3. 高校生活、予想外のスタート

 なんとなくネクタイがおかしい気がしてつい、ネクタイをいじってしまう。

 もう校門も出たし、外してしまおうかとも思ったけれど、慣れるためにもつけておこう。


 昨日入学式で着たときは、初めての登校に緊張していたせいか気にならなかったのに今日はやけに気になってしまった。中学の時とネクタイの太さが違うから違和感がある。

 いや、なんとなく視線を感じるからだろうか。

 そうだとしたら、それは叔父のせいだ。

 昨日、入学式にビシッと羽織に袴できめてきてくれた叔父は見事に目立った。ただでさえ整った中性的な顔は目立つというのに、そこに着物で、しかも小学校の入学式の親のようにビデオカメラや、新品のデジタル一眼カメラであちこち撮りまくっていた。

 あれは両親に送るためでもあるのだと分かってはいるが、恥ずかしくて他人のふりをしたかった。

 だが、叔父は僕と目が合うと、遠慮がちながら嬉しそうな顔をして小さく手を振ってくれる。もちろん、嬉しい気持ちはある。だが、叔父がそんな可愛らしいしぐさなどすれば年齢性別問わず、人の気持ちを射貫くのだ。

 慌てて叔父から目を逸らした先には、猫はもちろん、イキモノたちがはっきりと見える。

 特に校長先生が鮮やかな黄緑のアフロで真面目な顔してスピーチしているときは、そっと周りの同級生や前に並ぶ先生たちの顔を観察した。本当に髪の毛のようにぴったりとくっついて微動だにしないものだから、本当に先生の髪なのかもしれないと思ったのだ。

 常世に行ったあの日から、ゼロではないが体調を崩すことがなくなった。体が軽くなったように感じるほど調子がいい。


 だが、代わりに世界が一変してしまった。


 見えるもの、聞こえるもの、触れるもの。匂うもの。体感する全てが前の世界と違う。

 いや、これが本来の僕が見ていた世界なわけだけれど、どうにも不思議に感じる。たしかに体はしっくりするし、思い出せばこんな風だったと思える。けれど、こうじゃない年月のほうが長かったので、不思議に感じてしまう。

 雑草の中に交じって、どこまでもついてくる草が数本あったり、つまずいた拍子に常世に転がり込んでしまったり、拾った落し物が急に動き出して初めてイキモノだと気づいたり。


 そんな日々に慣れないうちに新しい生活が始まってしまった。

 そして、初めから叔父さんが目立ってくれたおかげで、こちらから声をかけなくても何人もの同級生が話しかけてくれた。七割ぐらい女子だったのには困ったし、今後の面倒を避けるために、自己紹介は僕のことというより、昨日の保護者は親ではなく叔父であることとか、叔父は独身だけどあまり人付き合いは良くないとかそんなことばかり話してしまった。

 若い女の先生が、とても親切な感じでご両親が海外で不安があると思うし、何かあれば私が叔父さんにお話ししてあげるからね、と言ってきたときは引いてしまった。明らかに叔父狙いだと思ってしまった。だって、担任でも同じ学年の担任ですらない先生だ。

 いや、多少の思いやりがあったと思いたい。


 思わず夕食後にアメリカにいる両親に、スカイプで学校のことより叔父のことを愚痴ってしまった。父なんかは、遠い目をして昔から無自覚だからなぁ、とつぶやいていた。あの顔を思い出すに、若い頃からなにかと注目の的だったのだろう。

 両親からは明日はもう少し学校のことを聞きたいと言われたが、まだ話すようなことは特にない気がする。離れている以上、時間割なんて話してもしょうがないし、教科書が中学より多いなんて話も意味がない。

 校長の頭のアフロに見えたのことを本当は一番話したいのだが、もちろん話せない。

 クラスごとに校内を案内されたけれど、古い学校のようでいろいろなイキモノに気が散ってほとんど覚えていない。校庭の隅で山羊と鶏を飼われていることに気づいて驚いたからそのことは覚えているけど。あとは担任の鈴木先生が、男で眼鏡で叔父と同じくらいの年齢ということぐらいだろうか。数学の先生らしい。

 まだ二日目で授業らしいものもないし、クラスメイトとも自己紹介に毛が生えたぐらいの会話しかしていない。登校方法を昨日はバス、今日は電車で明日は自転車で行ってみるってことぐらいか。


 あれこれと両親に話す内容を考えながら最寄り駅を出て猫屋敷に向かって歩いていると、視界の端に一瞬ふわふわしたものが映った。

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