第12話 思い出のホルモン焼きうどん
リゾート旅館に、家族と、そして親戚の何人かと泊まりに行ったときのことである。
まだ私は幼かったのか、それとも、もう何年も前のことだからか、当時の記憶はだいぶうろ覚えになっている。
それでも部分部分で、妙にはっきりと覚えていることがある。
夜ご飯はいつも決まってバイキング形式だった。自分達で好きなおかずを自由に取りに行くことができる。
緑色の透き通った透明なわらび餅に、上に少しかかったきな粉。小皿に乗った、つるんとしたデザート。新しいわらび餅が配膳卓に追加されたことを店員さんが知らせる声。従姉妹の嬉しそうな、幼さの残るあどけない笑顔が記憶に残っている。
そして、もう一つ。これはもしかしたら別の場所、別の時期での思い出なのかもしれない。けれど、場所がリゾート旅館であったことは確かだ。
夜のバイキングの時間。強烈な、香ばしい、大好きな匂いに小さな鼻をくすぐられる。歩いて出会った先にあったのは、銀色のステンレスの大きなプレートに入った、オレンジ色に近い肉の油で、てらてらと光っている太麺。奥の札には「ホルモン焼きうどん」と書かれていた。
それが、ものすごく美味しかった記憶がある。
味の詳細は覚えていない。好物であったのなら、皿に大盛りよそって飽きるまで食べても良いのに、あまり量も食べなかったのだろうか。がっつかなかったのだろうか。出会った、ホルモン焼きうどんがその場所に置かれていたことは思い出せるのに、どうにも食べている風景を思い出せない。どうしてだろうか。
箸を握って、麺をつまんで、一口で啜り込む。たっぷりの油と麺の食感に心奪われたはず。けれど、どうにもうまく思い出すことができない。夢想に近い、幻のような、形のないものを食べているような心地がする。
あのホルモン焼きうどんを食べることができたのは、その一度きりだった。以来何度か同じ場所、同じ系列のリゾート旅館に泊まる機会はあっても、あのホルモン焼きうどんには巡り会えていない。
もしかしたら、幼い自分の夢の中の出来事だけであったのかもしれない、と思ってしまうこともある。けれど、他の詳細の記憶はぼやけているのに、うどんの色と照り方が、妙にはっきりと覚えているのだ。家では到底再現できない味である。
今でも、遠出をして泊まる機会があるとつい、うどんを探してしまう。いつかまた、あのホルモン焼きうどんを食べることが出来るだろうか。ほんのふとした瞬間にでも、また。
うどんくるんちゅ。 藤井杠 @KouFujii
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