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 彼女。

 今日もおさけを呑んでいる。声が出なくなってから、呑む量もずいぶんと増えた。ストレスがたまっているのだろうか。


「今か」


 彼女。ぼそっと、呟く。


「今が、どうしたの?」


「今。私は声が出ない」


「うん」


 掠れて、低い声。個人的には、前の高い声よりもこちらの低く落ち着いた声のほうが好きだった。歌ったら、たぶん売れる。でも彼女は高い声のほうがいいらしい。よくわからん。


「夢が叶わない」


「うん」


 低い声でも歌えばいいじゃん。売れるよ。簡単に夢叶うよたぶん。


「左膝」


「左膝?」


「さっき戸棚にぶつけた」


「おさけ呑みすぎですね。今日のおさけ終わりっ」


「あっわたしのおさけええ」


「左膝ぶつけるぐらい呑むのはよくない」


 彼女。おちょこ二杯ぐらいしか呑んでない。彼女がどのぐらいの量で酔うのかは、けっこう日によって変わる。調子が良いときは、瓶が大量に転がっても酔ってなかったり。とにかく、まちまち。


「左膝」


「すりむいてるね」


「舐めて?」


 彼女が左膝を突きだしてくる。


「酔ってますね」


「へへ。舐めて舐めて」


 舐めるかばかやろう。市販の消毒液で消毒だっ。


「うわっ。やめてやめて。しみるしみるしみる」


「こらっ逃げるなっ。ちゃんと絆創膏貼る前に消毒液でしゅっしゅしますからねっ」


「いだだだ」

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掠れた声と左膝の擦り傷 春嵐 @aiot3110

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