第二部 暴れん坊将軍編(セントフィリア国王編)
第76話 アフターストーリー 王妃アリスベル
王妃アリスベルは『神の息吹を吹き込む乙女』=『ゴッド・ブレス・ユー』の二つ名で知られる、世界を救った勇者を死の淵から救いだしたゴッドハンドの持ち主だ。
勇者を救ったことで見初められて、一庶民から王妃にまで登り詰めた幸運なシンデレラ――世間の皆はそう思っていた。
しかし現実は少しだけ違っていた。
「アリスベル様、先日施術していただいたおかげで身体が10歳は若返ったようです。さすがは勇者クロウ様を死の淵より生き返らせたというゴッドハンドですな。その御業に感服するとともに、心より感謝の気持ちを述べさせていただきたく思います」
敬愛のまなざしで言ったのは、宰相を務める老貴族サンジェルマンだ。
サンジェルマンは好々爺という表現がぴったりで、昔からクロウを支援していた勇者派の貴族の重鎮だった。
クロウが追放されたと同時に北部辺境の徴税官という端役に飛ばされていたのだが、結果的にそのおかげで超越魔竜イビルナークの王都襲撃を免れていた。
現在はクロウの絶大な信を受けて、宰相として政治を取り仕切っている。
取り急ぎは壊滅した王都の復興に尽力していた。
「あはは、良かったねー」
お礼を言われたアリスベルがにっこりと笑う。
「実のところ、王都最高の回復術士のアルティメット・ヒールでもどうにもならなかったあの重度の腰痛をたった1回の施術で直し、さらには死の淵から勇者クロウ様を救い出したと聞いた時には半信半疑だったのですが……いやはや確かにこれは神の手と呼ばれるにふさわしい御業。このサンジェルマン、心底恐れ入りました」
「もう、そんな風に褒められたら照れるじゃん。それにおにーさんからは昔から宰相には世話になってるって言われてたしね。宰相には元気でいてもらわないと」
「お心遣いありがとうございます。しかしながら国を救うために命を賭けて戦う勇者クロウ様を支援するのは、為政者である貴族としては当然の義務でありましたゆえ、アリスベル様もどうかお気になさらぬよう」
「あはは、そうは言うけど、今だって決めるだけ決めたら丸投げで根回しとか予算のやりくりとか政治の細かいアレコレが全然わかってないおにーさんの代わりに、宰相が色々全部やってくれてるんでしょ?」
クロウは戦闘力こそ世界最強だが、残念ながら政治能力は限りなく凡庸だ。
優秀なストラスブールやリヨンが手を貸してくれてはいるが、彼らも政治は専門というわけではない。
だからサンジェルマン宰相がいなければクロウ=アサミヤ朝セントフィリア王国は、早晩たちゆかなくなっていただろう。
「この前もおにーさんが目安箱を作って直接庶民の声を聞くんだ、とか言い出したけど、それを全部段取りしてくれたのは宰相なんだから、感謝するのはこっちだもん」
「なんともったいないお言葉。また何かありましたら何なりとご相談くださいませ。お力添えさせていただきますので」
「あ、そうだ。それで思い出したんだけど、この前おにーさんが『今は復興で手一杯だから後回しにするか……』って言ったまま多分忘れて放置してる暴れ川の改修の件ね、アタシが朝一で代わりにハンコ押して承認しといたから」
「おおっ、王都復興のめどがつき次第行う予定の一級河川の改修工事の件ですな。迅速な対応ありがとうございます」
「いえいえどういたしまして」
「しかし勝手に承認してしまってよろしいのですかな?」
「いいのいいの。おにーさんが『なんか毎日忙しいなぁ、アリスベルにも手伝って欲しいなぁ(チラッ』とか鬱陶しいくらいに言ってくるから、代わりにやってあげただけだし。一応、民間の土木業者を呼んで合見積を出してもらったんだけど、予算も工期も提出されてる案で問題なさそうだったしね」
「細やかなお気遣いありがとうございます」
「それと孤児院の増設の件なんだけど、今は復興で人手が足りてないでしょ? だから子供でもできる仕事は優先的にそっちに斡旋してもらえないかなって。そうしたら子供たちも手に職もつくだろうし、まとまったお金も手に入って将来生計を立てる元手になると思うんだよね」
「それは良い考えですな。労働局にその旨の指示を出しておきましょう」
「でも劣悪な重労働とか、子供を食い物にする悪徳業者は排除しておいてね?」
「もちろん心得ております。問題業者は門前払いするとともに、王妃様の御名のもとに誓約書を書かせます。さらには抜き打ちで監査を行い、就労した孤児への聞き取り調査も随時行います。もし違反すれば死刑や国外追放、資産没収などの厳罰に処しましょう」
「うんうん、ありがと。あ、それとね、夜に簡単な読み書きを教える夜間学校を作りたいんだけど――」
アリスベルとサンジェルマン宰相はしばらく、復興と国政運営について有意義なやり取りを行った。
そう。
いまやセントフィリア王国を実質的に支配しているのは、救世の勇者にして国王たるクロウではなかった。
真の支配者は、あれこれ気が利いて問題点を見つけることが上手く、さらにはゴッドハンドによる整体術で家臣団から熱烈な支持を受ける王妃アリスベルなのだった。
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