第3話

 今回の件は当然誠也の耳にも届いていた。修二は心配を掛けまいと黙っていたのだが蛇の道は蛇、アウトロー同士の事情などは容易く入って来る。誠也率いる陸奥守では緊急に対策が練られる。

 ある者は全面戦争と言い、或る者は手打ちだと言う。暫く黙っていた誠也は静かに口を切り出した。

「今の時代に全面戦争なんか出来る訳がない、俺が一人でカタをつける」

 と。勿論この考え方はカッコをつけている訳でもなく、長い歴史の中で一度も耐える事の無かったy地区との抗争。これに自分の代で終止符を着けたかったのだった。

「総長のお気持ちは分かりますけど無茶ですよ、あいつら相手に話し合いなんか全く意味ないです、いくら総長でも危険過ぎます!」

「いや、一つだけ手があるんだ」

「どんな手ですか?」

「それはまだ言えない、とにかくこっちからは絶体に手を出すな、分かったな!」

「はい、分かりました」

 誠也の腹を括った表情に皆は何も言い返す事が出来なかった。この策に薄々感付いていたのは修二と清政だけであった。


 暑かった夏もようやく終わりを告げ、涼しい秋風が樹々を揺らす頃、人々はスポーツに勉学に意気揚々と励む。愚連隊との摩擦を恐れた誠也は一時集会禁止令を出していた。

 部活動でシャドーボクシングをしていると窓外に色鮮やかに咲く紅葉を観た誠也はふと己が過去を省みた。『あと約1年か~、この1年できっちりケジメを着けないとな~、もうこれ以上犠牲者を出す訳にはいかない、あんな悲しい事は絶体に起こしてはいけないんだ、是が非でも何とかしなければ』

 それは1年前の夏だった。誠也達と愚連隊が海岸で乱闘騒ぎを起こしていた時、たまたまそこに居合わせたカップルが乱闘に巻き込まれ、若い男性は愚連隊らにボコボコに殴られ意識不明の重体になっていた。幸い命には別状が無かったのだが見境のない連中はその女性を拉致して強姦まで働く始末であった。主犯格で愚連隊の頭を張っていた神原という男はその後懲役2年の実刑判決を喰らい現在も服役中なのだが、訊く所に依ると後数ヶ月で出て来るらしいのだ。

 誠也はその事で我が身を責め、カップル達には無論、親御さんにまで誠心誠意詫びを入れたのだが、相手はそう簡単には許してはくれない。だが度重なる誠也の誠意が実り今ではすっかり元気になった被害者男性も親御さんも逆に誠也の事を案じる程であった。

 しかし問題は女性の方で身体は回復してもその心に受けた傷まで癒やされる事は一生無いかもしれない。それを想うと誠也はやり切れない心持になり何も手に着かなくなる。勿論その件で愚連隊側は何も償いをしていない。奴等に倫理観などは皆無で、その対振る舞い方は正に外道の所業であった。 

 この時族を解散させる事も考えたのだが若い衆達の多感な勢いを抑える事は流石の誠也にも出来ず現状に至る事になったのだが、誠也の真の目的は神原をカタに嵌める事であった。その時期は刻々と近づいていた。


 集会禁止令の効果は十分あった。ここ数週間愚連隊らには全く動く気配が無い。勉学の秋という事もあり学校での成績も常にトップクラスであった誠也は大学進学を見据え勉強に勤しんでいた。

 或る日学校で同級生の清政が言う。

「誠也よ、お前何でそんなに頭いいんだよ、俺なんかテストの成績は何時も最低なんだぜ、どうやったらそんなに賢く成れるんだよ?」

 この清政も誠実で男気に溢れた奴ではあったが如何せん知性には滅法乏しく、ヤクザ親分である父からも何時も叱られている始末であった。

「おい清、お前これからのヤクザは腕っぷしだけでは食っていけないんだぞ、もうちょっとでも賢く成れないのか? 誠也を見習えよ」

「そんな事分かってるよ、俺がバカなのは生まれつき遺伝だろうよ」

「そんな事言ってるようでは俺の後釜は任せられないな」

 こんなやり取りは日常茶飯事で清政は自分の知性の乏しさを憂い、誠也を羨むばかりであった。

 誠也は言う。

「お前は男気があるんだし喧嘩も強い、それだけでいいじゃねーか、なんなら俺と一緒に家で勉強でもするか?」

「いや、それは遠慮するよ・・・・・・。」

 こう言えば清政は一気にしゅん太郎になるのであった。


 家に帰ってまで勉強していた誠也をまり子が尋ねて来た。

「おう、どうした?」

「一緒に勉強しようと思ってさ」

「そうか」

 このまり子も誠也には引けを取らぬ程聡明な女性ではあったが誠也の読んでいる本を見て驚愕する。

「何それ、六法全書じゃないの! 何でそんなの読んでるの!?」

「俺、弁護士に成りたいんだよ、おかしいか?」

「別におかしくはないけどさ、いくら頭がいいからって暴走族の総長が弁護士ね~」

「嫌味を言いに来たのか?」

「そんなんじゃないわよ、で、何で弁護士になんか成りたいの?」

「困ってる人、弱い人を助けたいんだ、ただそれだけだよ」

「ふ~ん、誠也君らしいけど」

「・・・・・・。」

「じゃあ私も守ってくれる?」

「何言ってんだよ今更」

「はっきり言って!」

「守ってやるよ」

「嬉しい」

 まり子は誠也のペンを取り、その顔にそっと口づける。誠也はまり子の身体を優しく愛撫し出す。その長い髪といい妖艶な項といいまり子の身体つきはとても高校生とは思えないほど熟れており誠也を快楽の境地へと誘う。

 世間はこういう間柄を早熟と呼ぶのだろうか、今の二人にはただ正直に互いの欲求を充たし、心を慰め合っているようにしか思えない。それはまだ若い二人の精神が未熟なだけであろうか、男女が契りを交わす事の真意は何処にあるのだろうか。いくら聡明な二人でもそれを熟知するにはまだ相当の月日を要する事は言うまでもなかった。

 事を終えた二人は暫く黙っていた。今まで烈しく抱き合っていたのに今度は何故かおが互い照れ臭くなっているこの状況はやはり二人がまだ初心だからであろう。誠也は徐にこんな事を訊いた。

「まり子、この前俺の事色々知ってるとか言ってたよな、何の事なんだ?」

「あ~、貴方がこの前乱闘騒ぎを起こしていた事よ」

「その事か」

「パクられなくて良かったわよね」

「ああ」

「で、あいつらまだ調子乗ってるの?」

「あいつらって?」

「y地区の奴等よ」

「お前はそんな事に興味を持つなって言っただろ」

「私のお父さんに頼んでみようか?」

「いい!」

 まり子の父は所轄ではあるが名うての刑事であった。勿論y地区の奴等を何度も相手にしている。この人に頼めば事は収まるかもしれない、だがそれでは誠也の気持ちは充たされない。彼はあくまでも自分の手でケジメを着けたかったのだった。それは自分が総長である立場から来る体裁的な意味合いは言うに及ばず、たとえ警察が入った所で完全に奴等を抑える事など出来るものでもなく、それならいっそアウトロー同士の世界の中で決着を着けたいという彼自身の矜持のようなものでもあった。

「いいから親父さんには何も言うなよ」

「分かったわよ」

 まり子は誠也の頬に軽く接吻して笑顔で帰って行った。


 その後も誠也は六法全書を読み漁る。そこには高校生には理解し難い実に長い文章が本全体を覆っている。誠也はこの本を無理にでも高校生の間に完読したいと思っていた。

 窓を開けると涼しい秋の夜風が優しく部屋全体を包むように流れて来る。誠也はこの穏やかな光景を自分の心にも移すべくめいいっぱい身体を拡げてその空気を吸い込む。

 その空気は勇気となり知恵となり、身体の隅々にまで浸透して来るのであった。





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早熟の翳 saga @hideki135

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