第37話 デートの場所
「デートと聞いて連想するものは?」
「あー。遊園地とか水族館?」
休み時間に真琴が話を振ってきた。
彼はクラスメイトの三森流歌と付き合っている。
進捗は全くわからんがそんなことを訊いてくるということはまだデートらしいことをしていないのだろう。
そもそも訊く相手を間違えている。俺は独身貴族を目指す帰宅部員。野性本能に縛られた人類と同じ土俵で話そうとしないでほしい。
「やっぱその2つだよな。彗でも同じことを思いつくんだな」
「おい、俺はデートと無縁みたいな言い方するな。悲しくなるだろ。事実だけど」
「ごめんごめん。で、どこがいいかな?」
「俺に訊いても無駄だ。流歌には訊いたのか?」
「そんな難易度の高いことはできません」
「高いのか?」
「当たり前だろ! デートに誘うこと自体、難易度究極レベルなのに。『まだ行き先決まってないけどデートしない?』とか無理。せめて場所を決めてからじゃないと絶対無理」
「2人で考える方が楽しいんじゃねえのか、そういうのって。流歌も喜ぶと思うぞ」
「他人事のように適当に言うべからず」
「他人事なんだが」
「お願いだぁ! 協力してくれぇ!」
控えめでお淑やかな流歌と挑戦的でない真琴。進展がないことで彼は悩んでいると見た。
真琴とは付き合いが長い。俺の中では彼が一番の友人だから助けてやろう。
「わかった。恋愛のスペシャリストっぽいやつに訊いてみる」
「そんな人……彗の周りにいたっけ。あ、なんか嫌な予感する」
「大丈夫だ、気のせいだ」
俺はトイレに行くという口実で教室を出た。尿意など一切無いが俺はトイレに行った。そしてスマホを取り出して電話する。
連絡先はもちろんあの女だ。
「はい、日羽です。どちら様ですか」
「着信に俺の名前が表示されてなかったか?」
「死人とだけ表示されてるからわからないわ」
「死人からの電話なのに怯えないのはお前らしいな」
「で、要件はなに。私からあんたに電話した時は『隣の教室なんだから直に来い』ってあんたほざいてたけど」
「あまり聞かれたくない内容だからだ」
「スピーカーで話していい?」
「とある男が泣く。メッセージ送ってもよかったが緊急だし、お前と直に会ってる姿は見られたくねえから電話してんだ」
白奈情報によると薔薇園という空間がなくなってからアリナは教室にいることが多くなったようだ。
それに喋るようにもなったという。必要最低限の事務的な会話から少し毛が生えた程度らしいが、白奈とも話すようになったそうだ。
「恋愛のスペシャリストに質問があってな。あの馬を覚えてるか?」
「あんたとよくいるアレね」
「そう、アレだ。真琴が流歌をデートに誘いたいらしいんだが場所が決められないらしい。いい案はないか?」
「え、あいつって付き合っているの? 私のことが好きだったのでしょう?」
「お前にズタボロに言われてPTSDになったんだ。ようやく人のことを好きになれそうなまでに回復したんだろうよ」
「でもデートスポットやらを私に訊いても無駄よ。私の性格わかってるでしょ」
「恋愛経験とかなさそうだもんなァ! だよなァ!」
「腹立つ言い方ね。あんたの自宅爆破するわよ。こういう話なら鶴の方がわかるんじゃないの」
「おっ、それは盲点だった。あの見た目ギャルなら知ってそうだな。昼休みにでも鶴を誘拐して尋問するぞ」
「私が録音してたらあんたの人生終わってたわよ」
そんなわけで通話を打ち切り、鶴を誘拐することになった。昼休みにでもサクッと誘拐してアリナのクラスに持って行こう。
教室に戻り、真琴に「任せとけ」と一言送った。それに対して「言う相手を間違えた……」と彼は嘆いた。大丈夫だ真琴。こっちには学年トップの頭脳と学年トップの美少女が付いている。まず安心だ。太平洋のど真ん中で一緒に漂流しても安心できる2人だ。
昼休み。
真琴との食事会をしている最中、俺は鶴の動向を監視した。端から見ればただのストーカーだ。その視線に気づいたのか、鶴は首をかしげて俺に目で訴えたが俺は無視して見続けた。完全に変質者である。
ともあれその変態行為のかいがあって鶴が飯を食い終わるタイミングを俺は見逃さなかった。
「鶴。ちょっといいか」
「は、はひっ、なんでしょう!?」
「あなたを誘拐します」
「え?」
「隣のクラスに一緒に来てほしいんですがよろしいでしょうか」
「なんだぁ。ずっとジロジロ見てたから怖かったよ。アリナさんのとこに連れて行きたいのならそう言ってよ」
「ユニークはどの時代でも生かし続けなきゃならんのだ。じゃ、行くぞ」
「はいはい」
鶴を連れ出して隣クラスに入る。アリナは普段通り文庫本を手に座っていた。
「誘拐してきたぞ。どれ作戦会議だ」
「ホントに連れてきたのね……」
「アリナさん、これって犯罪だよね」
「そうね。少なくとも彼は存在が罪だから逮捕できるわよ」
「俺は悪魔みてえな存在なんだな」
アリナの前の席と隣の席を借りてトライアングル状に話し合うことにした。
「さて、諸君よく集まってくれた。テーマは『真琴&流歌のデートスポット』だ。このテーマについてお2人は議論してもらいたい」
「面倒くさい」
「誘拐」
「2人とも牙は収めてください。協力してください」
アリナと鶴は顔を見合わせてため息をついた。
「私はそういうのよくわからないから鶴に訊くといいって言ったじゃない。私は抜きにして」
「さて鶴さん。何かいいスポットはありませんか?」
「もう私だけ!? んー……どこかなぁ。真琴くんってどんな人なの? 流歌の好みに合わせた方がいいならどうでもいいけど」
「真琴は真面目で純情なやつだ。名前の通り、誠の男だ」
「不真面目で不純のあんたと真逆じゃない」
「ちょっとそこの毒舌お嬢さん、静かに。あと3年は黙っててくれ。どうだ、鶴。いいとこあるか?」
「ん~。流歌はアクティブな方じゃないからなぁ。水族館とか花園?」
「水族館とか、俺レベルの雑魚でも思いついたぞ」
「ありゃりゃ」
「やっぱ水族館がいいよな!? 俺は間違ってなかったぞ真琴ォ!」
「もしかして話し合い終了?」
「のようね」
「助かった。早速真琴に伝えてこよう!」
2人は呆れたように目を伏せ、ため息をついた。ため息は幸せが逃げるというからやめておけ。
「あいつホントバカ」
「ねー。アリナさんもよく相手するね」
聞こえてるからな。
「真琴。結論。水族館」
「もしかしてデートスポットのこと?」
「議論の末、水族館という結論が出た」
「日羽もそう思っているのか……彗の言うとおりというかテンプレートなスポットってやっぱ当たりなんだね」
「イエス。また何かあったら言ってくれ。協力しよう」
「どうしてそこまで……」
「友だちだからな」
「少年漫画の激アツ展開きた!」
「本気を出せば目からビーム出せます」
「友だちとして相談なんだけど、デートって何すりゃいいんだ?」
「流石にそこは自分で考えろよ。もはや俺が操ってるみたいだろ」
「じゃあ困った時に即席アドバイスできるようこっそり追跡してくれないかな」
「マジモンのストーカーじゃねえか。やりたかねえ」
「頼むよ! 彗が俺の立場で考えてみてくれよ。何すべきかわからない、どうなるかわからない、でも失敗できない。そんな時は誰かの助けがほしいだろ?」
「わからんでもないがな」
「この際ただのストーカーでもいいから頼む! 変なやつらに絡まれても彗が助けてくれるってわかってると安心できるんだよ!」
この男は俺に本当のストーカーになれっていうのか。
散々ストーカーだの、犯罪者だの、クズだのアリナから言われ続けてきたが、いよいよ本物のストーカーに昇進か。
アリナは大喜びで罵倒するだろうな。
そうだ、やつもストーカーにしてやろう。コミュニケーション能力向上という名目で共に監視し、その日の終わりに「お前も立派な最悪のストーカー野郎だ!」と吐き捨てれば少しは我輩の気持ちもわかるだろう。
「いいだろう、見守ってやる。具体的な案と日程が決まったら教えてくれ」
本物のストーカーになってやろう。
だがお前もだ、アリナ。堕ちるときは一緒だ。
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