早熟の翳

saga

第1話

 土曜の夜は祭りである。誠也はこの日も週末恒例の集会に出ていた。

「ブンブンブンブン! ブンブンブンブン!」

 直管マフラーの爆音は周囲一帯を威嚇するように轟く。誠也率いる『陸奥守(むつのかみ)』という暴走族の一団は夏の暑さを吹っ飛ばすようにして、夜の国道を何処までも疾走していた。

 風を斬りながら走る彼等の姿はその爆音を除けば見ているだけでも痛快で、道々には大声を出し声援を送る野次馬達が溢れていた。平成初期、族のファッションといえば特攻服は無論の事、ペタ靴にノーヘルで信号を守る者など全くいない。昭和時代との違いがあるとすれば、鉢巻きや旗を掲げていなかった事ぐらいであろうが、あくまでも硬派を通していた事だけは一貫していた。

 約1時間程走り続けているとパトカーが追いかけて来るのがバックミラーに映る。だが彼等にはパトカーの数台を巻く事などは朝飯前で、取り合えずケツ持ち(最後尾に構え追手が来た場合、蛇行運転等をして進路を妨害する役目)がその役割を果たべく暴れ出す。これでも巻く事が出来ないようなら路地に入るか、最悪道路を逆走すれば良いだけであった。

 こうして総長の誠也と特攻隊長の修二は一切後ろを振り向く事なく、何事も無かったかのように平然と走り続けていたのだった。

 だが真の強敵はこの先にあった。

「今日も居るみたいだな、どうするよ?」

 一行は燃料補給の為スタンドに立ち寄ったのだが、そこには何時ものように物々しい奴等が手ぐすねを引いて待ち構えていた。

 連中は彼等がスタンドに入った時点でいきなり絡んで来る。

「おい兄ちゃん、いい単車乗ってるな~、ちょっと貸してくれねえか?」

 通称「族狩り」という行為を繰り返していたこの連中は地元、いや、日本でも有数のガラの悪い地域(y地区)に住む有名なアウトロー集団(以下愚連隊)で、今で言えば半グレみたいな存在だったのかもしれない。こいつらに目を付けられれば本職のヤクザでも少し後退りするぐらいで、当時数ある暴走族の中でまともに相手をしていたのはこの陸奥守だけであった。

 こいつらが出て来た時点でスタンドの店員は給油の手を止め、黙って大人しくしているだけだった。

「お前ら単車も持ってねーのかよ、情けねーなー」

 と、威勢の良い後輩が一言発しただけでいきなりボコボコにシバかれる。彼の顔はもはや目を開ける事すら出来ない程に腫れあがり、一行は驚愕する。店員が通報しようとすればそれをいち早く感知した者に遮られ、店員までもが軽くシバかれる有り様だ。

 5、6人の愚連隊に対して誠也達は約50人を超える人数を擁していたのだが 、それでも奴等の恐さが半端ない事を知っていた一行はただたじろいでいた。今ここで乱闘になれば誠也達が勝つ事は明白なのだが問題はその後で、この愚連隊のしつこさ、というよりはy地区の奴等の団結力自体が世代を超えて凄まじく、一度敵対すればその地域住民全てを相手にしなければならない程の厄介な人種であった。そうなれば規模の差は歴然で、とてもじゃないが暴走族如きの手に負えるものではない。それでも退く事が嫌だった誠也はたった一人で連中に立ち向かった。

「やっとこさ、親分のお出ましですかい、若い衆の仇は取らないと示しが付かないもんな~」

 誠也は無言のまま有無を言わさず一発お見舞いする。相手は一撃のもとに倒れ失神した。すると連中は束になって掛かって来たが、特攻隊長以下の数人が立ちはだかり雑魚の相手を受け持つ。誠也はリーダーらしき奴とサシの状態にったが、結局かすり傷一つ負わないまま勝利を収めた。特攻隊長は言う。

「総長、いいんですか? ヤバいですよ」

 と、勝ったにも関らずその顔は怯えている。

「成るようにしか成らねーだろ、逃げてばかりで族が勤まるのかよ!」

 誠也は総長である意地を示した。だが勿論彼にも不安が無かった訳ではない。

 連中が帰った後、スタンドのコンクリートの床には夥しい血の跡とガソリンが零れていた。店を訪れる一般客はそれを見て愕き、怖がりながらも彼等を横目で見ている。

 一行が去ったスタンドには、夏の夜風に吹かれながら憂愁に充ちた、恐ろしくも淋しい、切ない情景が漂っている。その翳(かげ)を感じたくなかった誠也は後顧の憂いを絶つべく更にスピードを上げ突っ走るのであった。


 ヤンキーにしては誠也は意外にも文武両道、知勇兼備で学校での成績は常に良かった。中でも特に数学と社会(歴史)は好きなジャンルで、彼が勉学にも勤しむ姿は傍から見ていても実に滑稽であった。

 生徒達が煩い授業などでは誠也が一喝すると忽ち静かになる。誠也は族の活動とは裏腹に騒然とした雰囲気が嫌いであったのだ。

 そんな誠也に対し先生はこう言う。

「誠也君、この前の試験もいい成績だったわね~、何で貴方のような聡明な子が暴走族なんかしてるの? おかしいでしょ?」

「自分は好きでやってるだけですよ、他意はありません、それより先生綺麗ですね」

「あら、嫌だ、誠也君そんな事言う人だったの」 

 勿論誠也の言った事は冗談、というか社交辞令みたいな彼なりの単なる挨拶に過ぎなかった。いくら硬派であるとはいえ決して堅物でもない誠也にはこんな事は日常茶飯事で、相手が先生だろうが、親だろうがそんな事は一切関係ない。誠也は気さくで根明な少年であった。

 昼休みになり彼の同級生で族のメンバーの一人である清政が先週末の一件で話があると言って来た。

「誠也よ、これからどうすんだよ? 何なら親父に頼もうか?」

「いや、それには及ばない、そんな事をしたら俺のメンツは丸潰れだし、お前も益々ややこしい事になろだろ」

「でもこのままじゃもっとヤバいだろ? あいつらが大人しくしてる訳ねーしよ」

「とにかく親父さんには何も言うな、分かったな!」

「お、おう」

 清政は泣く泣く誠也に従った。この清政という男の親は地元では有名なヤクザの三次団体の親分であったのだが、彼が言う親父に頼みさえすれば事は片付く、といった考え方こそが甘く、そんな事をした所で連中を益々刺激し事が拗れた暁には彼等は暴力団まで巻き込み、更なる凶事に陥る事は火を見るより明らかであった。それほどまでに奴等の存在は劣悪なものであったのだ。

 だが誠也にも策が無い訳でもない。それはまだ彼の胸中に秘めていたが何時かは実行する刻(とき)が来るであろう事はメンバー達も薄々は感じていた。


 陽が長い夏の夕暮れ時は西日が実に眩しい。誠也は幼少の頃から習っていた空手に加えて高校の部活動ではボクシング部に入っていた。

 一年生の頃から既に頭角を現していた誠也には先輩ですら文句を言って来る者はいない。それは誠也が族の総長というだけではなく彼の実力自体が既にして先輩達を超えていたからであった。だが礼儀正しい誠也は決して驕る事なく先輩は無論顧問の先生に対しても忠実で、筋だけは通していた。

 この日誠也は5kmも走り込んでいた。でも全く息は上がっていない。その後縄跳びに筋トレ、柔軟にシャドーボクシング、ミット打ちにサンドバッグ、一連の練習メニューは全て熟す。その直向きな姿は他の部員達の手本にもなる。

 そしてスパーリング。一つ学年が上の三年生の先輩と打ち合う。先輩は汗だくで誠也に相対する。誠也の鋭いパンチは先輩の防御を押しのけ容赦なく繰り出される。その一発一発が実に重い。だがこれでも誠也は手加減していたのだった。

 手合わせを終えた先輩は言う。

「もう勘弁しれくれよ誠也、お前はっきり言って場違いだよ、こんなとこで練習してても上達しないだろ」

「そんな事ないです、自分は先輩の事は尊敬しています、これからも御教授お願いします」

「は~」

 一見嫌味に聞こえる誠也のこの言動にも決して他意は無く、あくまでも誠意であり筋であった。誠也は筋を外す事だけは徹底して嫌った。ある意味人が好過ぎるのかもしれない、だがこの頑ななまでの矜持とも言える拘りに依って誠也は若干15歳にして族の総長に成れたのであろう。それは誠也の持って生まれた性格も去ることながら歴代総長達の教えでもあったのだった。

 こうして誠也は充実した高校生活を送っていたのだが、この先彼には波乱万丈と言うには温(ぬる)過ぎる程の修羅の道が待っていたのだった。





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