第45話 鶴の年忘れ

 冬休みを前日に控えた12月22日。


 快晴だが空気は乾燥していて身がぎゅっと引き締まる寒さだった。

 明日から待ちに待った冬休みの到来だ。当分休みである。宿題とかいうクソの塊さえなければ満点だった。

 午後の終業式が終わる。この監獄からいよいよ解放されるわけだ。待ち遠しくて時間の進みがとにかく遅く感じる。まだ2時限目だ。昼飯もまだ遠い。


 今年も残すところわずか1週間とちょっと。

 来年は高校3年生。そして中学以来の地獄の受験ライフがまた始まる。

 俺は元々理系人間だから選択は理系コースにした。さらに理系の中でも工学系、生物系、地学系など分けられるが俺は工学系を取ることにした。成績にも見合っているということですんなり決まった。

 真琴は文系を選択し、鶴も文系だった。白奈も文系で、アリナも文系だ。

 この文系大繁盛現象は俺の周囲だけでなく、学年全体がそんな傾向だった。理系はなぜか少なかった。だからと言って、クラスが理系と文系で完全にわかれるということにはならない。コース別の授業の時間帯は共通しており、それぞれ教室を移動して受ける形式だ。共通科目は通常通りそのクラスで受けることになる。

 どんなクラスになるかは分からないが、生徒数の多いこの高校では初対面ばかりになるだろう。友人たちと他クラスになるのは寂しくなるが新たな出会いが楽しみでもあった。


 小休憩中、トマトジュースの缶を転がして遊んでいた俺のもとへ二渡鶴がピョンピョン跳ねてやってきた。


「ご機嫌だな」

「期末テストの成績良かったんだもーん!」

「1位おめでとう。ランキング見なくても鶴だってわかる」

「プライド守れて良かった〜」

「そういや生徒総会で気づいたんだが、また書記担当してるんだな。1年生がやると思った」

「やること楽で内申点もよくなるからお得でしょ? 会長とか副会長とか絶対ヤダ」

「似合ってると思うけどな」

「だって制服着崩せないじゃん。しっかり着るのは私のキャラじゃないし」

「生徒会に入っている以上は書記でも関係ないと思うんだが」

「いいの! あんまり会長とかよりは表舞台出ないし!」

「まぁその天才肌に免じて大目に見てやってるんだろうなぁ……鶴がただのギャルだったら話は違ってきそうだ」

「きゃぴ!」

「ぶりっ子ギャルっぽいな。それっぽい。はいかわいいかわいい。俺よりちょっとだけかわいい」

「屈辱的だなぁ。私、結構人気あるんだよ?」


 鶴は確かに男子による格付けランキングに載るくらい注目を置かれているザ・ベストJKの1人だ。一見、掛け算割り算意味不明系女子に見えるが、実はこの学年の誰よりも冴えている才女、というギャップが魅力的なようで、男子の人気のツボになっている。アイドル的な存在なのだろう。


「何か用があるのか?」

「理由なしじゃ彗に近づいちゃダメなの?」

「そんなわけなかろう。いつでも俺の胸に飛び込んでいいんだぞ」

「遠慮します」

「残念だ」

「むふ。ねえ、忘年会みたいなのしない?」

「忘年会?」

「あ、漢字わからないかぁ。あのね、忘れる年って書いて……」

「俺だって息もして水も飲む人間だぞ。1から100まで数えられるし、アルファベットも読める。そのくらいわかる」

「ごめん。知らなかった」

「よく今まで違和感なく俺と接してきたな」


 彼女はわざとらしく口元で手をパーにして開き、動揺の顔色を浮かべた。鶴は俺をからかうのが趣味ならしい。(アリナ談)


「同級生と集まろうって話か?」

「そそ。友達呼んでどっか集まってご飯食べよって計画! 真琴とかも呼んで! あと絶対アリナも呼んでよ。いい? 呼ばないとダメだからね?」

「つか俺に頼んだの、それが目的だろ」

「そうだけど。彗が来るならアリナも来るもん。彗はそのためだけに誘ってあげてるんだよ? 自惚れないで?」

「辛辣すぎて傷つきました。割れたガラスは元に戻りません」

「冗談だよ! 冗談! 私はちゃーんと彗のこと好きだよ?」

「そういうのイイッス。わかった、誘ってみるわ」

「む……なんか腑に落ちない。とにかくお願いね!」


 いつの間にか鶴は「アリナさん」ではなく自然と「アリナ」と呼び捨てする仲になっていた。

 別に俺が言わなくとも誘われればアリナは行くだろう。確実にアリナは変わった。それは鶴や白奈がよくわかってるんじゃないのか? それとも何か女子特有の壁でもあるのだろうか。

 ともあれみんなで集まって語らうのは楽しそうだ。いつも制服姿の皆が私服で集まるのはさぞ新鮮な光景だろう。もう一度アリナの私服姿をお目にかかりたかったからいい機会だ。

 とりあえず真琴を誘ってみるか。


「おい鷹取真琴」

「改まった言い方してどうしたんだよ」

「内緒だぞ? 実は鶴がな、反乱軍集めててな」

「……え? この高校終わるのか?」

「聞こえてるよー。彗からいじめられてるってアリナに泣きつくよ」


 ちっ、地獄耳め。鶴は頭だけでなく五感も優秀らしい。


「本当のところは鶴が忘年会をしたいらしい。人集めてる最中なんだとよ。で、お前と流歌を誘いたいんだがどうだ?」

「いいね! いつかは決まってるの?」

「ニワトリ鶴ー!」

「ニワタリだから!」

「日程って決まってるのか?」

「参加者の都合に合わせる予定!」

「だとさ。暇そうな日を報告すればいいってことだな」

「わかった。参加するよ。流歌と話してみる」

「頼む」


 真琴は冬休みをいかにして過ごすのだろうか。流歌とデートしまくりの冬休みなのだろうか。忙しそうだ。俺の冬の予定はソファの上で腐敗だ。

 

 次に誰を誘おうかと考えたが既にネタ切れであることに気付いた。誘えなくはないのだが、やはりアリナとの関係性が大事だ。接点がゼロだと気まずくなる。

 となると、アリナ、白奈、真琴、流歌、鶴、俺ってことになる。俺と真琴いらねーだろ。一生俺のこといじってきそうなやつらしかいねえ。

 俺は鶴に現状を報告した。


「誘う相手がいねえ」

「彗って割と孤独なんだね」

「いるにはいるが、アリナに鶴に白奈って組み合わせの中で生きていける人間はそうそういないぞ」

「……アリナは誘ったの?」

「放課後にでも誘うつもりだ。安心しろ。とりあえずやつだけはしっかり誘う」


 そう言うとホッと安堵の息を漏らして、また明るい笑顔に戻った。


「任せたからね!」

「俺じゃなくてお前が誘えよな」

「少しは空気読んでよね! なんで私じゃなくて彗なのかを! このトマト中毒者!」

「名誉ある敬称をありがとう」

「彗って罵倒しても効果ないよね。たしか……古文苦手なんだっけ? 源氏物語朗読する?」

「やめて。死んじゃう」





 午前の授業がとうとう終わり、昼食時間になった。

 俺のアドバイスの成果もあって、真琴は流歌と一緒に昼食を摂るようになった。幸せそうで何よりである。流歌はほんのり頬を桃色に染め、まだ慣れてないように見えた。真琴も同様。それを肴に俺はトマトジュースを開け、一口味わってから弁当を開けた。


 昼休みが終わる10分前頃からみんな終業式が行われる体育館へと移動し始めた。ぞろぞろと人の流れにもまれながら体育館へと流れ込む。

 自分のクラスの列を見つけて俺は最後尾に入った。背の順だからいつも俺は最後尾だ。小学校、中学校もそんな感じだ。

 左斜め前にアリナがいた。女子列の最後尾らしい。


「おい毒舌薔薇」

「なんだかうるさいわ。このモスキート音は誰かしら」

「ソプラノ出せなくなったこの喉には難易度が高すぎる」

「あら。あんただったの。まあ驚いたわ」

「榊木彗だ。冬休みに忘年会やるつもりなんだが来るか?」

「え……ふ、ふたりっきりだけで?」

「2人なんて一言も言ってないぞ。もはや忘年会じゃねえだろ。ちょっと集まって語らいましょう、ってやつだ。鶴が計画中だ。アリナも来るか?」

「ええ、行ってあげるわ」

「了解。日にちとかは鶴が調整してくれるらしいから待っとけ」


 体育館には飛行機のエンジンみたいな暖房機がごうごう唸っていたが、温まるにはまだ時間がかかりそうだった。

 

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