第66話 アリスベルとクロウ

 いつの間にか全身いたるところから出血をしている。


 戦いの前にせっかく用意してもらった選りすぐりの防具も、既にボロボロになってしまっていた。


 いや防具が選りすぐりだったからこそ、まだこうやって生きていられるのかもしれないな。


 なにせ敵は驚異のSSSSランクなのだから。


 俺は体力を大きく削られ、身体中どこも傷だらけで、攻撃は受けるのが精いっぱいで反撃なんてとてもじゃないけどできそうにない。


 この絶望的な状況を、さていったいどうしたものか――。


 もちろんどんな状況でも俺は諦めたりはしない。


 なぜなら俺は勇者だから。

 勇者は人類の希望であり、世界の敵と戦う最強存在なのだから。


 俺が勇者である以上、なにがあっても負けることは許されない――!


 考えろ、考えるんだ。

 まだどうにか身体が動く間に、勝つための手段を見つけるんだ――!


 俺がなんとか打開策をひねり出そうと、超越魔竜イビルナークの慢心によって得られたこのわずかな猶予に思考を加速させていると、


「いけません、アリスベルさん! 危険です、戻ってください!」


 突然そんな声がして、


「おにーさん!」


 アリスベルが結界を出て、俺の元へと走り寄ってきたのだ――!


「ばかっ!? なに結界を出てこっちに来てんだよ!?」


 俺は慌ててアリスベルに呼びかけた。


 いくら超越魔竜イビルナークが舐めプ余裕ムーブをかましてくれているとはいえ、その気になればアリスベルを殺すことくらいアリを踏み潰すよりも簡単なんだぞ!?


「だっておにーさんもうボロボロだもん! 死んじゃいそうだもん! 見ているだけなんていられないんだもん!」


 だけどアリスベルは泣きそうな声でそう言って、俺の側まで走って来てしまったのだ!


「だめだアリスベル、早く戻るんだ。心配しなくたって俺なら全然大丈夫だからさ、な?」


 俺は安心させるように笑顔を作って優しい言葉でアリスベルを説得する。

 だけどアリスベルはそんな俺の言葉を信じてくれはしなかった。


「嘘だもん、全然ちっとも大丈夫じゃないもん! ずっとやられっぱなしで、何度も跳ね飛ばされて、めちゃくちゃ死にそうだったもん!」


「それは――」


「こんなのアタシ見てられないもん! ズタボロにされるおにーさんを見ているだけなんてアタシ耐えられないんだから!」


 アリスベルが泣きながら、懸命に想いを叫び伝えてくる。


「アリスベル……」


 その顔に、その声に――俺は胸がギュッと締めつけられていた。


 ――と、突然俺の背中に悪寒が走った。


 即座に超越魔竜イビルナークを見やると、俺たちのやりとりを見ていた超越魔竜イビルナークが、真紅の目をにやりと細めていたのだ。


「こいつまさか――!」


 超越魔竜イビルナークの身体がゆらりと陽炎かげろうのように揺らめいた。

 その意味するところはただ一つしかなくて――!!


「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉあああああああっっ!!!!!」


 俺は腹の底からの雄たけびを上げると、気力の限界を振り絞った全力全開で、アリスベルへと一直線に突進してくる超越魔竜イビルナークの巨体を、フルスイングで打ち返しにいった!


 横殴りに振るった『破邪の聖剣』は軽く音速を越え、ソニックブームを放ちながら風を切ってうなりをあげる。


 打ち返せるか?

 いやできるかできないかは関係ない!


 絶対に止める!


「俺のアリスベルを薄皮一枚傷つけさせるかよ――っ!!」


 『破邪の聖剣』と超越魔竜イビルナークが真っ向からぶつかり合った。


 ものすごい衝撃音が響き渡る。


 15メートルを超える巨体の突進を強引に力で打ち返そうとしたことで、俺の身体中を強烈な反動が駆けめぐっていた。


 身体中のいたるところで筋肉がブチブチとちぎれ、骨という骨がミシミシと軋みをあげ、特にもろに負荷がかかっている両腕は今にも衝撃で爆砕霧散していまいそうだ。


 精霊の加護があるという籠手が、俺の腕の代わりに粉々に砕け散る。


 だけど!

 それでも――!


「何があっても俺の目の前で! アリスベルを殺させるわけには! いかないんだよおぉぉぉッ!」


 俺は絶叫とともに渾身の力を込めて『破邪の聖剣』を押し込んでいく。


 そしてついに俺は、超越魔竜イビルナークの巨体を打ち返した――!


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