第142話 出迎えた人々

 無事マリィさんの記憶が戻ったので、既に目的も果たした俺たちは、2組の連中を救う為、ナルガラに向かうことにした。

 ペシルミィフィア王国で借りていた城で広げていた荷物を片付けて、アダムさんたちと合流しようとしたのだけれど、マリィさんが地面にしゃがみこんだまま動こうとしない。

「どうしたんです?マリィさん。」

「……一緒にお風呂なんて、付き合ってる時ですら、入ったことないのに……。」


 記憶が戻ったマリィさんは、両手で顔を覆い、首筋まで真っ赤にして、俺たちに背を向けてしゃがみこんだまま、そうつぶやいた。

 記憶がない間に、エンリツィオにいろいろと世話を焼いて貰っていたことを知って、恥ずかしくなってしまったみたいだ。ていうか、恥ずかしがるとこ、そこなんだ。

「別に普段だって明るくしたままヤッてたのに、何がそんなに恥ずかしいんだよ?」

 エンリツィオは眉間にシワを寄せて、呆れたようにマリィさんに苦言をていしている。


「別に俺が気にしてねえんだから気にすんなよ。それにいつもより可愛かったしな。」

「可愛い……?」

 それを聞いて、マリィさんは喜ぶどころかショックを受けていた。

「それ、普段は可愛くないって言ってるのとおんなじだからね?君。」

 アシルさんが補足をしてくる。

「実際そうだろ、素直じゃねえんだから。」

「あのねえ……。」


「私……帰ります。

 ご迷惑をおかけいたしました。」

 マリィさんはよろけながら帰ろうとする。

 よっぽどショックだったんだな。

「さらわれたのは別にオマエのせいじゃねえだろ。待ってろ、送って行くから。」

「いえ、待ってる人がいるので……。

 心配していると思いますから、すぐにでも帰ります。ありがとうございます。」


 マリィさんに待っている人がいるとは思わなかったのか、それともまさかマリィさんが自分の誘いを断ると思ってなかったのか、送るというのを拒絶したマリィさんに、エンリツィオが腕組みしたまま目を丸くしている。

「何驚いてるの?

 別れたんだから、次の相手がいたって不思議じゃないでしょ?マリィは君の愛人たちの中で、一番の高嶺の花だよ?めちゃくちゃモテるんだから、そりゃそうでしょ。」

 アシルさんが呆れたように言ってくる。


「──何か知ってんのか、オマエ。」

 エンリツィオがアシルさんを睨む。

「さあ、どうだかね。てか、今更嫉妬?

 ホント呆れるよね。ほっといてやりなよ。

 今彼女、幸せなんだからさ。」

 アシルさんにそう言われて、エンリツィオは気に入らなげに、うなだれながらよろよろと去って行く、マリィさんの後ろ姿を見つめていた。そこに、いつまで経っても俺たちが来ないので、アダムさんたちがやって来る。


「やっぱり送って行く。

 お前らは勝手に帰れ。」

「はあ!?船1隻しかないのに、僕らだけで帰れるわけないでしょうが!」

 アシルさんが、マリィさんのあとを追いかけるエンリツィオを追いかけて行く。

「カール!ペシルミィフィア王国の人たちに代わりにお礼を言っておいて!

 急ぎの用事が出来たからこのまま失礼します、礼を失して申し訳ありませんって!

 みんなは後から追いかけて来て!」

「了解しました。」

 カールさんたちがペシルミィフィア王国の城に戻って行き、俺たちは慌ててエンリツィオとアシルさんのあとを追った。


「彼と死に別れてから、目的があって必要な時以外、他の女とするの嫌がってたのに、マリィだけは自分から抱くわ、──愛人の中で唯一自ら助けに行った癖に、その理由を自分で分かってないなら、分かんないままにしとけばいいのにな、もう!」

 ようやく立ち直ったのか、遙か先をスタスタと歩いて行くマリィさんと、大股でそれを追いかけるエンリツィオを、必死になって追いかけながら、アシルさんがそうボヤいた。


 2人に追いつくと、エンリツィオが近付くのをマリィさんが嫌がって、エンリツィオは少し後ろを歩くことにしたみたいだった。

 俺と恭司が、足早いですね、と言いながらマリィさんに近付くと、マリィさんは自分を見つめる俺から、スッと恥ずかしそうに目線を反らして下に落とした。まだ恥ずかしいのかな。何も話さないで並んで歩くのも、なんだか気まずい。俺は帰る道すがら、気になってたことがあったのをマリィさんに尋ねた。

「マリィさんて、その……、快楽落ちするくらいなら死を選ぶ人じゃないですか。」


「カイラクオチ?」

 うまく翻訳されなかったのか、その言葉を知らないのか、マリィさんが首を傾げる。

「ああ、ええと、無理やりエロいことされたのに、それをそのまま喜んで受け入れちゃう感じの状態なんですけど……。」

「ああ、はい。」

 理解出来たらしく、マリィさんが頷く。

「なんで最初にエンリツィオに押し倒された時に、それを受け入れちゃったのかなって。

 マリィさんなら相手を引っぱたきそうなもんなのに。俺、それが不思議で。」

「それは……。」

 マリィさんが頬を染めて目線を落とす。


「最初拒絶したんですけど……。

 たぶん、彼、気付いてないと思うんですけど、凄く悲しそうな顔をされて……。

 それで、彼のことを抱きしめてあげたくなっちゃったんですよね。

 一時でも私が癒やしてあげられるなら、してあげられることを、全部してあげたくて。

 それで、です。」

 “運命の絆”は、相手が困ることを厭う、だっけか。悲しい顔をされると放っておけなくなっちゃうんだろうな。そうやって気持ちを捨てられずにズルズルと付き合ってたと。


「──そうだ、ミュゼの村に寄りてえんだけど。玄関口の国だし、時間まだあんだろ?」

 と俺はエンリツィオたちに確認した。

「ああ、確か帰りに寄る約束をしていたんだっけね。まあ、ちょっと寄るくらいは問題ないよ。どうせ帰り道だしね。行こうか。」

 とアシルさんが言ってくれたので、俺たちはミュゼの住むバンス村へと向かった。

 ミュゼたちは人間の貴族に取られていた、故郷の城を取り戻したけど、今の彼らには悪い記憶しかない場所だったから、そこにはすまずにバンス村にそのまま住んでるんだ。

 城は燃やしてしまったしな。


 そのせいで俺たちはすぐにバンス村から逃げることになったんだけど、王家の依頼で俺たちを狙って来たリンゼたちはどこかに行ってしまったし、城にいた王族の親戚たちを殺した件で俺たちを追ってきたわけじゃなく、もともと俺たちを狙っていたみたいだから、いずれまた追手が来るかも知れねえけど。

 妖精女王に会う為の条件をクリアする目的で、わざわざ苦労するルートを通っていただけで、帰りはそんなことをする必要がないから、アダムさんたちが合流するのを待って、近くのポータルに立ち寄って、そのままバンス村近くのポータルにテレポートした。


 これ便利だよな。英祐たち魔族も、他の国に行く時には、普段はポータルを使用してるらしい。ポータルで移動するよりも早く飛べる種族が少ないから、らしい。

 ポータルは使える時間が決まっていて、いつでも使えるわけじゃないから、待ち時間が存在するところだけが面倒だけどな。

「人間の国にも国ごとにつながるポータルがあればいいのにな。わざわざ船や馬車を使わないと移動できないんだから。」

「人間の国だと難しいんじゃないかな。

 ポータル自体が魔法陣で、大量の魔力を使用するものだからね。その地域に魔力が大量に漂ってないと、自分の魔力を消費しないと発動できないものだからだよ。」


 と、アシルさんが教えてくれる。

「人間の住むところは、そもそもあまり魔素が漂っていないから、人間が住むことが出来るし、強い魔物もわかないんですよね。」

 とアダムさん。

「人間はそこまでの魔力を持たないから、自力でポータルを使用することは難しいでしょうね。でも、俺らはそれが可能だから、組織の隠れ家には、それぞれポータルを設置してありますよ。異世界転生者は基本魔力量が高いから、周囲の魔素を取り込めなくても、自力でポータルを使用出来ますから。」

 とカールさんが言った。


「ポータルにリキャストタイムがあんのは、1度使用しちまうと、周囲の魔素を集めんのが大変だからか?ポータルを使用出来るだけの魔素を集める為の時間待つから、決まった時間にしか移動出来ないってことか?」

 恭司がアシルさんに尋ねる。

「まあ、そういうことだね。」

「なら魔素が集まるのを待たなくても、俺らの魔力を消費しちまえば、いつでも移動出来るってことじゃないんですか?英祐なんて次世代の魔王候補なんて言われてるんだし、自分の魔力でいつでも移動できそうなもんだけど、なんでかポータルの時間待ってたな。」


「うーん、そこが難しいとこなんだけどね。

 最初にどういう魔法陣を敷いたかによるみたいなんだよね。現代魔法は周囲のものを集めて使うから、使ったあとに水なり燃えカスなり、痕跡が残るよね。それと同じで、集める元を、魔法陣を敷く際に、最初に決めて発動させるのがポータルの仕組みなんだ。」

「種類が違うってことですか?」

「そう。だから最初に周囲の魔素を集めて使うポータルを設置してしまうと、そこに自身の魔力を注ごうとしても、受け付けにくくなるってことかな。僕らの組織の隠れ家は、最初から人間の魔力を使って移動出来るよう魔法陣を敷いているから、逆に周囲の魔素は集められない。だから英祐君くらい魔力が高くても、ポータルに魔力を注げないってわけ。」


 とアシルさんが説明してくれた。だから英祐レベルであっても、わざわざポータルの発動時間を待ってたってわけか。英祐は爆発移動出来るけど、魔族の国は遠いから、ポータルの発動時間を待ったほうがいいってことだな。リシャはポータルの移動よりも早く飛べるみたいだけど、単純に英祐と一緒に行動したかったからポータルで帰ったんだろうな。

「あ、見えてきたね。」

「おーい、ミュゼ〜!」

 ミュゼの名を呼びながら、俺と恭司はバンス村に向かって走り出した。

 走ってバンス村にたどり着いた俺たちは、変わり果てた村の様子に愕然とした。


 だらりと垂れ下がった舌。見開かれた目にはすべて目玉がなかった。恐怖と苦悶に歪んだ表情は、明らかに拷問を受けた状態で首を切られたことを示していた。木の棒と板を組み合わせただけの簡易な台がいくつも並んでいて、そこにミュゼをはじめとする、バンス村の人たちの生首が並べられていたのだ。

 首から下は皮が剥がされており、それをつなぎ合わせて1枚の布のようにしたものが、バンス村を外界から隔てる金網にくくりつけられていた。その布の中央に殺されたピウラたちがくっつけられていて、大きく血のような赤いものでバツ印がつけられている。


 遠目に見たそれはまるで──エンリツィオ一家の象徴のポケットチーフに、バツがつけられたかのようだった。

「状態維持の魔法と、防御魔法がかけられていますね。俺たちがここに立ち寄るまでに、魔物や動物に食われて、この状態が損なわれるのを防ぐ為なんでしょう。

 そのおかげで腐った匂いもなく、ここに近付くまでは、こんなことになっているなんてことは、誰も気付かなかったでしょうね。」

 近付いて死体を確認したカールさんが、冷静にそう俺たちに報告をした。


「リンゼの野郎だ……。俺たちに見せつける為にわざわざこんなことを……!」

「追いかけてこねえと思ったら、先回りしてこんなことしてやがったのか!」

 俺と恭司は、リンゼの笑っていないように見える、目を細めた笑顔を思い出した。

「すぐに戻ろう。僕らの行動がどこまで把握されているのかわからないけど、向こうは縁を扱うスキル持ちだ。僕らがここに立ち寄る気になったのも、奴のスキルのせいかも知れない。見せつけるだけが目的なら、おそらく今は待ち伏せはしていないと思う。だけどこの人数でこのままここにいるのは危険だ。」


「そうですね、すぐに出港の準備をするよう手配します。」

 アダムさんがそう言って、通信具を使ってどこかに連絡を取っていた。

 俺たちに宣戦布告する為だけに、殺されてしまったミュゼ。王族たちの支配からも開放されて、これから静かに暮らせる筈だったのに。俺たちと関わったばっかりに……。

 ──王族全体に喧嘩を売るにゃあ、まだ俺たちは力不足だ。だから目立たねえように行動している。エンリツィオの言葉が頭に反芻する。俺は王族を敵に回すことの意味を、改めて身にしみて感じていた。


 港についた時、大勢のエンリツィオの部下たちに出迎えられて、俺は思わずホッとして体の力が抜けてしまった。これだけの人数がいれば簡単には襲ってこないだろう。

 それにもし襲われたとしても、簡単にはやられない筈だから。俺たちが乗り込んですぐ、船は獣人の国を離れて動き出した。

「──何してんだ、危ねえだろ。」

 夏とは言え、夜は少し冷える。特に海の上は肌寒かった。エンリツィオが、タラップのへりに捕まるマリィさんの両手に、自分の手をそれぞれ重ねて、後ろから覆いかぶさるようにしている。距離が近過ぎるエンリツィオを、マリィさんが強く拒絶出来ずに、困った表情でこちらに救いを求めてくる。


 だけどアシルさんですら、君今更何してんの?と止めたりはしなかった。俺も無理もないと思った。あんなのを見せられた後じゃ。

 俺もユニフェイ──江野沢を、膝の上に抱き上げて抱きしめていたから。

 この腕の中におさめてないと不安なのだ。

 自分のしたことで、大切な人の命が脅かされそうで。アシルさんも、この場にエリスさんとアリスちゃんがいたら、きっと同じようにしてただろう。アシルさんは片腕を強くもう片方の手で掴みながら、自分を抱きしめてるみたいだった。エンリツィオも甘い空気なんかじゃなかった。マリィさんもそれはわかっているようだった。


 失いたくない存在がいなかったら、きっとこんな気持ちにならないのだろう。

 恭司もショックは受けていたけど、俺たちほどじゃなかった。船で待っていたエンリツィオの部下たちと一緒に、モリモリと料理を平らげていたし。俺たちはそれどころじゃなかった。俺もエンリツィオもアシルさんも、ひと口も料理に手をつけずに、大切なものを抱きしめることを優先していた。

「あの……。私そろそろ、部屋に戻って休みます。離していただけますか。」

「──駄目だ。」

「あの……。」

「なんにもしねえから、頼むから今日は隣で寝てくれ。じゃないと寝られそうにねえ。

 お前がいると、なんでか眠れるんだ。」


「え……?」

 エンリツィオがこんな風に、弱音を吐くのを聞くのが初めてなのだろう。見仰ぐように振り返って、訝しげにエンリツィオを見たマリィさんは、思いの外真剣な表情のエンリツィオに、わかりましたとうなずいた。

「俺たちもそろそろ部屋に戻ろうぜ。

 風が更に冷たくなってきやがった。」

「ああ。」

 恭司にうながされて、俺は江野沢を抱き上げて部屋に戻ると、一晩中江野沢を抱きしめたまま眠りについた。


 船は直接アプリティオには向かわずに、一度チムチに寄港した。アシルさんの為だ。

 大切な家族が無事であることを、一刻も早く確認したかっただろうから。

 連絡を飛ばしてあったから、エリスさんはアリスちゃんとともに、護衛を伴って港にアシルさんを迎えに来ていた。

 それを見たアシルさんは、船が港につくのが待ち切れないように、船のへりに手を置いて、エリスさんたちを見つめていた。

 船が港に接岸し、タラップが降りた途端、駆け下りていくアシルさん。そしてエリスさんとアリスちゃんを思いっきり抱きしめた。


「ああ、無事だ。……良かった、エリス、アリス……!会いたかったよ……!」

 エリスさんはアリスちゃんをアシルさんに手渡して抱っこさせ、そんなアシルさんを抱きしめて、イイコイイコするみたく、アシルさんの頭を自愛の眼差しで撫でていた。

「よう、帰ったか。」

 ニヤリと笑いながら出迎えに来てくれたのは、アスタロト王子だった。

「行くって連絡してないのに、よく俺たちが今日ここにつくってわかったな。」


「俺はこの国の王子だぜ?国に出入りする船は、国に報告が上がることになってんだ。

 お前らの船から入港連絡があったら、すぐに俺に知らせろって言ってあったんだよ。

 つか、みずくせえじゃねえか。せっかくうちの国に立ち寄るってのに、俺に挨拶もなしってかよ。つめてーなー。」

「悪りぃ。ちょっと急いでてさ。この後アプリティオに送って行かなくちゃいけない人がいるし、そのまま一度ニナンガに戻ってからナルガラに行かなくちゃなんねーんだ。」


「ナルガラ?ああ、ニナンガとアプリティオと同時に、異世界から勇者を呼んだって国だな。ひょっとしてそれでか?」

「まあ、そんなとこだ。」

「ふうん。ナルガラは近々、王太子選定の儀があってな。俺も国の代表として呼ばれてんだ。あっちで会うことになるかもな。」

「王太子選定の儀?」

「ナルガラじゃ、第一王子が亡くなって、しばらく王太子の座があいてたからな。第二王子に後ろ盾となる婚約者が出来たし、ついに王太子になるってとこじゃねえの。」

「へー。」

 王太子選定の儀ねえ。


「ああ、そういや、お前に伝えたいことがあって来たんだった。」

「伝えたいこと?」

「耳かせよ。」

 なんの内緒話だと思いつつ、俺がアスタロト王子に顔を近付けると、チュッと耳にキスをされた。思わず耳をおさえて、

「ふざけんな!」

 と叫ぶと、

「相変わらず騙されやすいな。」

 と、クックックと楽しげに笑うアスタロト王子。用事がねえんならもう行くからな!と踵を返そうとすると、ちょっと待てよ、用事があんのは本当だ、と引き止めれた。


「用事ってなんだよ?」

「ノア・ハイドって奴、お前の師匠で間違いねーか?」

「ああ、ノアがどうかしたのか?」

「実は少し前に、ちょっとしたことで知り合ったんだがな、この間森で倒れててな。

 今、王宮で保護してるんだ。」

「──ノアが倒れてた?」

「ああ。なんかうなされてるみたいでな。

 うわ言みたいに、意味のわからねえことをつぶやいてんだ。そんで目をさまさねえ。

 仕方がねえから、王子宮で、俺の従者をつけて看病してんだ。

 本当にお前の関係者だったら、このまま死なせるのも寝覚めが悪りぃからな。」


「そっか、すまねえ……。俺はこれからナルガラに向かわなくちゃなんねえから、ノアの見舞いにいけねえけど、そのまま目を覚ますまで、世話してくれると助かる。」

「わかった。任されたから安心しろよ。

 じゃあまた、ナルガラでな。」

「おう。」

 拳を突き出してきたアスタロト王子に、拳を突き出して当てて笑った。

 次にマリィさんを送り届ける為に、アプリティオに行くことになった。


 船がアプリティオに到着すると、タラップに人影があった。エンリツィオの部下の人たちの後ろに、見慣れない男性が1人いた。

 三つ揃いの焦げ茶色のスーツを着て、それより少し明るい茶髪のくせ毛に青い目。少し困り眉気味に下がった眉毛に涼し気な目元。

 穏やかで優しそうで理知的な雰囲気で、決して後ろ暗い組織に属しているとは思えない感じだ。どちらかというと、そう、会社でサラリーマンしてそうな感じ。それも若くして上席にいる立場の人か、エリートっぽいと言うか。こんな人、組織にいたっけな?


 俺たちがタラップに降りると、

「お帰り、マリィ、連絡ありがとう。

 迎えに着たよ。」

 と言いつつ、その男性が俺たちに近寄って来た。……てか、この人印象地味っていうか、かなり影薄いけど、よく見るとめっちゃイケメンじゃね?優しそうな困り眉が印象的。

 俺より背が高いし、コンパクトながら胸筋もしっかりあって、細マッチョって感じ。日本人の女子なら、こういうタイプ好きな子多いよな。派手さと明るさがないから学生時代は目立たなくても、大人になったら結婚相手として人気出そうな感じっていうか。


「──誰だ、お前。」

 マリィさんをかばうように、エンリツィオがズイ、と一歩前に出て男性を睨む。 

「ああ、ニナンガ王!

 以前歓迎式典を担当させていただきました際にお目にかかったことがございます。アプリティオの国王直属補佐官をしております、アシュレイと申します。マリィの友人です。

 さらわれた彼女を送り届けてくださったそうで、ありがとうございました。」

 と爽やかな笑顔でそう言った。

 なるほど、それならエンリツィオ一家と雰囲気が違うのも無理ないな。王宮職員ならサラリーマンだし。まあ実際王宮職員で国王直属に抜擢だもんな。エリートだわ。


「アシュレイ!わざわざありがとう。」

 マリィさんが嬉しそうに、アシュレイさんに駆け寄っていく。前にいたエンリツィオに声もかけずにさらっと素通りして。

 エンリツィオはそれをじっと睨んでいた。

「ずっと心配していたんだ。無事で良かったよ。君が僕に何も言わずにいなくなるなんてこと、今までなかったからね。」

「連絡を出来る状況じゃなかったの。でもこうしてニナンガの皆さんが助けてくださって帰ることが出来たのよ。もう心配ないわ。」

 マリィさんはとても安心した様子だった。


 この人なんていうか、マリィさんに印象似てるよなあ。長年連れ添った夫婦みたいっていうか、双子の兄弟みたいっていうか。

 ああ、そうか。報われない愛に殉じる覚悟をしている人の眼差し。なんかマリィさんに印象似てるのはそれでか。

 きっとマリィさんがエンリツィオを好きでい続けるのをわかった上で、一緒にいる覚悟をしてるんだな。すごい人だな。

「マリィさん、この人とかなり親しいんですね。友人ってことですけど。」

 アシュレイさんと話し込んでいるマリィさんに、アシュレイさんを紹介して欲しい気持ちを込めて、そう話を振ってみる。

 マリィさんの友人に会うのは初めてだ。

 それもこんなカッコいい男性だなんて。


「そうですね。彼は価値観が尊敬出来るというか、理解出来るというか、公平性があって感情に流されないので、理性的に話の出来る相手ですね。歳を取ってこのままじゃ、いよいよ孤独死するかなって思った時に、お互い独身だったら結婚して欲しいなって思うかも知れない人ではありますね。」

 ──結婚!マリィさんの口からそんな言葉が出るとは。エンリツィオにしか興味ないと思ってたのに。まあ老後とか言ってるから、今すぐしたいとは思えないんだろうけど。


「王宮には立ち寄られますか?

 それであればお迎えの準備をさせていただきますので。アプリティオ王にも僕のほうから報告させていただきます。」

「いや、これからナルガラに行くんでな。

 あまり時間がないんだ。急いで食料なんかを仕入れなくちゃならねえからな。

 また今度ゆっくり立ち寄らせてもらう。

 俺が挨拶したがっていたと、──マリィを頼むとだけ伝えてくれ。」

「わかりました。ナルガラに行かれるんですか?船旅で長くなりますね。近くに新しく、元勇者たちが考えたいい店が出来たんです。

 よろしければご案内致します。食料品を中心に、なんでも揃う巨大な店なんですよ。」


 アシュレイさんがそう言ってくれたので、俺たちはアシュレイさんとマリィさんについてその店に向かうことにした。

 アシュレイさんが案内してくれた店は本当に大きくて、日用品からちょっとした衣服や食料品なんかが揃った、便利な店だった。

 それでいて百貨店のように値段があんまり高くなくて、庶民的な感じだな。

 日本で言うところの、巨大スーパーみたいなもんか。確かにこういう店って、こっちじゃ見かけないよな。3組の奴らのアイデアで作ったって言ってたけど、日本に戻ったみたいな気分になる。店内を歩いている人たちは、外国人の見た目の人ばかりだけど。


 買い物カゴにカートまであるのが、まさに現代って感じだ。カートは鉄と木製だし、カゴは流石にプラスチックとかじゃねえけど。

 アシュレイさんとマリィさんは、自分たちもついでに買い物を済ませてきますので、こちらで失礼しますと言って、カートに買い物カゴを乗せて2人並んで買い物に向かった。

 マリィさんがエンリツィオの好きな食べ物を、アシュレイさんがマリィさんの好きな食べ物を、次々にカゴに入れながら楽しげに歩いて行く。アシュレイさんがカゴに入れている物がマリィさんの好きなものだと言うのがわかったのは、君はいつもこれだよね、とか言いながら、品物を手に取っていたからだ。


 マリィさんが手にしていた物が、エンリツィオの好きな物だとわかったのは、

「じゃあ、あとこれお願いします。」

 と、マリィさんが品物で山盛りのカゴを、アシルさんに託したからだった。

「さすがだね……。」

 それを見たアシルさんが、はは、と苦笑するようにそう言った。

「──君にはひとつもわからないでしょ、マリィの好きな物がなんなのか。あの人、ちゃんとマリィのことが好きなんだよ。

 安心したでしょ、マリィにそういう人がいるってわかって。」

 肩を竦めつつ、そう言うアシルさんの言葉に、エンリツィオは返事をしなかった。


 巨大スーパーを出ると、ドメール王子──現アプリティオ王が但馬有季とジルベスタを従えて、腰に右手を当てて待ち構えていた。

「水臭いじゃないか、うちの国に立ち寄っておいて、挨拶もなしだなんて。」

「マリィさあぁあん!

 無事で良かったですぅ〜!」

 マリィさんの姿を目にした但馬有季が、大泣きしながらマリィさんに抱きついた。

 てか、但馬キレイになってね?もともと顔の作りは悪くなかったけど、スタイルにメリハリがついて、顔も大人っぽくなってる。

 ジルベスタとマリィさんに、指導でも受けたんかな。メイク下手だったしな。


「ごめんなさいね、心配かけて。あなたの目の前でいなくなってしまったから、怖かったでしょう?私はもうだいじょうぶだから。」

 マリィさんは但馬の背中を撫でてやりながら、ズビズビと鼻水をすすりながら泣きじゃくる但馬を慰めていた。

「すみません、一応連絡を飛ばしました。」

 とアシュレイさんが俺たちに告げる。

 まあサラリーマンなら大事よな、報連相。

 一国の国王が訪問して来てるのに、なんの報告もなしに返したら、後で問題になりかねんしな。但馬の姿を見て、俺の横にいたユニフェイ──江野沢が但馬に近寄って、その足にスリスリと顔を寄せた。


「へへ……。慰めてくれるの?ありがとう。」

 その犬に見える魔物が親友の江野沢だと知らない但馬は、可愛らしい犬が泣いている自分を心配してくれているのだと思って、嬉しそうにしゃがんで頭を撫でていた。そんな但馬をユニフェイはジッと見つめていた。

「ちょうどいい。そこのそいつに伝言を頼もうとしていたんだが、直接頼むことにする。

 お前にマリィを頼みたい。

 マリィはどうやら狙われているようだ。

 お前の庇護下にあれば、そう簡単に手出しは出来ないだろう。大国であるアプリティオを敵に回す奴は、そうそういないからな。」


「マリィはさらわれたと聞いているが……。

 そうか。わかったよ。うちの護衛をつけるから、安心してくれ。」

「助かる。」

「あの……!

 ユニフェイも、預かって貰えませんか。」

 俺はドメール王子に頼んだ。

 今のまま、俺のそばに置くのは危険過ぎる気がする。王族たちと戦う俺や、エンリツィオ一家の庇護下にいるのは、敵対組織相手にはいいけど、王族相手となると守り切れる気がしない。失うわけにはいかない。今生をまっとうして、来世で必ず再会するんだから。


「私が預かりましょうか?王宮で世話をされるよりも、知っている私のそばにいたほうがこの子も安心でしょうし。」

 とマリィさんがドメール王子に言ってくれる。君が世話をするのかい?とドメール王子がマリィさんを振り返った。

「いいんですか?」

「人ひとり養える程度には稼いでますし。

 問題ありません。」

 マリィさんオットコマエ〜。


「まあ確かに、護衛を分けるよりも、マリィと一緒に守ったほうが効率がいいな。アプリティオ王家秘蔵の魔道具も後で貸し出すよ。

 それがあれば、一緒に行動していればより安全だろう。それなら、アプリティオ王家庇護下として、マリィに世話して貰おうかな。

 必要なものは言ってくれ。」

「分かりました。」

「すみません、ありがとうございます、マリィさん。よろしくお願いします。」

「いえ。」

「僕も手伝うよ。」

 アシュレイさんもそう言ってくれる。

「じゃあ、私たちはこれで。」


「マリィ、ちょっと来い。話がある。」

 マリィさんはそう言われて、後ろのアシュレイさんを振り返った。アシュレイさんは穏やかに微笑んで、行っておいでと言った。

 エンリツィオは俺たちと少し離れた、スピリアの花の生け垣があるところまで、マリィさんを伴って移動した。俺は隠密と消音行動を使って、その後を追いかけた。

 スピリアの花はそこここに咲いている美しい真っ白い花だ。どこにでもある花だけど、アプリティオの国花だから、アプリティオでは生け垣の形に手入れをされている。

 白い花だけど近くにいるものの感情を吸い取って、その色を変えるという性質を持つ、この世界ならではの特殊な花でもある。


「オマエはずっと、俺を追いかけてるもんだと思ってたんだがな。

 ずいぶんと早く乗り換えたもんだ。

 あいつと付き合ってんのか。」

「いえ、彼は友人です。」

「──もう、いいのか。」

 暗に自分に対する気持ちを尋ねていた。

「……私にとってそれは、絵に描かれた星を眺めるようなものです。

 触れられるけれど、本物じゃない。

 いつか本物になる日もこない。

 だけど私にとっては大切なものだから、特別で、輝いて見える。私の心の中でだけ。

 ──だけど、星を手に取ろうとは、もう思わないです。」

 マリィさんはきっぱりとそう言った。


「星だって、いつか流れ星になって、落ちてくるかも知れねえだろ。」

「私のところまで、落ちてきて欲しいと思っていませんから。

 隕石が好きな人が拾えばいいと思います。

 星が輝き続けていてさえくれれば、私はそれで安心ですし、幸せなんです。」

 男はみんなそうだと思うけど、一度自分を好きになった女は、一生自分を好きだと思っているフシがある。エンリツィオも多分そうなんだろう。未練がましくマリィさんの気持ちが自分に留まっているかを確認するけど、マリィさんの返事は変わらなかった。


「……なあ、マリィ。

 なれたらどうする?

 俺が、──オマエの理想に。」

「……?なんの話ですか?」

「ああ、覚えてねえのか。

 まあいいや。」

 エンリツィオが言っているのは、多分記憶をなくして子どもになっている時の、マリィさんが言っていた話のことだ。マリィさんの理想の男性像の話を俺が聞いた時の。寝てると思ってたのに、寝たふりしてやがったな。


「私が求めるのと、同じ気持ちをあなたは返せない。

 私の心には、いつもあなたへの愛の歌が鳴り響いているけれど、あなたに私へのアンサーソングは歌えない。

 ──なにより私が信じない。

 それがすべてだと思います。

 私がいなくても、あなたは生きていかれる人だから。もうあなたをわかりたいとも、私をわかって欲しいとも、思わないんです。」


「あのな……!俺だって別に、1人が平気ってワケじゃ……。」

「わかってますよ。」

 眉間にシワを寄せて抗議するエンリツィオに、マリィさんがクスリと笑う。

「──はやくまた、そう思える方に、巡り会えるといいですね。」

 慈愛の微笑みでエンリツィオを見るマリィさんは、自分をその対象から完全に除いていた。エンリツィオは大きくため息をつくと、わかった、とだけ言って、マリィさんと別れてアシルさんたちの元へと戻って行った。

 マリィさんもドメール王子たちの元へ、いや、アシュレイさんの元へと戻って行った。


「いいの?」

「今のところ、あいつの庇護下に置くのが、最も安全だからな。」

「──違うでしょ。

 君もそれはわかってるでしょ。」

「だからって、どうしろってんだ。

 今はこれが最良だろ。アイツを危険にさらさないことのほうが、今は最優先だ。」

 いつもと違うエンリツィオに、アシルさんが気持ちを確認する。マリィさんの幸せの為には一緒にいないほうがいいというのが、アシルさんの口癖だけど、なんだかんだエンリツィオの幸せも望んでいるんだろうから。


 アプリティオでの用事がすべて終わったので、俺たちはドメール王子たちにお礼を言って、アプリティオを離れることにした。お辞儀をして俺たちと離れたマリィさんたちに、ユニフェイが付き従うように歩いて行く。

 仕方がないけど、そばに置いておけないのは、不安で心配で寂しくて仕方がなかった。

 再会してからユニフェイがそばにいなくなるのなんて初めてのことだ。

 ユニフェイ──江野沢も、2人と並んで歩きながらも、時々チラチラとこちらを振り返って見てくるのが、胸を締め付けられる。


 王家の問題が片付いたら、すぐに迎えに行くからな。俺は心の中でそう誓った。対してマリィさんはまったく振り返らなかった。

 マリィさんは本当に、自分からエンリツィオに関わらなくなってしまった。これからあの彼と生きていくんだな。それが恋じゃなくても、お互いが大切に思い合える関係なら、きっと幸せに生きられるだろう。

 遠ざかるマリィさんの後ろ姿を見つめるエンリツィオの横の生け垣のスピリアの花たちが、ゆっくりと広がるように色を変える。

 手に取らなくても、近くに強い感情を持つ人がいると、それを吸い取って色を変えることがあるという、スピリアの花。その花弁の色は相変わらず黄色基調だったけど、そのうちの5枚の花弁が、赤く染まっていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 明らかに高いとわかる家具に囲まれた、豪華な部屋の中で、1人の美しい少女が、肖像画を見つめて楽しそうに話しかけていた。

「お兄さま、ただいま帰りました。お変わりありませんか?今日は、凄く面白い出来事があって、早く帰ってお兄さまにお伝えしたかったんですよ。それと言うのもですね……。」

 妹のそばで、それを優しく微笑んで見つめている兄の姿。だが、肖像画を見ながら楽しく今日あった出来事を、肖像画の兄に向けて話していた美しい少女は、段々とくしゃりと顔を歪めて、ついには泣き出してしまった。

「お兄さま……!!どうして死んでしまったの、お兄さま……!!」

 悲しげに妹を見つめる彼の姿は、妹には見えない。そしてその彼の姿は、俺が最初にスキルを奪った、あの死体の彼だった。


────────────────────


月1自己ノルマ更新、ギリギリ達成です。

そして1話過去最長をおそらく更新笑

今月は本当に忙しかった……!

来月はもう少し早く更新出来るといい……な。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スキルロバリー〜スキルなし判定されて異世界で放り出された俺が、ユニークスキル「スキル強奪」で闇社会の覇王となるまで〜 陰陽 @2145675

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ