自覚はあるんだろ? 嫌いな男にギュッとしてなんて言っちゃうくらいにさ」


「私がいつクロウを嫌いだって言ったのよ?」


「え? いやだってよく『はぁ? 私がクロウを男として好きなわけないでしょ!』とか言ってただろ」

「でも嫌いとは言ってないはずよ」


「そりゃ嫌いとは言われてないけどさ。でも好きじゃないんだろ?」

「そんなの嘘だもん」


「……は?」

「好き。クロウが好き。大好き。愛してる」


 リヨンは熱にうなされたようにそう呟くと、俺をギュッと強く抱き返してきた。

 さらに唇と唇が触れる。

 リヨンの舌が俺の中に入ってきて、ヌルリと艶めかしく動きながら俺の舌を絡めとろうとする。


 慌てて俺は顔を背けたが、リヨンは首筋や頬になんどもキスを続けてきた。


「リヨン、これはまずいって。落ち着こう、な?」


 リヨンのやつ、完全に錯乱してしまっているぞ。

 俺を好きとか支離滅裂もいいところだし、こんなに甘えたようにキスをしてくるなんて、普段のリヨンの態度からはとても考えられない。


「こんなに硬くしてるくせに、何がまずいの? ねぇ?」

 しかしリヨンは俺の耳元で艶っぽくささやきながら、腰をギュッと押し付けてくる。


「――っ!」

 ぐふっ、俺の聖剣が既にハイパーバトルモードになりつつあることを、完全に気付かれてしまっているぞ……!


 俺は腰を引こうとしたが、リヨンが腕を俺の背中と腰に回し、足も絡めてくるせいで逃れることができない。

 結果、俺は鋭くそそりたった聖剣を、リヨンの腰に押し付けることになってしまった。

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