第42話「……話はそれでもう全部終わり?」

「おにーさんお帰りー、フィオナさんもお疲れさまー。あ、のど乾いてるでしょ? お茶いれるね、ちょっと待ってて」


 俺とフィオナがアリスベルの家に着くと、ちょうど店の前を掃き掃除していたアリスベルが笑顔で出迎えてくれた。


「アリスベル、帰って早々で悪いんだけど大事な話があるんだ」


 俺たちの帰りを無邪気に喜んでくれるアリスベルに罪悪感を感じながら、俺は真剣な声で切り出した。


「大事な話って?」


「すごく大事な話なんだ。だから静かなところで話したい」


「そうなの? じゃあお店閉めるから、部屋でお茶飲みながら話す?」


「そうしてくれるとありがたいな」


「じゃあ先に行って待っててね。すぐ用意してくるから」


 アリスベルは接骨院のプレートをひっくり返して休業中にすると、玄関を施錠した。


 アリスベルは普段からかなり適当に店を開け閉めしてるので、営業時間とかあまり気にしてないのかもしれないな、と今さらだけど思い至る。


 閉めてる時でも、お客さんがくると気にせず開けてるし。

 それはさておき。


 アリスベルは台所でお茶をいれると、お茶菓子と一緒にお盆にのせて部屋へと戻ってきた。


 俺とフィオナ相手だからか、お行儀悪く煎餅を咥えている。

 アリスベルはついさっきまで仕事をしてたし、ちょっと小腹が空いたんだろうな。

 

 そして俺とフィオナはそんなアリスベルを、床に正座して待ち受けていたのだった。


 2人そろって正座する俺たちを見て、アリスベルが不思議そうな顔をする。


「で、大事な話ってなに? っていうかなんで正座してるの? 床に正座したら足痛くない?」


 パリポリと煎餅を食べながらアリスベルが呑気に言った。


「アリスベルごめん!」


 そんなアリスベルに、俺はまず何よりも最初に土下座をする。

 誠意を示すように床に頭をこすりつけた。


「えっとおにーさん? なんで謝るの? さっぱり話が見えないんだけど? とりあえず顔を上げて顔を見て話そうよ? っていうか今の今まで魔獣討伐に行ってたんだよね?」


「最初から順々に話すよ。まずは落ち着いて最後まで話を聞いて欲しい。実は――」


 俺は顔を上げるとアリスベルの目をしっかりと見つめる。

 そして魔獣討伐に向かってからの一連の出来事を、順を追ってアリスベルに説明していった。


 先行していた騎士団が壊滅しかけたこと。

 SSランク・ギガントグリズリー4体を相手に勇者の真の力を解放したこと。

 それで力を使い過ぎて死にかけたこと。

 フィオナが俺を癒すためにえっちしたこと。

 フィオナは処女だったこと。


 俺はなにもかもをできるだけ正確に、客観的になるように私情を入れず、何一つ隠すことなく全てをつまびらかにアリスベルに話したのだった。


 そうすることが、俺にできるたった一つの誠意の見せ方だと思ったから。


「浮気しないっていうアリスベルとの約束を破ってごめん。俺はフィオナとえっちして、アリスベルとの約束を破ってしまった。それと最後まで我慢して俺の話を聞いてくれてありがとう」


 俺は改めて浮気えっちを謝罪するとともに、アリスベルの忍耐に感謝の気持ちを述べた。


「……」


 だけどアリスベルは一言も言葉を発しようとはしなくて。


「出ていけっていうなら今すぐにでも出ていくから。もちろんエルフ自治領の外に行くから安心してほしい。もう俺の顔を見ることはない。それは約束する――って約束破ったばかりの俺がする約束しても、これっぽちも信じてもらえないかもだけどさ」


 いったいどの口が言ってるんだって話だよな。

 なにをどうやっても、信頼度ゼロの言葉だ。


「……話はそれでもう全部終わり?」


 そしてここでようやく、俺が話を始めてから初めてアリスベルが口を開いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る