第13話 馬車の中でデート

 フィオナ(エルフの女騎士さんね)が御者を務める箱馬車が、森の中を軽快に進んでいく。


 その馬車の後部座席で、俺とアリスベルは隣り合わせでくっついて座りながら、なんちゃって車中デートを楽しんでいた。


「おっ、あそこの奥に鹿がいるな。ほらあの大きな木の根元あたり――ああ行っちゃった」

 茂みの奥に立派な角をつけた雄鹿を見つけて指さした俺に、


「きっと馬車にびっくりしたんだね。鹿ってすごく臆病な生き物だから」

 アリスベルがその生態を教えてくれる。


「また見れるかな?」

「この辺りには多いから多分見れるんじゃない? っていうか別に鹿なんて珍しくないでしょ?」


「俺は生まれも育ちも王都だから、あまり鹿みたいな大型動物には縁がなかったんだよな」


「あ、そうなんだ。おにーさんって都会っ子だったんだね。いいなぁ、アタシは森の中の小さい村の出身だったから」


「都会っていっても下町だから普通の町と全然変わらないぞ? 貴族や大商人たちが住む王城周辺の上級国民エリアとは完全に分かれてるし」


 俺が長らく住んでいたのは庶民が住む一般居住区エリアだ。

 上級国民エリアと一般国民エリアの間には小さな堀――というか水路が通っていて、完全に分断されているのだった。


 もちろん魔王を討伐した後は、俺も上級国民エリアの一等地に屋敷を構えていたんだけれども。


「田舎出身者にとっては人が多いだけでビックリなんだよ? アタシ町に初めて来た時に人の多さにびっくりしたもん。うわっ、人がいっぱいで向こうが見えない、すごい!って」


「そんな風に感じるんだな。俺なんか逆に人が少ないのどかな田舎の村とかに行くと、静かで落ち着いたいいところだなって感じるんだけど」


「人もエルフも、自分にないものを羨ましく思っちゃうんだね」


「隣の花は綺麗に見えるってことわざもあるもんな。おっと、ちょうど今、俺の隣にも綺麗な花があるな」


 俺はそう言いながらアリスベルの肩を少しだけ強く抱き寄せた。

 アリスベルの側面が俺に密着して、女の子の柔らかさと温もりが優しく伝わってくる。


「またそーゆーこと言うし……おにーさんのばーか」


「とか言いながら、アリスベルもまんざらでもなさそうな顔してるじゃないか」


「えへへ……あ、でもでもおにーさんは勇者でしょ? 勇者パーティで旅をしてた時は見る機会もあったんじゃないの?」


「もちろん魔物退治しながら旅をしてた時は色々巡ったけどさ」


「でしょ?」


「でも当時は連戦に次ぐ連戦だったから、動物をゆっくり見てる余裕なんてなかったんだよな。近くにいるけど無害な動物だから安心だ、くらいの認識で。大型動物だと熊くらいだな、警戒してたのは」


 あいつらときたら、春先の冬眠明けとか魔獣顔負けで凶悪に襲ってくるからな。


「あ、でもなんかわかるかもそれ。集中しないといけないことがあると、なかなかそれ以外に目が行かないもんね。優先順位が違いすぎてどうでもよくなるっていうか」


「そうそう。勇者になった以上は俺が世界を救うんだっていう、強い義務感があったんだよな……」


 残念ながら、今はその勇者としての義務感が少し揺らいじゃっているんだけれど。

 せっかく強大な魔王の脅威がなくなって平和になったっていうのに、人間はどうして人間同士でのいさかいを始めるんだろうな?


「ねぇねぇおにーさん、勇者ってどうやってなるの?」


 次から次へと争いを重ね続ける人間という存在に、俺が少しだけ悲しい気持ちになっていると、アリスベルが興味深そうに勇者について尋ねてきた。


「先代勇者の元で修業するんだよ。俺はダグラスって奴と一緒に勇者候補に選ばれて、修行で2年ほど山にこもってたんだ」


「あ、その人知ってる! 勇者パーティの戦士だよね!」


「そうだ、その戦士ダグラスだ」


 勇者パーティでともに戦った戦士ダグラスと俺は、もともと次代の勇者候補として先代勇者のじーさんから修行を施してもらっていた修行仲間だった。


 まぁ修業があまりにハード過ぎたのもあって、ダグラスとはあまり会話することもなく、当時はただひたすらに辛くてしんどくて苦しかった記憶しかないんだけれど。

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