第43話「バカ……おにーさんのバカ!」

「終わりだよ。これで全部だ。何もかも全て話したから」


 隠してることはもう何もなかった。


「ねぇフィオナさん、今のって本当なの?」


 するとアリスベルが俺ではなく、同じく隣で正座していたフィオナに話を振った。


 フィオナはここまで一言も口を挟まなかった。

 俺がきっちり全てを説明するから黙って聞いていて欲しいと、あらかじめ頼んでいたからだ。


 それはひとえに俺の我がままだった。

 俺が自分の言葉で、アリスベルに何があったかを伝えたかったから。


 だからフィオナも言いたいことはいっぱいあるだろうに、ただひたすらに硬い表情で、静かに黙って聞きに徹していてくれたのだった。


「全て本当です」


 フィオナが静かに、だけどはっきりとした声で俺の話を肯定する。


 その瞬間――、


「バカ……おにーさんのバカ!」


 アリスベルの右手が振り抜かれて――俺の左頬がパンと鳴った。

 アリスベルにぶたれたのだ。


 アリスベルの目じりから涙がこぼれる。

 アリスベルは目を真っ赤にして泣いていた。


 ……当然だよな。


 過程はどうあれ、結果的に俺はアリスベル以外の女の子とえっちをしてしまったのだから。


 浮気はしない、俺はアリスベル一筋だとあんなに言っておいて、直後にこれだもんな。


 アリスベルが泣きたくなるのも無理はないし、俺をぶつのも当然のことだった。

 アリスベルには俺を糾弾する権利があった。


「アリスベル、本当にごめん。言い訳はしない、俺が悪かった。本当にごめん」


 俺はもう一度、心を籠めて謝罪した。

 最初にやったよりも強く強く床に額をこすり付ける。


 俺が許されるためじゃない、アリスベルの傷ついた心が少しでも癒えるようにと願って、俺は床に額を押し当て続けた。 


「おにーさんのバカ……」


 同じ言葉を――だけどさっきとは正反対に、静かな口調でアリスベルが繰り返す。


 わずかでも気持ちが落ち着いてくれたのだろうか?

 それともあまりに呆れ果ててしまって、怒るのも馬鹿らしくなったのだろうか。


 アリスベルが何を考えているのか、その気持ちをちっとも理解できない自分が無性に悔しかった。


 どうして俺はこんなにも女心を理解できないのだろうか。

 本当に自分という人間が嫌になる。


「本当にごめん。俺は君を傷つけた。俺にはもうこうやって謝るしかないから、だから――」


「アタシの知らないところで勝手に命を賭けて戦うなんて、おにーさんのバカ! アホ! おたんこなす! この正義マンなジコチュー勇者!」


「え――」


「しかも死んじゃいそうになってるだなんて。もしおにーさんが死んでたらアタシ、アタシどうしたらいいのよ! アタシがおにーさんのことどれだけ好きかって! なのに勝手に死にそうになってるなんて……おにーさんのバカ! バカバカバカバカ大馬鹿勇者!」


「アリスベル……?」


 まったく予想もしていなかったアリスベルの言葉に、俺はつい確認するように顔をあげる。


「勝手に死んだりだとか、このままどこかに消えちゃうだなんて、そんな無責任はアタシ絶対に許さないんだからね!」


「だけど俺はフィオナと浮気えっちをして――」


「ねえフィオナさん」

「は、はい!」


 アリスベルに視線を向けられたフィオナが正座したまま背筋をピンと伸ばした。


「おにーさんの命を救ってくれてありがとうございました」


「え、いえ、あの――」


 俺とえっちしたことでまさか感謝されるとは思っていなかったのだろう、フィオナが戸惑ったように口ごもる。


「つまりフィオナさんはおにーさんの命の恩人なんだよね――ってことは行き倒れてたおにーさんを助けたアタシと一緒ってことじゃん?」


「ええっと、結果的にはそうなるのでしょうか……?」


「やり方はちょっと『む~』って感じだけどね」


「もちろん騎士の誇りにかけて、勇者様とのえっちはこれっきりにすると誓います。誓約書もお書きします。その誓いを破った時、私は騎士をやめるでしょう」


 フィオナがまっすぐな瞳で強い決意を伝えた。

 今も昔も、騎士が己の誇りにかけて行う誓いは、騎士にとって最も重い誓約だ。


 だけど、


「うーうん、それはだめ」


 アリスベルはその申し出をあっさりと断った。


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