取り扱いにはご注意ください。
壊れやすくなった。
要約すれば、たったそれだけのクレームだった。僕は商品に対するマイナス意見に対するテンプレ回答を選択し、返信文に貼り付ける。
いつも弊社の商品をご愛用いただきありがとうございます。お客様からいただいた貴重なご意見は――――
一読して、会話がおかしくないことを確認し、担当者欄に自分の名前を書き込む。
そして、送信。
これで一件の問い合わせが完了する。
本日届いた、たった一件の意見だ。これを処理したことで僕のタスクはなくなり、後は適当に新商品のアイデア出しだとか、他社の製品リサーチだので時間を過ごせば、今日も安泰の定時退社である。
バスタオル掛けが壊れやすくなったと息巻く文面には、それでも我社の製品でないと都合が悪いという事情も添えられていた。
六人家族でも全員のバスタオルが干せて、しかも大判でも余裕のあるサイズ、これはどこを探してもないのだと書いてあった。とても感謝しているし、ぜひ製品を廃版にしないでほしい、と。
初代はとても長く使ったらしい。しかしネジに錆が出て、プラスチックは疲弊して欠けた。だいぶ老朽していたから思い切って新品に買い替えた。
そしたら、やたらグラグラする。ネジが緩んでいるのかと思って締め直したらプラスチックが割れて使い物にならなくなった。仕方なく買い直して、今度は慎重にネジを締めた。
だけどやはりぐらぐらする。もうこれは構造の問題らしい。上側の大きさに対して下側が小さい。しかも踏ん張るはずの足が折りたたみ式に変わっていて、これがかちっと開閉しないくせにキャスターがついているから、ちょっと動かすと勝手に閉じてきてバランスを崩している。
何度もひっくり返ってバスタオルが汚れてしまった。しまいにはフレームを支えているプラスチックが破損してしまった。
壊れた部分にはビニールテープをぐるぐる巻にして補強してみたが、それだとバスタオルをかけると自重で落ちてしまう。
仕方なくもう一度買い直して我慢して使っているが、どうにも不満を伝えないと気がすまない。
折りたたみできるのはいいが、たいして必要スペースは減っていない。そもそもバスタオル掛けを折りたたんで収納する意味は? とお客様。
干して乾いたらしまうんだよ、と読んでいた僕は心のなかで突っ込みをいれていたが、一方で、実際にしまう人はかなりマメだろうなと思っている。
だってバスタオル、僕は風呂後の濡れたのも干しているし。
・・・干さないとカビるよな?
で、翌朝洗ったら、また干すし。
お客さんがたまにきて、たまにバスタオルがたくさん洗濯に出て、たまにバスタオル掛けが欲しいのならたたんで押入れに入れておくかもしれない。
パッケージの写真は風呂上がりの家族がにこやかにタオルをかけているけどな。
洗濯したバスタオルを最大枚数干したら、左右に広がるフレームが垂れ下がって、曲がって戻らなくなったとお客様。
それ、耐荷重を超えただけだよね、と僕。
そこまで読んでいたのか、お客様は続ける。バスタオル掛けって濡れたタオルを干すものですよね? 濡れたら重たくなることくらいわかりますよね? それに耐えられないなんて根本から間違ってませんか?
ああ、そうだね。なんて面倒臭い――僕はそこまで預かり知らない。
そんなこと絶対、取扱説明書に書いてあるだろう? 容量は守って、て。クレームつけられちゃかなわないから、こっちは耐えられる重さをきちんと載せてるって。
守らないお客様が悪いのに、何を文句垂れてるんだか。
そういったことをタバコついでに同僚に話してやったら、そいつも笑っていた。
「まじめな人なんだね。そんなの意見したって無駄だろうに、正義感があふれちゃってるんだろうね」
「まったくだよ。僕らに言ったって、どこにも行き場がないっていうのにな。テンプレ返されて終わり、てのに」
「まあ、どこかに声が届くと信じてるんだろうね」
お客様からいただいた貴重なご意見は――――
「どこにも届かないってのにな」
タバコの煙をくゆらせる。
そもそも企業はたくさん売って、利益がたくさん出てナンボなのだ。デザインで客の心を掴み、ほどよい質とほどよい壊れやすさで自社製品を買い替えてもらわないといけない。
一生物の商品なんて、匠が一点一点手作りしているものでしかありえないのだ。それには相応の値段がつけられる。
そこらのホームセンターで壱万円もせずに売っている商品が一生使える強度であるはずがないのだ。
それどころか利益のために商品はギリギリの強度に改定されることだってありうる。
所詮は金ヅルなんですよ、お客様――――
今日もいつものように定時退社して、妻の待つ家へと帰る。
お客様が買ってくれて、気に入ってくれて、壊れたらまた買ってくれるから、僕はこうして小さな家が買えました。
「あれ、これ買ったの?」
家に帰ると、くだんのバスタオル掛けがあった。
ただし6枚掛けではない。結婚3年目の妻との間に子供はいない。同シリーズの4枚掛けだった。間に2枚分の空きを入れて、両端に僕のバスタオルと妻のバスタオルが掛かっている。
「安かったから」
そっけなく妻は言う。
見合い結婚した当初から妻は不機嫌だった。結婚したくなかったのかと問うと、違うと言う。僕が不満かと問うと、べつにと言う。
家の掃除は几帳面なくらいやってくれていたし、料理もワンプレートながらこだわりをもってやってくれていた。
ただ何が気に入らぬのか、にこにこしていない。
たまにテレビ番組を見て笑っているから、笑えないわけではない。
妻もまたバスタオル掛けと一緒だと思う。
たくさん並べられた釣書の中から自分に合いそうなものを選んだ。良いか悪いかは一緒に生活してみないとわからないのに、簡単には取り替えられない。
たくさんの選択肢がないから、僕は妻とうまくやっていくしかない。
取扱説明書がないのが難儀する。
笑わない妻と、笑いを引き出せない僕と。
荷重容量はどこに書いてあるのだろう。
「前のはどうしたの?」
猫舌仕様の味噌汁をすすりながら、前のバスタオル掛けが気になった。
「タオルを抜き取るときにフレームが折れたのよ」
妻の不機嫌に拍車がかかる。まだ1年も使っていないのに、という心の声まで聞こえそうだった。
前のタオル掛けだって僕の勤めている会社が作っている品だ。シェア率が半分以上ってこともあるけれど、社員としてはそのあたりは忖度すべきだし、なにより使い勝手よさそうなデザインだと妻も気に入っていたのだ。
「まあ、バスタオル掛けは買い換えればいいだけだから」
妻はそう言って去っていった。
リビングでテレビを見るつもりらしい。
バスタオル掛けは買い換えればいいだけだから――――
ふと思った。
僕も一緒なのだろうか?
妻もまた、僕がよくて、僕の代わりがいなくて、僕に不満を持っているのか?
考え込んでしまいそうになって、慌てて思考を止めた。
これは考えてはならない。
商品への要望が改善に生かされなくても、代わりがないのだから我慢し続けるしかない。
つまりは望まぬほうが幸せなのだ。
弊社のバスタオル掛けはデザイン的に優れ、お客様には大変好評を期しております。
またのご購入を心よりお待ちしております。
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