第6話 旅立ち

 月の光を背に受けて、一台の馬車が山中を走る。

 頼りになるのは、この月光と粗末なカンテラの明かりだけ。

 奇妙な縁で結ばれた三人の旅立ちは、とても順調とも円満とも言えない光景であった。

「何で俺がこんな目に……」

 御者席に座って手綱を握るウィルが、何度目か分からない溜息をこぼす。

「あの、すいませんでした。本当に、うっかりしてて……」

「うるせぇ! うっかりで殺されてたまるか!」

 荷台の上でしょげ返るセイルに、ウィルが怒鳴り散らす。

 怒気をぶつけられた少年は、懐に忍ばせた鏡を、より強く抱え込んだ。

「まぁ、何もなければあの場であいつらに殺されててもおかしくなかったわけだし、逆に寿命が何年か伸びたって見方もできるんじゃないの?」

 セイルの向かいに腰掛けながら、いかにも他人事、という口調で少女が呟く。

 セイルが確定させた、数か月後か数年後かの未来。

 そこで自らが胸を貫かれて絶命する運命だと知ったウィルの狼狽ぶりは、当然ながら尋常ではなかった。

 しかし、いくら受け入れがたい話と言っても、現に鏡の力で目の前で人間二人が消滅するさまを見せられた後では、彼としても信じる外ない。

「……なぁ、あの話、本当なんだろうな?」

 荷台の少女へ向かって、ウィルが縋るような目を向ける。

「可能性があるっていう意味なら、本当よ。魔具……あなた達の言う神器の中でも、この鏡みたいに最初期に作られたものは、特に力が強いの。中には、強引に未来を捻じ曲げるものもあるはずよ」

 原初の神器。

 どうにかならないのか、と必死に泣きつくウィルに少女が語った唯一の希望である。

 神器によって定められた未来を、神器によって覆す。

 もっとも、そのようなことを試した者は過去に一人もおらず、やったとしてどうなるかは、少女自身にも分かっていない。

「……まぁ、こうなった以上、やるしかねぇか。おい、セイルとか言ったな。お前にもキッチリ手伝ってもらうからな」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 お人好しの少年と盗賊上がりの若者、そして神代の記憶を持つ少女。

 彼らの神器探しの旅は、こうして始まることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鏡の中の未来 織部文里 @DustyAttemborough

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ