第39話 それぞれの想い -ローレンスとマリアベル-

 姉さんを探しに地上に降りてきて、しばらく。本当はこんなに長い時間、こっちにいるつもりはなかった。

 おれはまだ社会勉強をする年齢じゃないし、何なら国でもっと色んなことを学んでいなきゃならない時期だ。

 でも、正直なところ――姉さんと、アーノルドと、マリアベルと……四人でいる時間はすごく、楽しくて。あのとき姉さんが地上に戻ると言ったとき、心の中でこっそりガッツポーズを決めてた。姉さんが心配だから、姉さんの付添として、とか、それっぽい言い訳はいくつも作れたけど、ただ単純におれが、みんなと一緒にいたかったってのが一番大きい。


 アーノルドはちょっと頼りないけど、姉さんへの愛情だけは間違いない。アーノルドなら姉さんを幸せにしてくれると思う。少なくともランドルフよりかはずっといい。これ姉さんには内緒なんだけどさ、なんであんなやつ好きになったのかって思うんだよな。だってあいつ自分のことしか考えてなかった。姉さんの幸せを勝手に決めつけて、こうあるべきだと断言して。アーノルドに出会ってなかったとしても、あいつが「義兄」になるのだけは絶対ゴメンだ。


――姉さんはさ、昔から強がりって言うか、弱いところを見せたがらないとこ、あったんだ。おれが弟だからってのもあるだろうけど……どんなに辛くても笑って「大丈夫」なんて答えちゃうひとだった。


 だからあんなふうに壊れるだなんて思ってなかった。恋をして、狂気に身を投じてしまうほど傷つくなんて。

 おれはまだ恋をしたことがないから、心を壊すほどの胸の痛みってのはよくわからない。姉さんほどの人が傷つくんだから相当だと思ったんだけど、多分、そうじゃなくて。

 姉さんは決して、強いひとじゃなかった。

 強くあろうとしていたけど、おれたちと何ら変わらない普通の人だった。気が強いけど、だからといって心が強いとも限らない。思えば今まで姉さんは、ずっと我慢をしてきたんじゃないか?

 公爵家に悪意のあるやつや、あからさまに悪態をつく貴族。姉さんは気にしてないふうに接していたけど、その心には小さな棘がいくつも刺さっていたのかもしれない。


 おれは、弟だからさ。

 姉さんに頼ってくれとか、泣いてもいいんだとか言っても、姉さんはきっと聞いてくれない。ありがとう、優しいのね、と笑うんだろう。


 でも、アーノルドだったら。


 彼の言葉なら姉さんも、きっと聞いてくれる。

 ちょっと悔しいけど、弟の立場ってそんなもんさ。おれは姉さんが幸せなら、それでいい。

 姉さんが心を壊していたとき、姉さんのそばにいたのがアーノルドで良かった。一度弱い面を見せたんだから、もう強がる必要なんてないだろ? おれに甘えなくてもいいから、せめてアーノルドには甘えて欲しい。頼って欲しい。おれが出来ないこと、アーノルドが全部やってくれるから。あんな優しくて一途なやつ、そういない。


 おれはこれからもっと勉強して、身体も鍛えて……そうだな、ドロップキックくらいは簡単に受け止められるくらい。

 もしも、のときのために、姉さん以上に力をつけなきゃなって思ってる。

 ずっと言いたかったんだ。姉さんは公爵家の跡を継ぐために頑張ってるけど、本当にそれでいいのかって。

 まだ未来のことはわからないけど、もし、もしだ。姉さんが、ソール国の王妃になるってんなら、公爵家のことは気にしないでいい。おれが立派に、継いでみせる。今はまだ頼りないかもしれないけど、公爵家を任せられるくらいには、強くなるから。



――あぁ、結婚もちゃんとするよ。姉さんくらい強いひと、見つけてさ。









 兄様と共に色んな国を巡って、どれほどの年月が経ったのでしょう。

 社会勉強と言う名の、「初恋の君探し」は。まさかの隣国クラウディアで、終わりを迎えました。


 ようやく見つけた初恋の君、アンジェラは。愛するひとに突き放されて、心を壊していました。あれほど痛々しい姿は、そうないでしょう。出来るなら二度と、同じ姿は見たくありません。

 当然のことながら、兄様の初恋はそこでは終わりませんでした。だって、何年も何年も想い続けていましたのよ。好きな相手がいたから、という理由で、簡単に諦めてしまってはこれまでの時間は全くの無駄になりますわ。

 わたくしは幼い頃からずっと、兄様の話を聞いていました。「初恋の君」は、兄様の奥様になって、わたくしの姉様になるのだと思っていました。

 だからもし兄様が本気で諦めようとしていたら、わたくしは兄様を軽蔑していたことでしょう。「王子」としての立場よりも初恋の君を選んで今まで生きてきたというのに……わたくしは兄様が初恋の君に対して本気でしたから、お付き合いしていましたのよ。そこのところ、わかってらして?

 でも、わたくしだって鬼ではありません。アンジェラがもし本当にランドルフ王子――あ、元王子、ですわね――を想っていて、ランドルフ元王子もアンジェラを大事に想っていると言うのなら、仕方のないことだと納得せざるを得なかったですわ。だけれど、あの人の想いはそうではなかった。

 わたくしは、人よりちょっぴり強い心を持っていると自負しております。ちょっとやそっとのことでは動揺しませんし、肝が座ってる、と言うのでしょうか。……そのわたくしが、あの人には心底の恐怖を覚えました。

 焦点の合っていない、濁った空色の目。人を殺すことを何とも思っていないのだと思いました。アンジェラのことを想っているのに、アンジェラのことを何も考えていない。わたくしとしたことがそれで遅れを取り、傷を負う結果になってしまったのですけれど……それよりもわたくしは、アンジェラを奪われたことの方がショックでした。あんな恐ろしい男にアンジェラを渡してしまうなんて、わたくしがもっと強ければと、とても胸が痛みました。

 あの日わたくしは、アンジェラとお話出来るのをとても楽しみにしていましたのよ。それが、あんなことになってしまうなんて……。

 でもそのあと、エスメラルダ王妃の力を借りて一矢報いることが出来ましたわ。かなりいい感じに、ドロップキックが決まりましたのよ!


……コホン。

 全てのことに一段落がついて、あとはソール国に向かうだけでした。

 国境の街で兄様が告げた言葉に、わたくしは酷く動揺しました。本来ならば喜ぶべきところを、寂しい、という気持ちが浮かんだのです。

 ソール国についてからも、また四人でいられるものと思っていましたの。兄様が城に留まる道を選ぶなんて、考えもしませんでした。


――わたくしは。


 兄様がもし……もし、本当に初恋の君のために王位を捨てることがあったら、わたくしが王位を継ぐと、そう決めておりました。だから勉強もたくさんしましたし、身体だって鍛えましたわ。もしも、のときのための心の準備は、とっくに出来ておりましたの。

 だけれど兄様は、初恋の君、アンジェラのために王族としてやり直すと、そう決めたのです。


 アンジェラの隣に立つために。相応しい男になるために。


 改めて兄様の愛の深さを知りました。アンジェラに対して、どこまでも真摯なのだと。

 だから、わたくしは。これからも変わらず、兄様をサポートしていくと決めましたわ。いつかソール国の王として立つその日まで。……いえ、それから先も。

 まぁ、わたくしが結婚することになったら、わたくしは旦那様に尽くすことになると思いますから、兄様のサポートはきっと、「王妃様」がしてくださるに違いありませんし。


 わたくしにもいつか、兄様にとってのアンジェラのような存在が出来るのかしら?

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