第2話
小学生からの付き合いであった誠也、修二、清政の三人は固い絆で結ばれていた。特に中学時代にはy地区の奴等が50人規模の徒党を組み学校に攻めて来たが、大半は警察に依って捌かれたとはいえ、三人は最後まで身体を張って戦い抜き、一歩たりとも後に退かない勇敢さは世代を超えて称賛され、彼等は一躍英雄になっていたのだった。
この三人の絆は大袈裟に言えば三国志の劉備、関羽、張飛の桃園の誓いのようなもので、生まれた場所は違えども死ぬ時は三人一緒と言わんばかりの魂の契りであったのかもしれない。
誠也と清政は同じ高校に進学し、特攻隊長である修二は中学を卒業して直ぐに鳶職をしていた。
この日学校の授業を終えた誠也は部活動で汗を流した後、久しぶりにまり子と一緒に街へ遊びに出ていた。このまり子も三人と同様小学生からの付き合いで、美しくも可愛らしい顔立ちに愛嬌のある佇まいは周りを明るい雰囲気にさせる。それでいて何処か切ない漂いを感じさせる彼女の表情はまるで映画女優のような魅力もあり、みんなの憧れの的であった。
誠也とまり子、美男美女とは正にこの二人の事を言うのだろう。この二人に掛かればどんな美しい花でも少しはにかむぐらいの有り様で、あらゆる景色は何時も二人の到来を歓迎してくれる。そして二人に依って周りの雰囲気も明るくなる。といった塩梅で二人の行くてには何時も正の連鎖が谺(こだま)していた。
まり子が誠也に惹かれた理由は単純であった。まずは誠也がカッコいいという事、次に男らしく凛々しい事、聡明である事、そして気が合う事。これは誠也とて同じでまだ少年である二人はそこまで深く物事を考えていないだけかもしれないが、男女を問わず人間の間柄というものは得てして単純明快なものかもしれない。その基本が成っていなければ後で何を付け足した所で明け透けな虚構であるようにも思える。
敢えて一つだけ異論を呈するとすれがまり子のような天真爛漫で何方かと言えば真面目な女の子が誠也みたいなバリバリのヤンキーと付き合っている事であった。
誠也は過去にその辺の事を訊いた事もあったがまり子曰く、貴方の立場や現状などどうだっていい、ただ純粋に好きなだけだから気にしないで、と言うばかりであった。
そんなまり子の考え方は誠也にとっても嬉しい限りなのだが、自ら進んで修羅の道を選んだ彼には一抹の不安を消し去る事はどうしても出来ない。もし不測の事態に陥るような時が来たとしても誠全は当然全力でまり子を守るは言うまでもない。だが先々の事を考慮し、まり子には折を見て別れを告げる事さえ考えていたのも事実であった。
或る小物屋に立ち寄ったまり子は髪留めのアクササリーを手に取り
「どう、似合ってる?」
と可愛らしい笑みを浮かべて訊いて来た。
「おう、お似合いだよ」
「ちゃんと観てるの?」
「観てるよ、綺麗だよ」
まり子はおおはしゃぎしてその髪留めを迷わず買った。
その後二人は喫茶店でお茶を飲みながら話ていた。
「ところで誠也君、学校の方はどう? 勉強頑張ってるの?」
「ああ、何とかな」
「誠也君は頭いいから心配ないわよね、私も相変わらずだけど」
「まり子は俺より頭いいんだから何の心配もないだろう」
「うん、それは別にいいんだけどさ・・・・・・。」
「何だよ、何か悩みでもあるのか? あるのなら言ってみなよ」
「それがぁ~、私強く成りたいの!」
「今でも十分強いじゃねーか」
「そうじゃなくてぇ~、喧嘩が強く成りたいの」
「何だって? 女が喧嘩なんか強くなってどうするんだよ!」
「極道の妻ならぬ、ヤンキーの女に成りたいと思ってね」
「何考えてんだよ、まり子にはそんなの似合わねーよ」
「そうかしら、私もバカじゃないから色々知ってんのよ」
「何を知ってんだよ?」
「色々とね~」
まり子はそれ以上は何も口にしなかったが、誠也の将来を案じていた事は直ぐに分かった。だがこんな危険な道にまり子のような女の子を引き込む事は絶体に出来ない。ここで少しでも格闘技などを教えてしまえばそれこそ下手打ちになる。そう考えた誠也は取り合えずこう言った。
「ま~いいじゃん、まり子は今のままでいいんだよ」
「ふ~ん」
まり子の返事は何時になく不愛想だった。だがこれで良かったのだ、俺一人が嫌われるぐらいで済んだら言う事はない。誠也は改めて二人の住んでいる世界の違いに依るやり切れなさを感じるのであった。
鳶職という生業は建築職人の中でも単価は上位で、中学を卒業して直ぐにその職に就いた修二は約2年の経験を積み結構な額の給料を手にしていたのだった。
この日給料を頂いた修二は仕事仲間数人で飲みに行っていた。そこでは仕事の話は勿論、色恋の話や将来の事に至るまで色んな話で盛り上がる。修二の夢は鳶の親方に成る事であった。それを訊いた仲間達は口を揃えるようにして言う。
「お前ならまず大丈夫だろ、だって特攻隊長なんだぜ! こんな親方は最高に頼もしいよな」
修二は照れながらも礼を言い、仲間に対しても労いの言葉を掛ける。一足先に社会人になっていた修二は既に酒の付き合いというのを心得ていたのだった。
そうやって皆が談笑していると見覚えのある男達数人が入って来た。連中は如何にも怪しい風体で周りの客にガンを飛ばしながら席に着く。
そして荒っぽい口調で注文した後、修二達の方へ目を向けて来た。
「あれ~、何処かで見た事があると思えば特攻隊長の修二さんじゃないの~、奇遇だな~」
その言い方は明らかにわざとらしく聞こえる。居酒屋の大将は相手にするなと目で合図を送る。修二はそれに呼応するべく眼中にないといった感じで酒を飲み続けていた。
だが事態は決して彼等に安らぎを与える事は無かった。
「おいおい無視かよ、知り合いに会った場合、最低限の礼儀が必要だよな~、それを挨拶もなしに無視し続けるとはいい了見だな、何様のつもりなのかな~、そうだ、今日はそのお礼で特攻隊長さんの奢りだな、みんな遠慮しないでいいから大いに飲めよ、はっはっはー!」
ここまで言われて流石に業を煮やした修二はその男を思い切りぶん殴った。すると大将が
「やるんなら外でやってくれ!」
と声を上げる。一行は店外に出て乱闘し出した。誠也の次に喧嘩慣れしていた修二は愚連隊らを次々に薙ぎ倒す。その光景はさながらカンフーアクションでも観ているかの如く鮮やかで痛快だった。修二の繰り出すパンチや蹴りは悉く愚連隊らの顔や鳩尾を捉え、チンピラ愚連隊は成す術もなくその場に倒れ込んでいる。そこに更に修二が留めを刺すように最後の一撃を放とうとした刹那、大将が出て来て
「やめろ! 修二!」
と大声で叫んだ。
その声は恰も軍隊の隊長が下々に対し大声で指令を出すかのような風采であった。その声に愕いた一行は敵味方関係なく顔を青ざめて逃げて行く。最後まで残っていたのは修二ただ一人であった。更に大将は言う。
「修二、あいつらなんか相手にしてると命が幾つあっても足りないぞ、分かってんだろ? なのにどうして?」
「親っさん、自分らは行く道を行くだけなんですよ、それすら出来なかったら男として生きてる価値なんか何処にあるんですかね?」
「お前という男は・・・・・・。」
修二は何とかその場をやり過ごせたが後の事までは分からない、いやこの事でまた争いに火が着く事は明白であろう。だが今回修二が取っ所業も誠也は必ず褒めてくれる筈だ。修二にはこれだけが誇りであり誠也から得る安心感でもあった。
夏の涼しい夜風に洗われるように空には美しい月が映える。この月は彼等の行く末をどう暗示するのであろうか。
三人の兄弟分は美しい月に恥じぬよう、己が人生を歩んで行くだけであった。
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