第4話 絞殺魔 潜伏中

 どうだろう?

 とりあえずストーカーっぽく脅してみたけど。俺も私用でストーキングするのは初めてだしな。

 柳本にとって要求はそこまで過剰じゃない、と思う。いつもやってることだろうし。まあ好みのタイプじゃないだけで。自殺するようなメンタルでもない、はず。俺は柳本を破滅させたいわけじゃないからデータを悪用することがないことはすぐ気づくだろう。でも無視できるほど許容力があるタイプでもなさそうだ。


 嫌がらせを続けるのは正直面倒くさいし気も乗らないんだよな。別に柳本が好きでストークしてるわけでもなし。

 乗ってくるかなぁ? 乗ってくるといいなぁ。

 そう思って新聞を広げていると目の前に影が落ちた。顔が青い。悪いことしたな。


「無理だ。どうとでもしろ」


 柳本は覚悟を決めた顔で吐き捨てるように言った。

 ええ? 無理なのか?


「とうしてもダメ?」

「可能か不可能かでなく無理だ。気持ち悪すぎる。俺は綺麗なのが好きなんだ。オッサンを縛るのは気持ち悪すぎる。気持ち悪いもん作るくらいなら死んだ方がましだ。美意識の問題だ」

「ああ、そっちかぁ、うーん」


 美意識ときたか。そう言われると、どうしたもんかな、美意識かぁ。美とかいわれると本当困っちゃうな。完全拒絶。

 あんだけ脅して断るならダメなんだろうな、本当に。諦めるしかないか?

 そこでちょっと考えて思い至る。


 あれ? 美? ダメなのは縛る方? そういえば縛りが凝ってたもんな。こいつにとって重要なのは殺しじゃなくて縛りなのか? 何か話が噛み合ってない。


「縛らなくていいから首絞めるだけでも無理か?」

「うん?」


 柳本の神経質そうな眉が怪訝に上がる。


「首絞めだけ?」

「そう、首だけ。よく考えたら俺は別に死にたいわけじゃなかった」

「はぁ? あんだけ絞め殺せって言っておいて何言ってんだ?」

「いや、てっきりあんた人を殺すのが好きなんだと思ってたから。定期的に首絞めてそのうち死んだらそのまま放置してもらえるといいかな、とか」

「なんだそれ。真に気持ち悪ぃ」

「お互い様だと思う。美とか。まじでウケる」

「チッ。……結果は問わず首を絞めるだけ?」

「そう。縛んなくていい。ビジネスライクな感じで」


 苦虫をかみつぶすような顔ってこういう顔なんだろうな。

 芋虫は甘いらしいけど。


「……ちょっと考える」

「勿論」


◇◇◇


 結局のところ妥協した。

 俺は金で買われた。非常に不本意だが色々なものの妥協の果てにこうなった。

 月に1度、路地で西野木の首を締める。1回10万。金はそんな困ってはないんだが、オッサンの首を自由意思で絞めてると考えるのは甚だ不愉快だ。それに西野木は俺より背が高いし首も太いから絞めづらい。何より首絞めてる時の西野木の顔がキメェ。キモ過ぎる。気絶してから来いよ本当に。だから迷惑料だ。

 西野木が気絶したら放置して去る。それで西野木に紹介された風俗に行く。万一死んだ時のアリバイ造り。


 とはいえ悪くはない。SMの高級店で好きに縛れてプレイ内容は門外秘。高い分顧客データが守られる、とか。まあここの支払いも西野木だ。1回10万以上らしい。なんで俺の手間賃より高いんだ?

 俺が女を殺す理由は身バレが困るのが一番だ。殺すんだったら絞殺にするってだけでそこまでこだわりもない。身バレしないら別にいい。考えてると声がかかる。


 「柳本さんもっと楽しそうにしようよ」

 「うっせ、黙って気絶しとけ」


 女に確定時間昏倒する薬入りの水を渡す。昏倒したら縛って眺めて飽きたら帰る。一手間減っていつもどおり。


 西野木は俺に首を絞められてご満悦のようで仕事に精が出るらしい。気持ち悪ぃ。意味わかんねぇ。

 俺が言うことを聞くことにしたせいか、俺の部屋の監視カメラは取り払われた。1回西野木が家に来て、恐ろしい量の小型カメラや機械を回収して行った。酷い足跡だ。本職のストーカー怖ぇ。


 新聞の見出しは『街に一時の平和?』。そうなのかね? 路地には死体の代わりに変態のオッサンが転がってる。

 当面、西野木がいつかぽっくり死ぬまでは潜伏しておくか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絞殺魔 潜伏中 Tempp @ぷかぷか @Tempp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ