【難解系ファンタジー】fragments

彩葉陽文

前日譚

とある謁見の様子




「――というわけで、魔王を退治してまいれ。頼んだぞ、勇者よ」


 目の前にやたらときらきら光る椅子に、気怠そうに腰を掛けたやらたと装飾過多な豪奢な服に身を包んだ、頭に王冠らしきものを載せた中年男性が、どこかしら適当な感じで放ったものは言葉だった。


 口から出て来る音声なので、言葉である可能性は疑う余地もなかったりするかもしれないけれども、実は口から出て来る音とは言葉に限らず、例えば悲鳴とか、罵声とか、嬌声とか、いや、それも言葉じゃないかという反論がどこからか聞こえてくるような気もするけれども、その辺りの定義付けには議論の余地がありそうだと判断を保留にしておくことにする。ともあれ、他にも食事の時のくちゃくちゃ音だとか、まあ、口から出て来る音の中には言葉以外のものが含まれる可能性も多分にあり得る、とはまあ理解して頂けるだろう。理解して貰ったところで、それがどうしたということではあるのだけれども。


「ところで王様。なぜ僕を『勇者』と呼ぶのですか?」


 根本的な疑問なのだけれども、僕の問いに対して帰ってきた応えはわりと明確だった。


「それは『勇者召喚魔法ルーベヨヤシウユ』によって現れたのがお主だからだ」


 自信満々に言い放つ中年男性が僕の『王様』との呼び掛けに否定をしなかったからには、この中年男性が王様であることはどうやら確定っぽい事柄のようだった。

 そこからかよっ、って感じかもしれないが、何しろ召喚早々自己紹介もなく魔王退治を依頼されてしまったのだから仕方がない。

 話が早いというか、せっかちにもほどがすぎる話だと思う。けれども色々とごしゃごしゃに装飾過多な説明から入るよりは、よっぽど面倒がなくてすっきりしているとも思う。

 しんぷるいずべすと、ってわけではないのだが、わかりにくいよりはわかりやすく単純な方が読者の皆様もついて来やすいのではないかと。


 しかしながら、今ここ、この場所に書かれている文章はとても『わかりやすさ』や『シンプルさ』からはほど遠く、むしろ対極にある、まさしく混沌の極地――というのはさすがに言い過ぎかもしれないが、少なくとも難解であることは確かではなかろうか?

 そんな意味があるのだかないのだかもよくわからない矛盾を孕みつつ、しかしながら僕の芸風として仕方のないことだと諦観の気持ちで流すことにしよう。しかしその認定を地の文を書いてある作者自身――つまり、今この僕の意識の流れをトレースして、文章的なものに書き起こしている謎の意識体のこと――が下してしまうのはいかがなものか?

 そーゆーことは、読者に委ねるべきなのではなかろうか。少なくともそれが常識的な判断、つまり常考、ってやつなのではないかと。じょーこー。もしくはJK。女子高生万歳。

 ともあれ、周囲の雰囲気から勝手に目の前の中年男性が王様だと判断して決めつけてしまったのだが、どうにも間違いではなかったらしくて一安心だ。とりあえずここは僕の推察能力の確かさに、満足と共に自画自賛を浴びせるべきだと、、と主張しているこの文章の筆者はに提案する。


 しかし王様を『陛下』と呼ばず『王様』と呼んで何のお咎めもないのはどういうことだろうね?

 それ以前に、話によれば異世界に召喚されたらしい僕が、異世界の言語を普通に解しているのはどういった原理が働いているのだろうか。よくある感じの翻訳魔法とやらが掛かってるのかな? ならば僕の『王様』って呼び掛けも、適当な相応しい言葉に変換されて、相手の耳に届いているのだろうか? だとすればすごい高性能な魔法だな。どこまでできるのだ翻訳魔法。ここで適当な丁寧語を使わずにもっとフレンドリーに接してみて、ちゃんと相対的な立場に相応しい言葉に変換されて相手に届くのかどうか試してみてはどうだろうか?


「ふむふむ。なかなか便利そうな魔法だね、おっさん。それで、魔王を倒すのは良いとして、それに対しておっさんは僕にどんな褒美を寄越してくれんだい?」

「なっ、き、貴様、なんだその無礼な口利きは! わしは王様だぞっ!」


 気怠げだった王様はいきなり立ち上がって、目を向いて僕に対して怒鳴り始めた。

 あら、翻訳魔法もそこまでは高性能ではなかったか。もしくは微妙に馬鹿にしたニュアンスまでしっかりと翻訳してしまったが為の失敗か。ともあれ僕は焦らず、落ち着いて、どこかきょとんとした表情に努めて、口を開いた。


「失礼――陛下。どうやら翻訳魔法が不調のようです」

「む――、ならば仕方がないか」


 しれっとした言い訳にあっさりと騙されて、王様は椅子に座り直した。

 僕はこっそりと顔を下に向けて表情を周囲に見せないようにして「計画通り」的にほくそ笑んだ。

 だがふっと僕と王様の間に割り込むように、目付きの妙に鋭い眼鏡の青年の影が視界の中に入り込んできた。


「お戯れはよしてください勇者殿。我らはあなたに翻訳魔法など掛けてはおりません。いくら陛下が鈍い『おっさん』だと言っても、本当の事を言われては傷つきます。ひょっとしたら、泣いちゃうかもしれません。泣いた中年男性なんて、とても見られたものじゃありません。それを慰める我らの身にもなってください。非常に面倒くさいです」


 青年の口調が非常に苦痛に満ちた感じだったので、僕も表情を引きつらせて頭を下げた。「ごめんなさい」と。無論、青年に向かって。


「はじめまして勇者殿。私はこの国の宰相を務めさせて頂いております、北条時政と申します」

「ほうほう、これはご丁寧に宰相殿。召喚された勇者です」


 差し出された手を笑顔で握り返す僕。

 宰相の外見は金髪きらきらで、鼻が高くて、いかにもなコーカソイドだった。ついでにいうと目付きの鋭い冷たい感じのする美形だった。なんて言うか、黒幕陰険副会長的な? それなのに、名乗りはなぜかどこぞやの武将風。後妻のお強請りにむちゃくちゃしてしまい、前妻の娘に怒られて、島流しされてしまいそうな名前である。


「異世界なのに、日本語が通じるというのはどういうことなのだろう? これが『ご都合主義』というやつなのだろうか?」


 しかも見た目西洋人がぺらぺらとスムーズに日本語を口にしているのを目にすると、違和感が抑えきれない。思わず、カタコトで語りかけそうになってしまう。


「それはこの国があなたの世界に於いて位相的に、あなたの国が所属する言語圏と重なっているからなのでは?」

「……それは西洋ファンタジーに見せかけて、実はこの世界が僕の世界のパラレルワールドだと?」

「あなたがどういう定義で『パラレルワールド』という言葉を使用しているのかは不明ですが、可能性が分岐された並行世界としての意味で使用されているのならば、その結論は誤りであると断じざるを得ませんね」

「ほうほう? して、その心は?」

「なぜならば並行世界なるものはあくまでも概念上の可能性に留まる状態であり、定義が厳密に適応されるならば、並行世界間の移動は不可能であるからでして……」

「難しい言葉で煙に巻くつもりじゃないだろうなぁ」

「こほん……ようするに、可能性が分岐された異界……もしくは、量子論的な確率で存在しうる多世界解釈に則った異界としての並行世界の存在を認定した時、並行世界間での情報の交換は原理的に不可能になる。つまり、あなたが召喚されてこの世界に来ている。その事実ひとつを取って観測することにより、あなたが来た世界がこの世界にとっての並行世界ではないという、明確な証明となるのです」

「ファンタジーの世界でいきなり『量子的』などと聞かされると、何やらもやもやするなぁ」

「量子論的可能世界としての並行世界は、計算上に於いて存在を認めることは、まあ、可能と言っても良いかもしれません。しかし、分岐された別の可能世界が並行世界であるのならば、量子論的には、二つの世界を同時に観測することは不可能なのです。一方の世界が観測されている時、他方の世界は決して観測されることがない。一方の世界の存在が観測されている時、他方の世界は、言ってしまえば、消えている。並行世界を同時に観測し、並行世界間での情報の交換を行うには、この次元ではない、もっと上位の次元――神の視点が必要となるのです」

「……次は宗教かよ」

「私たちは神の視点を持ちません。しかし、あなたという異世界を観測できている。故にあなたは、並行世界の存在ではない」

「じゃあ、なんで日本語が通じてるんだよ?」

偶々たまたまなのでは?」

「つまりは『ご都合主義』ってことか?」

「そうとも言いますね。はっはっはっは」

「あっはっはっはっは」


 何だかよくわからないけれども、宰相が朗らかに声を上げて笑うので、釣られて笑ってみた。

 宰相の後ろから何やら恨みがまし気な視線が漂ってきているような気がするけれども、それは並行世界の向こう側の光景なので、きっとこの世界線上では存在し得ないのだ。


「お前ら、王様を無視して和んでるんじゃない! わしは王様なんだぞ! 無視されると泣くぞ!」


 さすがに中年男性に泣かれるのは鬱陶しい――というのは以前に宰相が述べた通りなので、そろそろ無視するという行動を選択するという行為も一時気分的に棚上げして中断することも考慮に入れるのも仕方がないのであろうかと思考してみることも一概には捨てられないと認定するのもまた正しいのではないかな。


「わかったわかった。陛下も仲間はずれにされるのは寂しかったんですね」


 宰相は慣れたものなのか、椅子に座ったままの王様に近づくと実に自然な動作で頭を撫でた。

 完全に舐められてるよな。大丈夫なのかこの国は。いや、大丈夫じゃないから勇者召喚などという他力本願な行動を取ったのか。

 まったく、世界が魔王によって滅ぼされる度に勇者にすべての命運を託そうという、勇者依存体質はどうにかならないものだろうか? こんな事を何度も繰り返していたら、きっと今に痛い目に合うに違いないのだ。少しは自分たちの力でどうにかしようと試みたりしないのか。何かの拍子で勇者召喚魔法が働かなくなったら一体どうするつもりなんだろうか。ある日突然召喚されて世界の命運を託される勇者の身にもなって貰いたい。


「そうは言われてもの。ここに至ってはどうしようもないのだ」


 どうやら僕の心の声は文句として口から外に出ていたらしい。王様は苦虫を噛みつぶしたような顔で、うんざりと言った。苦虫なんて噛みつぶしたことなど、僕はこれまでに一度もないので、本当に苦虫を噛みつぶした時にそのような顔になるのかどうかは定かではない。ならなぜ、そんな表現を選択したのかと言えば、その場のノリというか雰囲気というか、ともあれ、流れでお願いしますといった感じの理由なのだった。まあでもとにかく王様はうんざりしていたのだろう。何にうんざりしているのか、その背景状況をまったく理解していない僕にはさっぱり伝わってこなかったのだけれども。


「じゃあ、何がどうしようもないのか説明してくれませんか?」


 心の中で「おっさん」と付け足して、僕は尋ねた。視線は宰相に向いていたりもするけれども。いや、別に王様を無視する訳じゃないよ。鬱陶しそうだし。けれども少なくとも宰相の方が王様より話が通じそうだもの。それこそ仕方がないのでは無かろうか。


「もちろんはじめは、この危機に対して我々自身でどうにかしようと試みました。だが、その試みは、悉く失敗してしまったのです」

「具体的には? というか、そのはじめというから話していただきたいのですが?」


 案の定、僕の問いに対して応えたのは宰相だった。しかし、具体性のない宰相の言葉に対して、僕は丁寧口調ながらも語尾を強めて問い返す。視界の端で王様が「ううう、この勇者、目付きが怖い」などと怯えている様子が垣間見えたりなんかしちゃったりするけれども、無視する感じで。


「はじまりは大神官の託宣でした。神のお告げより『魔王が現れ世界を滅ぼそうとしている』とのことでした」


 まあ、よくある始まりだ。何をもってして『よくある』というのか、疑問の余地が残る感想ではあるけれども。


「我々は緊急会議を開き、対策を始めました。当然です。何も手をこまねいていては、世界が滅びてしまうのですから」

「当然だな」

「現れた魔王がどんな存在なのか、どのようにして世界を滅ぼそうとしているのか、現在進行形でどんな変異が世界に起きているのか、我々は情報を収集し始めました」

「ふむふむ」

「しかし、何一つ、情報が集まることはありませんでした」

「ほう?」

「諦めずに情報は集め続けました。しかしいつまで経っても、魔王の『ま』の字も、世界滅亡の『め』の字も出て来なかったのです。そうこうしているうちにやがて疑問が浮かびました。はたして、大神官の託宣は正しかったのか?」

「最初っからだなぁ」

「そうして異例のことですが、再度儀式を行い、大神官は神より託宣を、再び賜ったのです。その言葉は、こうでした。『いそいで、いそいで、早くしないと世界が滅びちゃうよ?』」

「……何か口調が非常に軽くないか?」

「しかし一向に情報は集まりません。こうして我々手拱いている間にも、魔王はきっと世界を滅ぼす作業を進行しているに違いありません。困った我々はただ一つ、魔王に対抗する手段として知られている方法、勇者召喚を行うことにしたのです!」

「……それで?」

「魔王が存在しなければ勇者召喚魔法を唱えても、勇者は存在しません」

「…………」

「あなたがここにいる。勇者が召喚された。ということは、どこかに魔王も存在しているのです」


 自信満々にきっぱりと言い切る宰相に、何か今更ながらに嫌な予感がした。宰相の顔色を覗うと、額から一筋の汗が流れているのが見えました。


「つまり、それ以外の何の情報もありません。勇者殿、がんばってください」


 ……何をどう頑張れと言うのやら。

 何の情報も提示されない段階で行動の自由を与えられても困ってしまうのだった。

 自由度が高いってレベルじゃない。フリーシナリオのRPGは、最終目的だけ設定されていて、そこへ至る道筋はプレイヤーの数だけ無限に存在するというのが売りだけれども、JRPGに慣れきってしまった日本人には敷居が高すぎるのではなかろうか。そもそも日本人は、レールの敷かれた人生を安定して歩むことを嗜好する人種である。だというのに、レールなどどこにも見えず、見渡す限りの大草原に放り投げられ「さあ動け」なんて言われても困ってしまうのだ。すぐ隣に町らしきアイコンが見えても、そこへ至ることなんて思いつかず、大抵の人はふらふらと草原を歩き回り、何が何やらわからないままにモンスターとエンカウントして、薬草もなく、装備も調えてない段階では、最初の戦闘はなんとか切り抜けたとしても、次のエンカウントでHPをゼロにしてしまって死んでしまうのがオチなのではないか。


「おお勇者よ、死んでしまうとはなさけない」


 いや、あんたらそう思うんなら少しは手助けしてくれよ。

 何の指針もなく選択肢すら与えられないこの物語は、導入部分でかなりの人数を篩い落としてしまっている。そしてそれは僕もおおよそ例外ではない。

 何というか、やる気がまるで湧いてこない。世界の滅亡なんて、現実感がまるでない。情報が何も無いせいか、王様や宰相にも危機感が見られない。

 王様はぼへらーっとしてるし、宰相はきりっとしている。

 どうしようもないなどとというわりには焦燥感が足りない。

 たぶん、勇者召喚魔法を使ったら本当に勇者(?)が来てしまった、さあどうしよう。来てしまったものはどうしようもない。というのが本音なのだろう。

 つまり、王様にも宰相にもやる気はないのだ。

 なんだかなぁ。本当になんだかなぁ。

 昨今のゲームに於いて、お使いクエストは嫌われる傾向にあるっていうけれども、それすら存在しないというのはどうなのだろう。

 姫さんとかちょっと行方不明にでもなってくれないだろうか?

 そうすれば当座の指針としてそれを助けに行くって目的ができるというのに。

 お使いを、お使いをくれっ!


「まあ、とりあえず、大神官に話でも聞きに行けばいんじゃね?」


 久しぶりに口を開いた王様のセリフはやはりやる気が欠片も感じられなかった。

 あんたらの世界の問題だろうに、それで良いのか?

 しかし何というか、あまりにも何をすればいいのかわからなすぎて、確かにそれ以外に行動の余地は無いように思われた。


「まあ、行ってきますが……ところで武器とか道具とか、当座の活動資金とかないんで?」

「武器とおっしゃいましても、魔王の情報がまるでない段階ではどんな武器が有効かもわからないので、それは今後の情報次第で要検討、とすべきではないかと」


 まあそれもそうか。


「当座の活動資金は王様のへそくりから二十万円ほど出しましょう」

「なんじゃとっ! なぜわしのへそくりから出さんといかんのだっ!」

「王様が勝手に召喚して勝手に雇用契約を結んだんでしょうが。国のお金など使えませんよ」

「うむむむ。というか、なぜわしのへそくりの在処を知っておるのじゃ」


 そんなことより二十万円って、言語だけじゃなくて通貨単位までひょっとすると同じなのかこの世界は?

 そんなところまで偶然で片付けられるのだろうか。だったら凄いな、世界って!


「とりあえず一月契約ということで。その後は月ごとに経過を見て更新。二十万は基本給として、状況によって昇級や追加手当を付ける、って形でどうですか?」

「あーうん、いいんじゃないのかな? ところで二十万円ってどれくらいの価値?」

「紫斑点クロサンピョの実、千個分ってところですかね?」

「わからんわっ! というか想像図だけで毒あり断定できそうな実だなっ!」

「いえいえ、毒なんてありませんよ。トゲを除いたら」

「トゲッ!?」

「まあ、王宮官僚の初任給程度ですよ」

「……現実的だなぁ」

「我々も『勇者』という役割がどういうものなのかさっぱりわからない為、手探り状態なのですよ。ですが、本当に勇者殿が世界を救ったとわかれば、恩賞も望みのままですよ!」

「そんなものなのか。いや、そんなものなんだろうなぁ」

「一生遊んで暮らせるほどの報償はもちろんのこと、きっと姫との結婚まで可能ですぞっ!」


 姫いるのか。しかし、顔も見たこともない姫との結婚とか言われてもな。王様見ると、あまり期待できそうにない容姿だし。


「なぬっ! わしの美しい姫を娶ろうというのかっ! 許さんぞっ!」


 王様が何か騒いでいる。無視しようかと思ったが、セリフの中で姫に対して「美しい」などという形容詞を付けていることに気付いた。親の欲目かもしれないが、無視できない何かを感じさせるそれは、僕の脳内でぐるぐると回り、反響した。


「姫って美しいのですか?」


 相変わらず僕は宰相に尋ねる。

 宰相は満面の笑みを浮かべていた。

 おいお前、今までそんな笑顔、一度足りとて浮かべたことなかっただろ。すっげえうさんくさい。


「ええ、そりゃあもちろん。我が国の姫は伝説の歌姫である山田ゴンザレスの再来とも呼ばれるほど、美しさを世界に轟かせています」


 その名前でいきなり信憑性がなくなった。


「おいお前っ、今はわしの姫の美しさなんかどうでもいいだろっ! さっさと大神官の所へ行ってこんかっ!」

「何を言うんですか。そんなことはありません。大神官なんかより姫が美しいかどうかはよっぽど重要です。むしろこれにこそ世界の運命が掛かっていると言っても過言ではないっ!」


 主に、僕のモチベーション的に。


「そ、そうなの?」


 僕の力強い断言にどこか怯えたように王様は納得の声を漏らした。


「それで、美しければ僕の将来の妻となるその姫は今どちらに?」

「勇者殿……正直ですな…………いや、まあいいでしょう。ですが、今のあなたに姫と会わすわけにはいきません」

「な、なぜだっ!」


 フラグ構築もまだだというのに。まだルートが解放されていないのか? 条件を再確認しなくてはっ! ええいっ、攻略サイトはどこだっ!


「なぜなら姫は数日前に城を出てしまったからです」

「え? 何それ? どこかに視察とか?」

「いいえ。家出です」

「…………はあ?」


 訳のわからない解答に、僕は思わず王様おっさんを見る。

 王様はどこか重苦しい表情で、うむ、とうなずいた。いや、うなずいた、じゃなくってなぁおいこら。


「どういうことだそれは?」

「こんな王様ちちおやだから思わず家出したくなっても仕方がない、というのが我ら家臣団の結論です」

「いや、結論ですじゃないだろう。大事件じゃないのか? 一国の王女が家出だって? つーか、どうやって? 捜してるんだろ? 見つかってないのか?」

「いや、諜報部が発見し、騎士を差し向けたのですが、どうやら姫には強力な護衛が付いているようでして」

「護衛、だと?」

「何やら頭に二本の雄牛のような角のアクセサリーを付けた青年でして、彼は常人離れした魔力と武力で、騎士団を蹴散らして王女と逃げていったそうなのです」

「…………」

「いやあ、我が国の精鋭騎士団をものともしない武勇。この国にそんな青年がいたとは過分にして知りませんでしたなぁ」

「…………頭に、雄牛のような、二本の角、だと?」

「ええそうです。騎士隊長が言うには『妙に青い肌をしているから病気かと思って油断していたら、気付いた時には倒されていた』とのことでして」

「…………青い肌、だと?」

「しかもかつて伝説の魔王が使用したという暗黒魔法で騎士たちの目くらましをして、あっさりと姿を消したというのですから。武力も一流で魔法も伝説級。ううむ、そんな素晴らしい若者と姫様が……勇者殿には悪いが、ロマンですなぁ」

「…………魔王が、使用した、暗黒魔法、だって?」

「ええ? どうしたのですか勇者殿。さっきからオウム返しのように」


 …………アホだ。こいつら、絶対アホだ。


「頭に雄牛のような二本の角を持つ青い肌の暗黒魔法の使い手」

「ええ、頭に雄牛のような二本の角を持つ青い肌の暗黒魔法の使い手です」

「宰相殿。その姿を映像で頭の中に浮かべてみてください」

「ええ?」


 そうして宰相はしばし宙に視線を向けて、考え込む。

 そして視線を戻し、僕を見て、乾いたような笑い声を上げた。


「まるで魔王のような格好をした青年じゃな」


 応えたのは王様だった。

 宰相は笑ったまま言った。


「はっはっはっは。私もそう思います」

「はははは。僕もそう思うさ」


 釣られたふりをして笑ってみた。


「ははははは…………」


 乾いた笑いを上げていた宰相の声は次第に聞こえなくなってきた。僕は当然ながらすでに笑いを止めている。しばらく観察していると宰相は急に顔をきりっとさせた。なんか嫌な予感がする。というか、くだらない予感がする。


「者どもであえいっ! 我が国の最強騎士団を追っ手として」

「あ、僕ちょっと大神官と会ってきます」

「え? あ、ちょっと勇者どの待って――」


 くるりと王様と宰相に背を向けて、僕は謁見場を後にした。

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