第15話 ~ダグラスSIDE(1)~

「これで一連の魔獣討伐は全て完了した。皆ご苦労だった。次の招集があるまでは、しばらく王都でゆっくりと過ごしていてくれたまえ」


 多数のAランク魔獣の討伐を終えた『新勇者』ダグラスは、『新生勇者パーティ』のメンバーに解散を告げると、セントフィリア王国の王宮へと向かった。


 今回要請のあった地区の魔獣討伐を全て終えたことを、国王陛下に直接報告するためだ。


 ダグラス――ダグラス=ブラフマンはとても優秀な戦士だった。

 ランクはSSSランクの勇者クロウ=アサミヤに次ぐSS+ランク。

 

 今から9年前。

 若くして武芸百般を極め、その名を馳せていたダグラスは、クロウとともに次代の勇者候補に選ばれた。

 そして2年に渡る過酷な勇者修業を受けて、それを見事にクリアした。


 しかし結局ダグラスは勇者に選ばれなかった。

 選ばれたのはクロウだった。


 あの日受けた屈辱を、それ以来ダグラスは一日たりとも忘れたことはない。

 今も王宮へと足を向けながらダグラスは当時のことを思い出していた。


「何度考えても、オレが能力でクロウに劣っていたとは思わない。むしろオレのほうがまさっていたはずだ」


 馬力だけはあるものの力のコントロールが雑なクロウより、力をしっかりと使いこなし、武芸の基礎や周辺知識も含めて総合力の高い自分が勇者に選ばれるであろうと、ダグラスは強く確信していた。


 だというのに先代勇者ときたら、


『勇者は誰かのために戦う純粋な自己犠牲の心を持った者でなくてはならぬのじゃ。じゃがダグラス、お主は自分の栄誉のために勇者になるつもりであろう。それは勇者の在り方とは対極にある』


 そう言うと、あろうことかクロウを次の勇者に指名して、代々勇者に伝わるという『破邪の聖剣』を授けたのだ。


 それを聞いた時、ダグラスは頭が真っ白になった。

 先代勇者が何を言っているのか意味がわからなかった。


 勇者の在り方?

 自分のためではいけない?


 たとえ自分のためであろうとなんだろうと、結果として正義を行うのであればそこに違いはないはずだ。


 先代勇者はかなりの高齢だから耄碌もうろくでもしたのかと、ダグラスは本気で心配するほどだった。


 しかしそれは揺るがぬ事実であり。

 ダグラスは勇者に選ばれなかったのだった。


「くそ……っ」

 ダグラスはあの日の屈辱にまみれた自分を思い出してしまい、思わず悪態をついた。


 当時のダグラスはどうしても納得がいかなかったが、しかし先代勇者はダグラスが何かを言ったからといって、一度決めたことを変えるようなフラフラとした人間ではない。


 そのような経緯でクロウが勇者に決まったこともあって、だから当然ダグラスはクロウを恨んだ。

 親の仇のごとく恨みに恨んだ。


 もちろん勇者パーティの一員としてクロウとともに戦っている間は、感情を押し殺して尽力した。

 現代に蘇った魔王の討伐という、人類の至上命題を達するためだ。


 ダグラスにはそれくらいの分別はある。

 なにより魔王を討伐しなければ、人類にもダグラスにも未来はなかったのだから。


 しかし勇者として名をあげていき、その栄光をほしいままにしていくクロウと。

 勇者パーティの「一員」に過ぎない自分。


 クロウと自分を比較するたびに、ダグラスは暗い怒りに打ち震えていたのだった。


 だから魔王との決戦の後、身体を酷使したせいでクロウが重度の腰痛を発症して苦しむようになって、ダグラスはざまぁ見ろと思ったのだった。


 そして同時に思ってしまった。

 今なら難なくクロウを排除できると――クロウを勇者の地位から引きずり下ろすことができると。


 魔王討伐の代償として重度の腰痛で日常生活にも不便していたクロウは、人付き合いが極端に減っていた。

 王宮に顔を出すこともほとんどなかった。


 人間社会の根底にあるのは人間関係だ。

 だから人間関係が希薄になっていたクロウを追い落とすのは、そこまで難しいことではなかった。


 もちろんクロウは、魔王を討伐した勇者として民衆に人気が高かった。

 しかしダグラスは勇者クロウの人気を妬ましく思っていた上級貴族たちをたきつけ、王様にあることないこと吹き込ませてクロウを追放することに成功したのだ。


 同時に旧勇者パーティのメンバーも閑職や僻地に追いやり、そして『新勇者』として自分を中心とした『新生勇者パーティ』を結成したのだった。


「そもそも魔王は討伐されて世界は平和になったんだ。SSSランクの力はなくとも、SS+ランクのオレに勝てる相手はもうこの世にいはしない」


 勇者が本気で戦わなければならない世界の敵は、もうどこにも存在しないのだ。

 だからダグラスが偽りの勇者であっても何の問題もない――はずだった。

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