私は選ばれたのだから

 師走をすぎて、まもなく合格発表があった。

 便利なインターネットは数字を打ち込むだけで桜色のページとそうでないページへの振り分けを行う。

 私は自分の結果に添えられた得点を確認すると、別のサイトを開いた。


 小さな電子のコミュニティで私達は励まし合ってきた。

 模試の日程、○校の出願率、問題傾向、併願先、昨年の繰り上げは何名だったか? いろいろな議題を持ち込んでは傷をまさぐり合い、舐めあってきた。

 私達は同志であり、油断ならない敵同士だった。


 ぽつぽつと、合否を確認した者たちが名乗りを上げ始めていた。

 合、合、合…すでに行き先の決まっていた者、本命だった者、併願滑り止めの者。立場は違えど幸せの刻印に皆が沸いている。

 その中、ぽつりと不合格の報告が影を落とした。

 少しの沈黙があった後、がんばりを認める声、まだ繰り上げの可能性があると励ます声が飛び交うが、そのありきたりな文字の陳列に、いつ本音が現れてしまわないか私は勝手にひやひやする。

 受かった者は喜び、ただ嬉しく浮かれ足で、決して袂を分かった者に対して申し訳なく思ったり、心底同情したりするはずがないのだ。

 なぜ不合格は輪に加わろうとしたのか。影は踏まれてしまうのに。


 いつまでも沈黙する私に、人数点呼していた誰かから声がかかる。

 私を選別することで安堵したいのか、羨望に焦がれたいのか、蔑みたいのか。


 検査2は難しかったね、そう私は話題を変えた。

 ぞろぞろと同意が湧いてくる。

 ――えー? 2のほうが取れたけど?

 中に反発がひとつ。

 常日頃「絶対落ちる」「もうダメ」と嘆きまくっていたのに、いざ合格してしまうと卑屈だった彼女も進化してしまうらしい。

 ――てか全部簡単だったよね?

 彼女の明らかな煽りに「まあね」と自尊心たちが同意してやる。

 すぐに沈黙に戻るのは本心ではそう思ってないからだ。

 ――半分くらいしか書けなかったよ

 影はどんな気持ちで書き込んだのだろう。気持ちを五〇字でまとめてやりたい。


 塾に通い、来る日も来る日も机に向かい、時には面接の練習をし、それでも内申点を落とさないために地域のボランティアにも参加した。

 同じことをして過ごしても表示されるページは違うのだ。


 ――あれで半分しか答えられないなら、もっと基礎学力を上げたほうがいいよ

 進化すると、余計なことを言いたがる。


 何点だった? 誰かが話題を変えた。

 包み隠さず点を申告する者の点は総じて高い。自信があるから書けるのだ。そうでないものは80点台70点台などと明言を避ける。

 ――32、41の73だった

 進化した彼女は自慢げだ。

 確かに検査2の点数は高いけれど、

 ――32、28の60

 検査1に限るなら、泣きそうな影の数値と変わらない。

 進化した気でいる卑屈は気づいただろうか?


 ――じゃあ、同じ○校の人、よろしくね

 魔法が解けたのか、もう卑屈は影に触れなかった。

 他の人も触れなかった。影にも、卑屈にも。


 小さな電子のコミュニティで私達はお互いを探り合い、自分の浮遊する座標を計算してきた。

 相対的だった世界は、区切られて細分化した。


 ――あなたと同じ学校にならなくてよかった

 選民思想を嫌悪しつつ、私もまた自分だけが高みにある錯覚を起こし、そう書き込みそうになって手を止めた。


 ○校で底に沈んでいく卑屈は、受験前と同じ常套句をまた吐くようになるだろう。

 影は詮方無く入学した滑り止め校で頂点に君臨するかもしれない。

 私には関係ない、そういう未来を想像したからだ。

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