4. 僕の部屋
そのあと、僕の部屋にする予定の場所を見せてもらった。あの中庭のあるロの字の棟の一室のようだ。東向きに大きめの窓がついている二階の一室だ。
古いお屋敷だから畳の部屋を想像していたが、床だった。しかもリフォームしてあるようで、壁紙も新しく、照明も明るい。多分、床もその時に張り替えたのだろう。ところどころ古い木の部分が残っているし、廊下と部屋の間に壁とかドアはなく、障子で仕切られている。ちぐはぐだが、実家の部屋よりずっと広い。
良くも悪くも開放的な造りだ。
「畳よりもこっちの方がいいかと思って。もちろん畳の部屋の方が良ければできます。何せ部屋はたくさんありますから。他の場所がいいとかのリクエストも気軽に言ってください」
「透、暸一を甘やかさないでくれよ」
「甘やかすも何も、これぐらいしかできないから。それに、気持ちのいい部屋だけど、プライベートを保ちたい場合には向かない」
苦笑する父に、叔父はそう返していた。
中庭に面した廊下は広く、気持ちがいい。
ロの字になっている回廊は中庭がよく見えるように大きな窓が続いていて明るい。部屋に入って正面の窓の外のベランダは隣の部屋とつながっている。確かに開放的過ぎるが、気持ちがいいのは確かだ。
几帳面な父は部屋に入るなり部屋の寸法を測って僕の部屋の家具が入るか計算していたが、広い屋敷の中には使っていない家具がたくさんある。叔父が僕にこだわりがなければ適当なものを用意してくれると言ってくれた。
「こっちの棟は、昔は客室や、人が集まった時の遊戯室として使っていた場所なんだけど、今はほとんど人が泊まることがない。僕もあまり足を踏み入れない場所だけど、気になるようなら、ふすまにするか、そうだな、内側に南京錠とか鍵をつけられるようにしよう。もっと屋敷の端の、少し暗い所でもよければドア付きの洋間がある。狭いけどね」
叔父は窓から身を乗り出していた僕にそう言った。
「今ある家具は使ってみて気に入らなければ、あとから買ってもいいし、君の家のものを送る手続きをすればいいよ。もちろん、ほかの部屋を見てもらって、入れ替えてもいい」
「助かるよ、透。向こうでの生活でも最初はお金がかかるし。もちろん、暸一が良ければだけど」
「一旦、家具も部屋も入り口もこのままで大丈夫です。この景色が気に入ったので、今はこのままで。入り口のことは住んでみて追々考えてみます」
叔父と二人、と思うと完全なパーソナル空間が欲しいとは思うのだが、障子に透ける日の光が気持ちよかったし、障子を閉めたときに真ん中に無骨な南京錠がぶら下がるのはなんとなく嫌だった。それに学校が始まってしまえば、ほとんどの時間を外で過ごすことになるのだから構うまい。
母は持ち前の豪快さで、まだ何もない部屋の棚に持ってきた洋服やら雑貨をどんどん鞄から取り出し放り込んでいた。
ここに引っ越してまずやることが決まった。
服を畳みなおすことだ。
「陽子さん、相変わらずですね」
叔父は母の様子を見て、苦笑いを浮かべている。
「相変わらずって?」
母は首をかしげながら、はたから見ると整理しているようには見えない豪快さで、僕の服を取り出してはしまいながら叔父さんに不思議そうな顔を見せた。もう少し正確に言うなら、たたんで鞄に入れた僕の服を、たたみ直すようにごしゃっと丸めて、ぎゅっと積み重ねている。あれでいて手元は畳んでいるように動かしているし、本人も畳んでいると認識しているのだ。
父はすぐに叔父の言葉の意味が分かったらしい。叔父と似たような苦笑を浮かべて口を開いた。
「家では下着以外は、洗濯したらハンガーで干して、ハンガーのままクローゼットに吊るしてるんだ。箪笥にしまうときは自分の服は自分で。その方がいろいろと、困らないから」
「ちょっと、まるで私が家事できないみたいじゃない?」
「良くも悪くも大味だな」
「ちょっと、もう」
母はばしん、と力強く父の腕を叩いた。
「頼りになりそうな腕っぷしだろ?」
腕をさすりながら、父は叔父さんに笑いかける。叔父は僕が昔好きだった優し気な笑顔を父に向けていた。
その日、父は海外に行く前にゆっくりする最後のチャンスだから、と猫屋敷に一泊すると言って叔父の頭を子供にするようにくしゃくしゃと撫でまわした。
「お父さんと透さんは歳が離れているせいか、とても仲良くってね。ある頃から透さんが急に他人行儀になった、ってずっと気にしてたのよ」
帰りの新幹線で僕はうとうとしながら、母の話に耳を傾けた。
「お父さんの家系は短命な人が多くて、お父さんと透さんの間に二人弟妹がいたらしいんだけど、子供のころ亡くなってしまったらしいの。それで透さんのことも暸一のことも過剰に心配しているのよ」
叔父の家を離れるにつれて、頭痛も目のかすみも耳鳴りも引いていき、代わりに疲れが出て眠くて仕方がない。友人達には早々にメールをして、今日は会えないと連絡した。
「ほら、あなたは特にお義母さんや透さんに似てたから。5歳のころまで。覚えてる? 5歳の時――」
覚えているよ、とつぶやきながら眠りに落ちてしまった。
忘れるわけがない。
でも、その思い出に手が届かないんだ……。
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