1. 透の想い 新生活の決意1

 昨日は暸一の入学式だった。


 久しぶりにスーツを着てみたが、どうにもふわふわした気持ちになってしまう上、ヤグルマたちに盛大にからかわれたので、着物に袴、羽織と正装して出席した。紋付はやりすぎかと避けてみたが、和装の男がそもそもいなかった。

 和装のせいで多少目立った気がするが、みんなが見に来ているのは主役は新入生である我が子だ。目立ったとはいえど、多分大したことはなかったはずだ。

 兄夫婦が戻ってくるまでは保護者になるので、保護者同士の交流も必要だと気を引き締めて行ったのだが、周りの保護者はもちろん年上で、随分と大人に見えてうまく交流できなかった。

 カメラを片手に、猫たちに新入生の中から暸一を探してもらいなんとか撮影した。カメラなんて持っていなかったが、兄がネットで注文して3日前に屋敷に届いたのだ。必死で使い方を勉強した。

 暸一は比較的落ち着いていて、新しい学校よりもよく見えるようになったイキモノに戸惑っているようだった。その気持ちもよくわかる。

 なにせ、壇上で挨拶している校長の頭に黄緑色のふわふわしたものがひっついている。アフロのかつらにしか見えない。なんて言うんだったか。そうだパーティーピーポーだ。

 他にも歴史の長い高校なのか、校内に住み着いていそうなイキモノたちが結構いた。どれもこの土地や人間を好んでいるようだったので、大丈夫だろう。ほとんど組織に所属する渡し守としては働いていないけれど、一応危なそうな場所やイキモノを見つけたら報告ぐらいはしているのだ。

 それから何人もの学校関係者の話を聞き流しながら、頭の中では自分の高校生のころのことを思い出していた。



 高校に上がった時にはすでに母は他界していて、父と社会人だった兄が学校の行事に顔を出してくれていた。必ず二人のうちどちらか、時には二人とも出席してくれた。

 それに毎日猫たちが賑やかにしてくれたことや、父と兄が過保護なほどに愛情を注いでくれたこともあり、淋しくはなかった。暸一が生まれたばかりだったのに、兄は保護者であり続けてくれて、僕に時間をさく兄を陽子さんは理解して暸一と一緒に僕を育てるようにかかわってくれた。

 暸一のおかげで、自分の生活の中に当たり前にイキモノがいるという異常さにも慣れることが出来た。いや、幼く好奇心旺盛な暸一を守るのに必死になっていたら、というのが正解かもしれない。



 生まれた時から暸一はイキモノに愛される子だった。

 高校一年になって、暸一が生まれてすぐに、暸一のもとには何かしらのイキモノがまるで挨拶しにくるように、入れ替わり立ち替わり暸一を見に来た。時には身の毛もよだつ、血なまぐさい匂いのものもいて、それからは猫たちに僕がいないときはできる限りの警護をお願いした。

 僕は父から母の知り合いの住職さんを紹介してもらい、暸一のためにいくつかお札の書き方を教わったりした。本当なら夕の道具屋の物を用意したかったが、そこで何かを用意してもらうには、僕のお小遣いでは足りなかったし、兄夫婦にうまく説明してお金を払ってもらうなんてことも高校一年の僕には難しかった。見かねた道具屋のおばあが最低限の札の書き方を教えてくれたが、それ以上はさすがに無料では教えてあげられないと言われた。二人にうまくイキモノの説明が出来るとは思えなかったし、下手なことを言って二人に拒絶されることが怖かったから、僕にはそれ以上のことができなかった。



 あの生まれたばかりだった小さな暸一は高校に入学し、僕は今年31歳になる。

 毎日手探りに過ごしているうちにこの歳になってしまった。辛うじて生活できているのは、猫たちのおかげだ。

 もちろん、本当は猫ではないのだが、猫の気質なのか綺麗好きで広い屋敷の維持を手伝ってくれる。そのほかにも、宅配の受け取りや、買い物にも付き合ってくれる。

 彼らは僕の気配が気持ち良い、と契約もしていないのにあれこれとやってくれるのだ。

 暸一も預かっているし、何より30歳なのだ。周囲の保護者ほどしっかりはできなくてもちゃんと自立しないといけない。


「まあ、私も忙しかったので連絡もせず遅くなってしまったのもいけないんですが」


 望月さんの声に我に返った。

 望月さんが遠い目をして黙り込んでしまったので、つい考えが飛んでしまった。

 大事な話をしているのは分かっているが、暸一の入学はここ数年何もなかった日常の大きな変化だったのでついつい思い出してしまった。

 僕が生活できているのは猫たちだけではなく、望月さんのおかげでもある。望月さんといるとつい気が緩んでしまう。安心しすぎるのかもしれない。

 その望月さんにとって、先日の出来事はとんでもないことだったらしい。

 考えてみれば、封印されていた門を通り抜けてたつひこ君が常世に迷い込むのはおかしい。封印以前ならたしかにあり得ることだが、いくら幼子で常世に馴染みやすいとはいえ、封印されている場所を出入り出来るわけがない。

 暸一は何かと規格外だし、小さい頃は門などなくともしょっちゅう常世に遊びに行っていたようだから出入りできてもおかしくはない。だが、暸一が出入りしただけでなく彼を連れ帰ってきたのはやっぱりまずかったかもしれない。

 暸一に輪をかけて、暸一の『友達』も規格外のイキモノだ。あれが現世に来た時の影響まではあの時は考えていなかった。

 お世話になっている望月さんの、なんとも形容しがたい困り顔を見て、改めて申し訳ないと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る