プロローグ2 望月の独り言 新しい日常

 秦家に着いたらいつも通り縁側に向かう。屋敷を出入りしている猫たちが、私が近づくとお屋敷の表門の鍵を開けてくれるので、いつも出入り自由だ。


「いつもありがとう」


 お礼を言うと、門のそばで待機していた猫は、悪だくみしたようににやっと笑ってから、先ぶれと言わんばかりに走って若君に知らせに走っていく。

 猫の走って行った縁側の方に歩いていくと、そこには腰を下ろした若君がいて、軽く手を挙げて迎えてくれた。



「ちょ、ちょっと待ってください。透さん、急ぎじゃないって」

「急いでも何も変わりませんからね」

「たしかにそうなんですけどほら、色々影響があるし知っているのと知らないとでは対処も変わりますから」

「影響が?」

「もちろんです」


 結果から言えば、今この地区が騒がしいのは猫屋敷が原因だった。

 秦家先代が没してから、ずっと封じていたはずの門を潜り抜けて人間のこどもが常世に迷い込み、それを助けるために暸一君が儀式などの手続きなしに常世に飛び込み、救い出してきた。その際に、イキモノが出入りした。

 つまり閉ざしていたというか封印されていたはずの門がどういうわけか緩んでいて、駄目押しとばかりに力の強い暸一君が強引に出入りしたせいでイキモノが出入りできるようになったという訳か。道理でイキモノが騒がしくなるわけだ。

 ここは若君を好んでいるイキモノたちが、若君の力になるべく門を見張っているから、常世から現世にイキモノが入ってきているわけではないのだろう。だが、門の封印が解ければ、常世の空気を感じてイキモノが騒ぎ出してもおかしくはない。

 門だけでなく、暸一君の封印もほとんど解けかけているという。

 もうどう報告したらいいのか分からない。

 いや、笠雲はすでに把握しているからこそ、こうして道具をそろえて持ってくることが出来たわけだが。いや、ここまでの詳細は把握していないだろう。この紙袋に入っている道具では力不足だ。


「まあ、私も忙しかったので連絡もせず遅くなってしまったのもいけないんですが」


 私がそう言うと透さんは、少し申し訳なさそうにこちらに目を向けた。

 思わず、笑ってしまった。

 きっとこの事態を報告すれば笠雲は慌てふためくだろう。私を含め数人が処理に走らされるだろうことは想像つく。この先、窓口の忙しさは続きそうだ。

 だが、組織をかき乱すことができる。

 申し訳なさそうに座っている一見頼りなさそうな男と知識もない高校生が引き起こしたのだ。考えれば考えるほど小気味いい。

 それに今回のことで、秦家には自分以外の目がついている可能性があると分かった。

 どうなるかは分からないが、とにかく自分にできることをするだけだ。この頼りない若君と一緒に秦家を守ってみせる。

 そして、先代の死についていずれ調べてみせる。

 そのためにも、まずは若君にしっかりしてもらわないといけない。


「透さん、まずは組織についてもう一度さらっておきましょうか」

「すみません、本当に。そんなその、大事だったとは」

「これを機に、組織があれこれ言ってくるかもしれません。透さんは利用されないように踏ん張ってくださいね」

「あれこれって」

「分かりませんが、どんな組織でも一枚岩ではないということです」


 そういう私もはっきりと把握しているわけではない。ただ、一つだけ言えることがあった。


「何よりも、透さんは暸一君を守りたいんですよね?」


 若君ははっとしたように目を見開いた後に、しっかりと頷いた。それまでとは違う、強い意志を感じる目をしている。男前度二倍である。


「良い顔です」


 門の方から声が聞こえる。暸一君が帰ってきたのだろう。そういえば、昨日は入学式だったはずだ。手土産も持たずに来てしまった。


「望月さん、いらしてたんですね」


 暸一君は、まだ真新しいジャケットにネクタイでこちらにぺこりと頭を下げた。どうやら護衛とばかりに張り付いていた猫たちと言い争っていたようだ。

 先日会った時とは別人のように感じる。この前会ったときですら、異様な強さに驚いたが最早人とは思えない。透さんとはもちろん、今まで会ったどんな渡し守とも見え方が違う。

 まぶしいほど鮮やかなのに、柔らかい。

 柔らかに見えるのに、明らかな力の差に、目の前の子は人間の、まだ未成年の男の子なんだと言い聞かせないと後ずさりしてしまいそうだ。

 そして、これでもまだ、封印は完全ではないとはいえ残っているのだ。

 面白いことになってきた。


「暸一君、入学おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」


 透さんは庭に下りると、彼に何やら説明している。

 力の質や差に違いはあれど、よく似た二人だ。



 そう思いませんか、初季いぶきさん。



 きっとどこかで空の上で見守っているだろう秦家先代に、そう問いかけていた。

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