第27話 ファッションショー
自由の身となった俺はとりあえず自販機に向かった。
人生を楽しむために必要なのはトマトジュースだ。
この350mlの幸せは大人たちがよく言う「仕事終わりのビールは最高」ってやつと似ていて、これに勝るものはない。
俺はトマトジュースを2本買った。
1本はファッションショー観賞用、もう1本はアリナに感想を述べるとき用だ。
ファッションショー会場である教室前の廊下には行列ができていた。文化祭でも珍しい出し物である上にアリナもいるからだろう。やつは問題児ではあるが男子の間では人気絶頂だ。彼女が出場すると聞けば当然行くだろう。だから列に並んでいる者は僅差で男が多い。
一方の女子たちは男たちを煙たがっている。この穢らわしい獣たちめと睨んでいる。
男たちは俺を睨んでいた。
日頃からアリナに近すぎると非難の的になっていたのが、ここでピークに達したのかもしれない。ライオンに追っかけ回されるシマウマの気持ちがわかった気がする。これが死期を感じるということなのか。
俺は後列に並び、しばし待った。
まもなくしてドアが開かれ、開演となった。
窓は暗幕で閉ざされていて、教室の3分の1が仕切りで隠されている。そして仕切りから出演者が通る道が我々観客のところまで伸びていて、俺たちはその道をコの字に並べられた椅子に座って囲む形だ。
俺たちには入場の際にアンケート用紙を手渡された。内容は素晴らしいと思った人を選ぶというもの。ファッションショー終了後、すぐに結果を出し、上位3名を発表するそうだ。出演者は20人ほどだそうで他クラスからの参加者もいる。登場すると同時に番号の書かれた板をスタッフが掲げる。それが出演者の番号で、アンケート用紙にはそれを書くのだ。
『ご来場の皆さん、お待たせいたしました。まもなく始まります』
司会の声を合図に音楽が流れ始めた。
ライトが通路を照らしてレッドカーペットが現れる。
俺は通路の切れ目に座っている。出演者がこちらに限界まで近づいてくる位置だ。だからアリナは相当驚くだろう。来ないと言っていた俺が最後の最後で現れるのだから。終わったらブン殴られそうだが鑑賞料としてくらってやろう。
1人目が登場した。
大きなハットを被ってサングラス。紫、黒、白が乱雑に入り混じった幾何学模様の服。そしてハイヒール。1人目から本気で驚いた。
2人目は孔雀の羽模様のようなローブを羽織り、頭に鶏のトサカのようなものを付けたモデルが現れた。俺にはファッションというものがわからくなった。芸術というものが何なのかわからなくなった。うちの仮装喫茶とかわんねぇだろこれ。
3人目は水着姿に羽衣を肩から垂らしたファッション。あまりに過激で思わずスマートフォンを取り出して撮影してしまうところだった。これこそ俺が取り締まるべき対象だ。しかし腕章は外しているので権力はない。命拾いしたな、ありがとうございます。
4人目、5人目、とその後も奇抜なファションやグッとくるものも来た。俺はいいと思った人の番号をメモしておいた。
観ていて思うのだがこの衣装はどこで調達しているんだろうか。この学校は金持ちが集まる高校なのか? あとでアリナに訊いてみよう。
そして16人目。アリナが登場した。
美しい。
燃えるような艶やかで赤いドレス。足元のフリルは満開の薔薇を彷彿とさせるほどきめ細かく、そよ風に当てられているように揺れている。
くびれを強調した曲線美。開かれた胸は口内で唾液を促進させてしまうほどセクシーだった。ウェーブのかけられた髪はライトで宝石のように輝き、アリナの顔を美しく照らす。彼女の圧倒的な美が周囲の時間を止め、その美しさだけが動いていた。
アリナが俺のところに近づいてくる。
限界まで近づいたであろうところで、俺は小さく手を上げた。よう、って感じに。
アリナは反応して俺を一瞥した。微笑んでいた表情を一瞬デフォルトの殺人フェイスに切り替えた。その時、俺は「あぁ、死んだわこれ」と人生の終わりを悟った。
そこで異変が起きた。
アリナは目をパチクリさせて、その場に立ち止まる。歩き出さない。
そして突然アリナは口を開いた。
「ん、えぇ!? どこ!?」
アリナは仰天した様子でぐるぐる頭を動かし、両手を胸元に持ってきて背を丸めた。
人格が入れ替わった?
そうとしか思えない。彼女はこんな可愛らしい行動をしない。不安そうに胸に手を添え、泣きそうな表情を浮かべるなんてまずあり得ない。
結局、17番の子に「アリナさん、こっちこっち!」と手招きされてアリナは小走りに消えていった。
まずい。アリナは記憶を共有できない。観たことない映画を途中から再生したようなものだ。今のアリナにはここがどこで、自分が何をしていたのか把握できていない。不安で不安で胸が押し潰れそうな気持ちだろう。
自分の年齢すらも疑っているのかもしれない。
もう高校をとっくに卒業していて、どこかのショーに出演している。その時間感覚すら把握できないのかはわからないが可能性としてあり得る。
いてもたってもいられなくなる。
待てよ。今のアリナは、あの保健室で俺と会った時の記憶と繋がっているだろうか。保健室からショーにタイムスリップか。
であるならば俺が行ったら何かの整理はつくだろうか。
悩みに悩みを重ねていたところに衝撃の映像が目に飛び込んできた。
エントリーナンバー19番。赤草美月。
先生はピチピチのナース姿で登場した。突っ込みどころが多すぎる。本職の姿かもしれませんがちょっと艶めかしすぎませんか。ここはコスプレ会場じゃないですよ。間違ってませんか。
俺はやれやれと首を振って、16を黒く塗りつぶし、横に19と書き加えた。
アリナ、お前は2番だ。赤草先生最高。
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