第3話 ストーカー 活動中

「柳本さん3番にお電話です。西野木さんから」


 ……西野木? 顧客の名前に『西野木』の記憶はない。

 恐る恐る受話器をあげる。


「お待たせしました、柳本です」

「柳本さん? 電話かけちゃった、ハハ。あ、止めても違う番号で偽名でかけるから無駄だよ」


 ガチャ切りしようとした手を止める。口元を塞いで小声で話す。


「なんでここの番号知ってるんだ」

「柳本さんのことならなんでも知ってるよ、絞めてよ」


 たまらずガチャ切りした。なんだこれ、マジか。やばい、真面目に考えたら冷や汗が出てきた。ここは会社だぞ? その意味。俺の全てが終わる。受話器を押さえる手が震えた。何故だ、西野木は俺を捕まえたいわけじゃないはずだ。だから通報もしない、そう思ってたが実は違うのか?

 その日は逃げるように外回りに出た。西野木が何考えてるかわからねぇ。また会社に電話かけてくんじゃねえだろうな。

 夕方、西野木の予想外の行動にビクビクしながら会社に戻ったら、西野木からの電話はなくてほっとした。

 軽く飯食って家に帰って部屋の前で凍りつく。嘘だ、ここはオートロックのマンションのはずだ。エントランスで弾かれるはずだ。


「柳本さんお帰り」

「なんでここにいる」

「柳本さんちだから?」

「……やめてくれ」

「柳本さんさぁ、警察にストーカーで相談したでしょ、だからもうストーカーでいいかなと思って。名実ともに」


 西野木は首を傾げて気持ち悪く二ヘラッと笑う。


「警察呼ぶぞ」

「無駄だよ、警察には調査頼まれてるって説明しといたから。所轄とは仲良いんだよ。知ってた? 探偵の仕事ってストーカーなの」


 から回る手で何とか鍵を開けて室内に逃げ込み急ぎ鍵をかける。一息ついても動悸が治らない。

 なんなんだあいつは!? 落ち着け。水でも飲むかとシンクに向かうとガチャリと玄関の鍵が回る音がした。振り向くとドアを開けて西野木が入って来るところだった。一瞬息が止まる。


「何でっ!?」

「ええ? 探偵だもん。合鍵くらい作れるよ。それからさぁ」


 西野木は後ろ手でカタリと玄関の鍵を閉めてから自宅のようにゆっくり靴を脱いで室内に入る。ついでに俺が玄関に脱ぎ散らかした靴もその隣に綺麗に並べられる。

 俺の部屋に知らない男。ストーカー。誰だこいつ。俺の邪魔しにきてた時とは雰囲気がガラリと違う。

 西野木の吐く息で部屋の空気が淀み、その粘つく視線で室内が歪む。ごくりと俺の喉が音を立て、緊張で背中が硬直する。

 俺の恐怖を知ってか知らずか、西野木は部屋の隅の二箇所を指す。


「あそこにさっき監視カメラ設置したんだよ。小さいからわからないでしょ」

「はぁ!? 嘘だろ?」

「嘘じゃないよ」


 西野木はズカズカと部屋に上がり込んで宣言した場所のコードを小さなネジで外し、そこから小型のレンズを取り出す。

 安全なはずの俺の部屋が西野木に開け放たれている。真綿を超えた何かに絡めとられたような、心臓まで捕まったような恐怖。


「ね?」

「ねじゃねぇ! マジでやめろ」

「最近のカメラって小さいでしょう? カメラはあと3つ、盗聴器というか録音機が2つ。ひたすら撮り続けるタイプで電波飛ばさないからなかなか見つからないよ。たまにお邪魔してデータだけ回収しようかな」

「ふざけんなッ!」

「ふざけてないし、それからそこの机の上」


 西野木が指差すところを見て血の気が失せた。あるはずがないもの。俺が女を縛る写真が写真立てに収められていた。

 膝から力が抜けて思わずよろけて壁に背をつく。


「俺が逮捕されなくてよかったね? 動画でたくさん持ってるよ。あとあんたの家族関係、マイナンバーとか社保ナンバーとかの情報。通帳も全部知ってる。最近は便利だよね。検索したら何でも見つかるから。この情報、どうしようかなぁ」

「……なんなんだお前。意味がわからない」


 震える舌を動かしてなんとか尋ねる。意味のわからなさが恐ろしい。なんなんだこいつ。俺が頼まれごとをされてたんじゃないのか? なんで俺が脅されてる? 追い詰められてる? 何が何だかわからない。


「首を……絞めればいいのか?」


 それだけ絞り出すと西野木はにこりと笑った。


「そうそう、本当にそれだけなんだよ」

「……ちょっと考えさせてくれ」

「勿論。ああ、鍵を変えても無駄だよ。すぐ作れる。逃げても無駄だ。足跡はすぐ見つけるから」


 そう言って大人しく西野木は玄関に向かい、外からガチャリと鍵が閉められた。まるでここが西野木の部屋だとでも言うように。西野木がいなくなっても部屋の空気はちっとも元に戻らなかった。

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