第40話 共に歩いて行くために【第一部完結】
国境を越え、馬車を走らせることしばらく。
一行はソール国へとたどり着いた。
賑やかな街並みに、アンジェラの表情は自然と綻ぶ。アーノルドとマリアベルは久々の帰国に、少々落ち着かない様子であった。
「まずは落ち着ける場所を探さなくてはね」
街並みを眺めながら、アンジェラが呟く。アーノルドの表情は少しばかり寂しげであった。
城につけば、しばらくはアンジェラと会えなくなる。一週間か二週間に一度の会う約束はあるけれど、今までのようにずっとそばにいることは出来ない。自分で決めた道ではあるが、アンジェラと過ごす時間があまりにも幸せであったために寂しさもひとしおであった。
「それから生活に必要なものを買い込まなきゃいけないし、街の散策もよね。図書館の場所は押さえておきたいわ。ソール国の名物は何かしら? 貿易が盛んだと聞いているけれど」
アンジェラは街を眺めながら、一人で喋り続けている。ローレンスはそんな姉を見つめて肩を竦めると、小さく笑いながら言った。
「姉さん、ちょっと落ち着きなって。寂しいのはわかるけどさ、今生の別れでもないんだし」
ぴくりと、アンジェラの肩が動く。アーノルドがえ、と顔を上げて、アンジェラを見やった。
アンジェラは唇をへの字に曲げて、横目にローレンスを見やる。身体の向きを戻して、座り直した。
「何か喋っていないと落ち着かないのだもの……」
「姉さんのその癖、久しぶりに見たよ」
「癖?」
アーノルドが興味津々に身を乗り出す。
「うん、そう。姉さんが一人で喋り続けるときは大体何か隠してるか、誤魔化したいことがあるときだ」
「ロン」
嗜める声に、ローレンスはぺろ、と舌を出した。不貞腐れたような表情を浮かべるアンジェラに、アーノルドはもしかして、と考える。
アンジェラも寂しいと思ってくれているのか。会いに来て、待っている、とは言ってくれたけれど、自分と同じように寂しいわけではないのだと思っていた。みるみるうちにアーノルドの表情に、喜色が浮かぶ。アンジェラはその表情をちら、と見ると、もう、とそっぽを向いた。
「なんて顔しているのかしら!」
「あ、ごめん、アンジェラ。きみも寂しいんだと思ったらなんか、嬉しくなっちゃって……」
「寂しいに決まっているわ。今まで一緒にいたんだもの。あなたとも、マリーとも……」
ぱち、と大きく瞬きをしたアーノルドははっとして、アンジェラの手を両手で掴み握りしめる。突然のことに驚くアンジェラと、また始まった、と眉を下げて笑うローレンスである。
「あの、アンジェラ。お願いがあるんだけど」
「え、えぇ。どうしたの?」
「その、よければ、なんだけど。……オレのことも、愛称で呼んでくれないか?」
アーノルドはずっと、機会を伺っていた。愛称で呼ばれているマリアベルのことが羨ましくて仕方なかったのだ。アンジェラはぱちぱち、と瞬きを繰り返したあと、ふわりと笑みを浮かべ、アーノルドの顔を覗き込むように見て言った。
「――アーノ? それともアーニー?」
「! あ、アーニー! アーニーで!」
彼にもし尻尾が生えていたのなら間違いなく全力で振っていたであろう嬉しそうな表情で、アーノルドは言う。アンジェラはくすくす笑って頷いた。
「アーニー。それなら私のことも愛称で呼んでもらわなきゃ」
「あ……アンジー?」
「えぇ、アーニー」
すっかり二人の世界を築いている二人に、ローレンスはやれやれとため息をつくと、大きな声で馭者であるマリアベルに声をかけた。
「マリアベル! 二人がいちゃつくんだけどどうしたらいい?」
「まぁ! 後で詳しく伺いますわ、ローレンス! しっかり見ておいてくださいませ!」
すぐに返事があり、ローレンスはふっ、と笑った。もちろん二人にも聞こえており、すぐにぱっと手を離して姿勢を正す。さすがにマリアベルに報告されてはたまらない、と思ったようだ。
そうしている間に、徐々に城が近づいてきた。
別れの時間は間もなく。寂しい気持ちはもちろんあるが、先程までよりずっと晴れやかな気持ちだった。
「アンジー、ローレンス。オレはきっと、今よりずっと強くなる。心も身体も、成長するよ」
「えぇ」
「当然だろ。あんたが中途半端に戻ってきたりしたら、姉さんのことはやれないからな」
思わず「えっ」という表情を浮かべてしまったアーノルドは咳払いをして気を取り直すと、両膝に握った手を置いて深く頷く。
「状況によっては、二週間以上会えなくなるときもあるかもしれない。でもアンジーへの想いは絶対変わらないから、待っていて」
アンジェラは静かに、ゆっくりと頷いた。
「待っているわ、アーニー。あなたの心が変わらない限り、ずっと、いつまでも」
その日、ソール国の第一王子と第一王女は、久方ぶりに戻ってきた。平民のふりは終わりである。
王族として、王位継承者として。
アーノルド・ラインハルトは、城に戻っていった。
◇
クラウディア国、城の地下牢。
いつかアンジェラたちが捕らえられたその場所には今、元王子であるランドルフ・オルブライトが繋がれていた。
廃太子となり、竜族を殺した罪で冷たい牢の中に閉じ込められている彼は、毎日のように本を読んでいた。
クラウディア国の歴史。
ドラグニア国について。
炎舞とは何か。
竜族が過去国を消した理由は。
精霊の加護とは。
加護を得る方法は。
なくしたものを取り戻す方法。
――邪法と呼ばれるもの。
その空色の瞳は濁ったままで。口元には薄く笑みを携えて。
彼は本を開いたまま天井を仰ぎ見て、静かに目を閉じる。
瞼の向こうに見えるのは、愛しい彼女の姿。彼にとって、唯一の花嫁。
「アンジェラ……僕の……アンジェラ……」
彼の心は、未だ変わらず。
ただアンジェラだけを、求め続けている。
心を壊した公爵令嬢は愛する人へ舞を捧げたい @arikawa_ysm
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