13. 秦家の役目とあの日のこと


 お客人が帰ると、今度は猫たちがぞろぞろと姿を現した。

 叔父は食後にたっぷりとほうじ茶をいれてきた。どうやら話をしてくれるらしい。


「僕らはざっくり言うと、門を守る役目を負った一族のひとつだったようです」


 今日僕が放り込まれた祠の鏡のような、向こう側とこちら側をつなぐ物や場所を守ったり、何かしらのアクシデントで向こう側に通じる穴が開いてしまった場合はふさぐ。それが秦家が代々行ってきたことだと、叔父は言った。


「向こうのことを常世、こちらのことを現世と僕らは呼んでいます」


 そう言いながら、叔父は慎重な手つきで細長い木箱を持ってきて、中の巻物を見せてくれた。秦家の家系図だ。それはまだまだ山のようにあり、基本的には力を継いだ者を中心に記されているらしい。

 友達は興味深そうに家系図をどんどんと広げて見入っている。数匹の猫がそれに参加しどうやら会話しているらしく、時折名前を指さしている。


「時代が進むにつれて、こういう力を持つ者は珍しくなっていって、そのうち陰陽師的な役目の人たちと力を保つための縁談が多く取り持たれて、陰陽師という職業がどんどんすたれてからは、役目の住み分けは曖昧になったそうです。秦家は敷地内に門があるので例外的に今も門を守ることを強く求められていますが」


 今でもそういう派閥はあるものの、能力を持つ人間自体が少なく役目に固執する余裕がないのが、現状らしい。日本では一つの組織がそういった世界のことを取り仕切っているらしく、叔父もそこに所属しているらしい。


「秦家はなかなか力のある古い血筋だったらしいのですが、母は僕が大人になりこういう仕事をするか普通の一般人として生きるか自分で決めるように言ってくれたんです。それでこの仕事を選ぶならいろいろ教えようと思っていたみたいで、身を守る方法以外は何も教わらないうちに他界してしまいました。だから組織とは」


 大人しくしていたヤグルマが口をはさんだ。


「透、組織の話はきっと望月あたりが喜んで説明してくれるわよ。それよりほら」

「そうだね」


 ヤグルマの話に叔父はうなずくと、僕に頭を下げた。


「すまなかった」

「え、いきなりどういう……」

「君がいろいろな症状を抱えているのは私のせいだからです」


 叔父は頭を上げると、説明してくれた。


 僕は幼いころから常世にふらりと遊びに行ってしまうような、危なっかしい子供だったらしい。それこそ寝ている間は夢で向こうに遊びに出てしまうような有様だったらしく、このままだと早々に死んでしまうのではと叔父は心配していたらしい。


「うん、よく魂だけで常世に遊びに来ていたよ。何度かは昼間に体ごときていたけど」


 友達が家系図から顔を上げてそう言った。何を思い出しているのか楽しそうに微笑んでいる。叔父は反対にしかめっ面だ。


「君は力の強い子で、かつ好奇心が旺盛でした。その頃は夢渡していることも昼間まで遊びに行っていることも知りませんでしたけど、とにかく幼い頃から常世に馴染んでいて、このままではこちらに定着することなく魂が還ってしまうと思ったのです」


 でも叔父はそこまで力が強いわけではないから僕の正確な状態は分からないし、参考になる知識はない。祖母と繋がっていた組織とはすでに連絡も途絶え、どうしたらいいのか分からなかったらしい。

 昼間にしても、常世のイキモノとの交流を好み、現世の物にすら普通は感じられない色形や匂いのような情報を感じ取っていたらしかった。


「兄さんは、君が母や私と同じ性質なんじゃないかと心配していました。力のことや常世のことはまるで分からない兄でしたが、一種の障害や性質のようなものだと受け止めていて、秦家の短命がその性質のせいであることは理解してました。一般にはわけのわからない形で命を落とす人も多く、常世の影響に引っ張られて幼くして亡くなることも多かったですから。つまり、大きくなって普通に働いたりできるのか、すぐに死んでしまわないかと。一方兄から話を聞いた陽子さんは、どんなことになっても君が幸せに笑っていればいいって言っていて。本当に陽子さんらしいおおらかさで君を見守ってました」


 そんな頃、僕が姿を消した。

 その日は父親の転勤が決まり、猫屋敷の近くから引っ越す前にと送別会もかねて親戚が集まったらしかった。僕はそんな大勢がいる猫屋敷から、誰に見られることもなく姿を消した。

 親戚が大方帰ってから、ふと僕がいないことに気が付いたらしい。


「兄さんや父さんは君が私と一緒だと思い込んでいたようです。僕は途中から自分の部屋にこもってたんですよ。恥ずかしながら、兄さんが近所から引っ越してしまうのが思ったより寂しくて、二十歳にもなってそんなことを思っているなんて知られたくなくてね。小さいながら君という、同じ世界を見ている子と話せなくなるのも残念でしたし」


 とにかく、その時屋敷にいた全員で僕を探し回ったらしい。それでも僕はどこにもいなかった。屋敷の外も何時間も探し回り、警察にも相談したらしい。


「さっきも言いましたが、僕は君がよく迷子になることは知っていたのですが、常世に遊びに行けてしまうほど力の強い子だと知らなかったんです。君の目には面白いものがいっぱい見えていましたから、普通は見えない何かを追いかけてよく迷子になるんだろうと思っていました。力が強いせいか、常世のイキモノも君にあまりちょっかいを出さなかったのでそのこと自体は特に気にしていなかったんです」


 それを聞いて、友達が家系図から顔を上げて、口をはさんだ。


「瞭にちょっかいなんて出さないよ。だって、僕らの仲間だもの」


 叔父はその言葉に不思議そうな顔をしながらも、うなずいた。


「あの日、ヤグルマに君の痕跡を見つけられないか尋ねた時も似たようなことを言われました。君の気配は自分たちに似ていて、人間にしては少し変わっているからよく分からないと」

「暸一は五歳になっても人間ぽくない気配だったわね。だから逆に見つけやすいかと思っていたんだけど、痕跡すら見つけられなかったの。私たちに近い雰囲気だったから、常世に何かが入り込んだ痕跡があってもとくに不思議には思わなかったのね」


 ヤグルマは人間だったら肩をすくめてそうな様子で、そう言った。


「一日経っても、君に関する情報は何も見つかりませんでした。そこで父や親せきの数人が、もしかして祠から常世に行っちゃったんじゃないかって、僕に言ったんですよ。父は組織に所属していた人の親せきで、知識はあったんです。親戚の中にも何人か近い親族が組織とかかわっていたような人や、多少力を持つ人もいましたから。祠の門は母が他界した後、組織が強く封印したので、何も知らない小さな子が入り込めるはずがありませんでした。でも、ヤグルマ達が周辺を探しても何もないとなると確かにそこ以外探しようがなくて、みんなに常世を探してもらったんです」


 猫たちが一斉にうなずく。中にはため息ならぬ鼻息を漏らした猫までいた。察するになかなか大変だったらしい。

 当時は小さかったとはいえ、猫たちの様子に内心申し訳なくなった。口には出さなかったけれど。

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