第73話 近づく戦いの日

「えーっと……無所属チーム代表の人ってことでいいのかな?」

「いかにも」

 

 生徒会の体育祭担当にエレガントに返答する。

 正式にエントリーするために帰宅部員チームの代表者たる俺は生徒会に呼び出された。というのも異例のチームであるからだ。普通なら生徒会が「リレーのチームを作っておいてください」と各部活動に伝達し、選手名簿を顧問教師を通して受け取るという形なのだが、あいにく帰宅部員には「顧問」のような者は存在しないし、書類上存在していない組織だし、それ以前に上下関係がない。帰宅部員は生まれながらにして平等なのだ。

 しかしそれでは困るということで生徒会は俺を名指しして呼んだのだ。


「補欠っている?」

「いない」

「もし1人でもでれなくなったらどうするの?」

「基本的に我々は不死身だ。問題ない。それに名簿表には補欠の記載欄がない。必須の前提では無いはずだ」

「まぁそうだけど……」


 万が一出場できないということがあったら誘拐してくるしかないが可能性は低いとみて考慮しなかった。

 正直なことを言ってしまうともう他にいないのだ。少しでも見込みのある帰宅部員は既に切ってしまったし、もはや今から選手を変えても団結が不安定になる。


 



「というわけで。正式にエントリーが受諾された」


 体育祭を3日後に控え、明日明後日は休養に専念することにしため今日は最後の練習になる。その練習を始める前にエントリーの報告をした。


「……ってかまだエントリーされてなかったのかよ!?」


 両腕を振りながらプロゲーマー・エイジは叫んだ。ちなみに走ってはいない。みんな元薔薇園で椅子に座っている。あれは「ナイフを持ってるときのダッシュモーション」らしい。そう答えられて以来、俺は彼の挙動にツッコミを入れるのをやめた。


「まぁまぁ。無事出場できると決まったわけだから喜ぼうぜ。努力が実ることを祈ろう」

「あっぶねぇなぁ。俺たちが死ぬほど走ってきた時間が無駄になるところだったじゃねぇか。俺がどれだけ我慢してFPS症候群を発症させないよう自制心を保っているか……」

「いや保ててないからな」


 栄治はこの間ずっとオートマチック拳銃の弾倉を装填するモーションをし続けていた。病院に行け。

 アリナとハートブレイク・リオンは俺たちの会話を無視して2人だけでおしゃべりしている。

 当初は凛音がアリナに対して敵対心を抱いていたわけだが時間とともに打ち解けて、今ではすっかり友人関係になっている。盗み聞きする限り「どうやったらモテるのか」を議論しているようだ。凛音の一方的な議論だが。

 

「やっぱり僕怖いですよ……身体とかぶつかりそうだし……」

「安心しろ、バーサーカー。お前は列車だ。お前にぶつかってきた時点で弾け飛ぶ」

「なおさら危ないじゃないですか」

「冗談だ。コーナーで内側をとればまずお前は勝つ。想像してみろ。お前を追い抜こうとすればそのハンマーみたいな肘とぶつかるかもしれんのだぞ。鷹蔵が巻き込まれた光景を思い浮かべてみろ」


 すかさず鷹蔵が「一生車イス生活だ」と言った。


「がり勉君、結局うちらの勝てる確率はどんなものなの?」


 凛音がいつものがり勉いじりを始めた。インテリジェンス・タカゾウはこめかみを押さえて唸る。どうやら計算中らしい。


「92パーセント」

「すごー。うちら勝てるじゃん。これで私もモテちゃうわー!」

「その可能性は限りなくゼロだ。足の速さでモテる文化は小学校までだ」

「あーうるさいうるさい。私は単純に悔しがって地面に顔をこすりつける無様な男子が見たいだけだしー」

「君は21世紀が生んだ最悪の悪魔だ」


 また喧嘩が勃発しかけそうな兆候が見え隠れし始めたので「さて着替えるぞ着替えるぞ」とはやし立てて終わらせた。


「歯切れが悪い。この屈辱的な感情を胸に燻ぶらせたままなど……」

「えー。じゃあがり勉君ここに残るの? アリナとうちは着替えるけど?」

「素直に出ていくことにしよう」

「弱虫。がり虫」

「凛音、言い過ぎよ。せめて芋虫にしてあげて」

「フォローになっていない、日羽アリナ。彗、援護を頼みたい」

「俺なら残れる。ついでにビデオ撮影もできる」

「僕は日本の将来がとても不安だ」




 翌日。

 グラウンドが賑やかになり、完全に体育祭ムードに入った本校。

 体育祭まで帰宅部員メンバーとは集まらないため久しぶりに今日は何も予定がない。予定がないからこそ受験生たる俺はお勉強しなければならないわけだが、疲労もあってやる気が起きなかった。足の筋肉痛もあってあまり動きたくない。銭湯にでもいって全身を溶かしたい気分だ。

 今日ぐらいは良いだろうという気持ちでトマトジュースを手に取った。高血圧を案じて最近抑えていたのだが大丈夫だろう。もともと日本人は塩分過多な食事が多い。問題ナッシング。


「なぁ、どうなんだ?」


 真琴が後ろから声をかけてきた。


「リレーのことか。少なくとも君たちバドミントン部には勝てる」

「マジか。で、サッカー部とか野球部とかは?」

「余裕。あんな玉遊びクラブには負ける気がしないな」

「それ絶対本人たちの前で言うなよ……喧嘩になるから」

「言わん。もしそうなったとしても全力で服を脱ぎ捨てて全裸になれば大体の人間は逃げる。誰も血を流さない平和的手段だ。裸体主義最強説」

「その手段が使われないことを密かに願っておくよ」


 俺だって捨て身の全裸などやりたくない。一度発動すれば一瞬で日本社会から追放される。まだ20歳にもなっていないのに檻の中は勘弁してほしい。

 トマトジュースを喉に流し込み、気分をクリアにする。やはり素晴らしい飲み物だ。小中学校の給食ではなぜ牛乳なのか。せめてお茶にしろ。あわよくばトマトジュース。

 どれもう一缶、というところでアリナが「ダメでしょ」と止めに入った。


「それだけ飲んだら身体を悪くするわよ。本番に支障が出たら困るわ」

「……まぁ正直血圧も気になることだしやめとくか」

「そうしなさい。それと今日時間あるかしら」

「まぁ、あるにはあるが……」

「何よ、曖昧ね」

「時間あります」

「じゃあちょっとだけ放課後に」


 それで会話は終わった。リレーで内密な話でもあるのか? それとも特訓に付き合うとか?

 家に帰って腐りたい身としては拒否したかったがアリナのお願い事は断れないので従うことにしよう。


 放課後になると「外で待ってるわ」と小さな声で告げ、アリナはそそくさと教室から出ていった。俺も素早く荷物をまとめ、なるべく彼女を待たせぬよう小走りで昇降口に向かった。

 

 昇降口に着くと早速面倒なことになっていた。

 アリナが1人の男に何か言い寄られている。風貌的におそらく3年生だが2人を取り巻く雰囲気は「友人」としてではないように見えた。


「本当に日羽さんが好きなんだ。嘘じゃない」

「それは伝わっているわ。でも私は男女の付き合いをする気はないわ」

「……他に好きな人がいるから?」

「今言ったでしょう? 男女の付き合いをするつもりはないわ」

「でも好きな人はいるって否定はしないんだね?」

「私に思い人がいるかどうかは関係のない話よ。あなたとは付き合えないって結論は決まった。これ以上話すことは一つもないわ」


 気の毒だなぁと思いながら見つからぬよう下駄箱の裏に隠れた。俺が出ていったら面倒なことになることは確実だし、それに矛先を俺に向けそうだ。良くも悪くも変人の烙印をおされている俺が登場すればカオスになることは身をもってわかっている。

 とりあえず話が終わるまで様子見だ。


「誰となら付き合えるの? 日羽さんのタイプは?」

「いい加減にしてくれないかしら。嫌よ、話したくないわ」

「どうしてなんだ」

「やめっ――はなしなさい!」


 怒気の混じった声色を聞いて俺は自然と足が動いた。


 守らないと。


 身体が俺にそう怒鳴りつける。しかし俺より先に地を蹴って突進してきた少女が現れた。


「お前なんかが付き合えるわけないでしょこのモブ!」


 そう叫んだのはハートブレイク・リオンだった。ウェーブヘアをぶわっと揺らしてアリナの腕を掴む男の手をはたいた。その大胆さに感心した。君の心優しさを男子諸君が理解すれば、君は今すぐにでも毒舌薔薇のようなハートブレイカーになれる。

 そしてアリナと目が合った。「いたの!?」と今にも声を上げそうなくらい驚いていた。


「無理無理ムーリ! アリナと付き合えるとでも思ってんの? あっはー! 笑っちゃうー!」

「……うるさいな。いきなり現れてなんだよ。お前って、あぁ、あの凛音ってやつか。ビッチで有名な」

「ビッチじゃないですぅ~。清純女子ですぅ~。お前みたいな勘違いのほっそいモヤシ小僧が何言っても耳に入りません~」


 うっわ、身内だけどうっぜぇ。


「はいはいモヤシ君はおうち帰ろうねぇ~。ネットでゴリゴリの筋肉眺めてその貧相な身体に早く絶望してねぇ~。アリナはゴリマッチョ好きだからお前なんか電子顕微鏡がないと見えないよ~細いよ〜細すぎるよぉ〜」


 マジか。アリナさんゴリマッチョ好きなんすか。

 しかしアリナは目を見開いて小さく首を左右に振った。どうやら凛音の嘘らしい。

 その嘘のおかげで渋々引いてくれたので凛音の勝利だった。


「やっと消えたね、あのもモヤシ」

「ありがとう、凛音。助かったわ。彗、あなたそこにいたのなら助けなさいよ」

「すまんすまん。俺が出て行っても火に油を注ぐことになると思ってな」

「バカ彗ボケ榊木。女の子は白馬の王子様が好きなんだよ!? ちゃんとアリナのこと助けなよ」

「トマトの王子様にはできねぇ所業だ。さすが凛音様」


 どういたしまして、と胸を張って彼女は得意げになった。


 凛音が筋肉を語り始めたので耳をトンネル状態にした。すべて聞き流す。無駄な情報を脳に記憶させないでくれ。

 アリナの用は大丈夫なのかと思った矢先に彼女から「夜、電話してもいいかしら」と言ってきた。やはり内密らしい。凛音には話せないようだ。

 その後、途中まで2人と一緒に帰った。

 終始凛音の筋肉トークは止まらず、なぜか「彗、懸垂しな。懸垂を毎日して背中を肥大化させて!」と懇願された。アリナにも「スクワット! スクワットしておしりをぷりんぷりんに鍛えて!」と言いながらアリナのヒップを叩いた。

 アリナの「きゃっ!」という甘い喘ぎは聞こえなかったことにした。あれは18歳以上じゃないと聞いちゃダメだ。

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