第14話「一応任務中ですので……」

「あれ? でもでも、山にこもってたなら鹿くらい、いくらでもいたんじゃないの?」


「それが山って言っても岩肌がむき出しの岩山でさ。しかも崖みたいな切り立った剣山で。だから動物は全くいなかったな。たまに鳥が飛んでくるくらいか」


「そんなところでいったい何してたの……?」

 アリスベルが怪訝な声で問いかけてくる。


「だから勇者の修行だよ」

「修行って例えばどんな?」


「まず切り立った崖みたいな岩山を毎日登らないといけないんだけどさ。途中で高さ50メートルの垂直の一枚岩があって、最初の半年はそこをクリアするだけで1日が終わってた。あと何度も落ちて痛かった」


 あと数メートルってところで一番下まで落下した時は、本気で死んだと思ったものだ。


「ええと……それはその、すごく大変そうだね。っていうかなんでそんなことを……根性を鍛えるため?」


「勇者の力っていうのは、ざっくり言うと生命エネルギーの戦闘力への変換なんだけど、そのコントロールの訓練だったんだ」


「ふーん?」

 アリスベルがいまいちわかってないみたいだったので、俺は補足説明を加えてあげる。


「筋力だけじゃ登り切るのは絶対に無理で。体内の生命エネルギーを力に変えて身体にいきわたらせないととても上までは登れないから、だからこれをクリアすることが、勇者の修行を始めるための最低条件だったんだよ」


「あ、なるほどなるほど、納得です」


「クリアする=勇者の力を少し使えるようになったってことなんだけど、確かにそのついでに諦めない気持ちと根性も鍛えられたかな」


 当時は辛かったけど、今となっては苦労したのもいい思い出だ。


 しかもだ。

 俺とダグラスがひーひー言いながら登っては落ちていくのを尻目に、先代勇者のじーさんときたら垂直の壁を酒飲みながら歩いて登っちゃうんだもん。


 勇者の力を極限まで緻密にコントロールできるようになると、あんなことまでできるんだよな。


 ちなみに俺は魔王を倒した今ですらまだ、そこまでの域には達していなかった。

 その代わり、馬力だけは修業時代から歴代最強クラスだろうと言われていたけれど。


 そういやダグラスは何をしてるのかな。

 俺を追放したところで、ダグラスが本物の勇者になれるわけがないのにさ。


 こんな風にダグラスから酷く恨まれている俺だけど、なにかダグラスに酷いことをしたというわけではない。

 少なくとも勇者パーティ時代は、魔王討伐という共通の目的のために俺たちは一緒に力を合わせて戦うことができていた。


 それでも俺は、俺が勇者に選ばれた時に――つまりダグラスが勇者に選ばれなかった時に──ダグラスが俺に向けてきた憎悪と怒りに満ち満ちた瞳を、今でも覚えていた。


 勇者に選ばれなかったという事実は、たたでさえ高かったダグラスのプライドをどうしようもなく傷つけてしまったのだ。


 もちろん俺からしてみれば完全な逆恨みなんだけど、恨まれる理由としては納得できなくはなかった。


 まぁ魔王を討伐して世界の脅威が去った以上、この先勇者の力が求められることはないはずだ。

 だったらダグラスが俺の代わりに新たな勇者として振る舞っても、大きな問題にはならないわけで。


 ダグラスだってSS+ランクの強さをもつ凄腕の戦士だし、そうそう後れを取ることはない。


 俺は俺でしがらみから解放されて、腰痛もなくなって。

 このエルフ自治領でアリスベルと自由気ままにのんびり仲良く暮らすさ。


「今の俺にはアリスベルがいるからな」

「んー? なにか言ったおにーさん?」


 アリスベルの肩を抱きながら物思いにふけっていた俺の、ほんの小さなつぶやきにアリスベルが反応してくれた。


「いや、アリスベルはどうしてこんなに可愛いんだろうなって独り言を言ったんだよ」

「もうおにーさんってば、すぐそーゆー歯が浮くようなセリフを言うんだから……」


「いやいや本心だぞ。強いて言うなら、俺にそんなことを言わせてしまう可愛すぎるアリスベルがいけないんだ」

 そう言うと俺はアリスベルに覆い被さりながら、その唇にキスをした。


「ちょっと、おにーさんってば馬車の中だよ? ここじゃダメだし……」


 とかなんとか言いつつも、なんだかんだで俺の背中に手を回して抱きついてくるアリスベル。


「狭い馬車の中でアリスベルとくっついてたせいで、なんだかムラムラしてきた」


 俺はアリスベルの服の下に手を入れると、形のいい胸にそっと優しく触れる。

 女の子の柔らかくも張りのある魅惑的な感触が、俺の手に返ってくる。


「も、もう……、ん……あっ……」


 敏感なところを触れられて、アリスベルが身体をピクッとさせながらくぐもった声を漏らした。

 さらに俺はアリスベルの胸の先っぽをつまもうとして――、


「あのお二方、大変に盛り上がっていらっしゃるところ申し訳ないのですが、そろそろ宿泊予定の町に到着します」


「はわっ!?」

「お、おう」


 御者台から小窓を通して覗き込みながら言ったフィオナの、少し呆れたようなその声に、俺とアリスベルはパッと身を離した。


「それと移動中のアイドルタイムとはいえ、一応今はグレートタイガー討伐の任務中です。もちろん暇な時間にイチャイチャするのはそれはもう全然まったく構わないのですが、さすがに本格的な性行為に及ぶのは控えていただければと……」


「「すみませんでした!」」


 フィオナの言ったとおり、それからすぐに馬車は町に到着した。

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