第2話 国王なき王国
曇り1つ無い快晴の空、巨大な太陽が輝く日、ファグラス大陸を支配しているラルガルシア王国の国王逃亡という知らせが民衆に伝わった日であった。
民は王様のいない国程度なら、それぞれの役割を担って王国を民衆の国にしただろう。しかし、王国に備蓄されている食料や税金などをほとんど持ち逃げした国王に腹を立てて、1人また1人と別々な国に旅に出てしまった。
「なんだ。これ、王様は色々な石をコレクションするのに王家のお金と税金を使い果たしただって、まじか、こりゃーダメだ。酒場の親父、牛乳追加で」
「ったく、おめーさんはティッシュ箱とやらを大量に売ったんだから葡萄酒とかエールとか注文しろよ」
「るせー俺様はめでたい日にしか酒は飲まんのだよ」
「あそこのお嬢さんを見習えっての」
酒場の亭主が指さした先には1人の赤と白の騎士団の制服を着こなした女性がいた。
風が吹いたら吹き飛ばされる感じのすらりとした体をしていた。
彼女はぐびぐびと葡萄酒とエールを交互に飲み干していた。
「かーーーーあの隊長は何様だ。もうここに守るべき王様はいないのだからって、ならてめーはなんで隊長してんだよ、隊長は民は守る必要はねーのかよ、かーーーーあの隊長、同僚にセクハラと虐待しやがってからにいいいいいい」
「まぁまぁ、落ち着きなって、お姉さん」
「なんだい、ひっくひっく、あんたはあたしを雇ってくれんのか? ヒックヒック、赤白花騎士団を首になったんだよおおおお」
「お姉さんはあそこの騎士団の人か、色々と大変だったなぁ、俺様はサーカス団で働いている時にあやしまれて大変だったぜ」
「お、分かるね、お兄さんはあんな騎士団は生まれ変わるべきだと思わない?」
「それは俺様も思うぜ、俺様はレイガス・トッド・ニーアスだ」
「あたしは赤白花騎士団の元団員のナナニア・ラッセルよ、ところでレイガスは何をしているんだい?」
「お、お酒が抜けてきたなすごい体質だ。俺様は商人をやってる」
「へぇ、がんばりなよ、はぁ、あたしはどうやって生きて行けばいいのだろうか、お先真っ暗とはこの事だよ」
「あ、それなら俺様の所で働いてみないかい、色々と忙しくなりそうなんだ」
「へぇ、どのくらい稼げるもんなの?」
「数時間で200万ゴード以上は稼げるよ」
「……はぁ? それはどういう事? あたしの月給の5倍じゃないの、それを数時間で?」
「まぁ色々とカラクリがある訳で、俺様しかできないんだが」
「それなら話に乗ったわ」
「なら飲み終わったら移動しよう」
「そうね」
酒場の亭主がにこりと微笑んで。
「あんたらお似合いのカップルだぜ、ぎゃははははは」
その時初めて俺様とナナニアは見つめ合って、次の瞬間にはほっぺたを赤くした。
俺様の脳内でなぜここまでこの赤白花騎士団の元団員を信じる気になったのだろうか、俺様自身が一番納得していなかった。
彼女から懐かしいオーラを感じる。
それは小さい頃の記憶を揺さぶるものであった。
顔のない美少女、そこには道化師の仮面が付けられている。
俺様も道化師の仮面を付けている。
2人の少年と少女は道化師の仮面を見せ合って、約束する。
いつかまた出会おうと。
あれはガキの頃だったか。
「まさかな」
俺様の脳裏に住み着いている1人の少女はこの人であっただろうか、俺様の記憶は年齢を重ねるごとに消えていったのだろうか、彼女の名前すら思い出す事は出来ないのに。
それなのにナナニアを見るとなつかしくなって、信じてしまう。
「もしかしたら俺様はバカなのか」
「さぁ、行きますよ、どこに案内してくれるんですか」
その日、俺様の商売に1人の仲間が加わった。
1人目の仲間はナナニア・ラッセルで元赤白花騎士団の団員の女性であった。
俺様とナナニアは酒場の亭主に挨拶して酒場から外に出た。
移住を決意した人々が馬車を引き連れて次から次へと移動を開始している。
兵士達までもがそれぞれの仕事を放棄して傭兵まがいに移動していく貴族達を保護している。
「これは、この国から民衆も兵士もいなくなるぞ」
「だよねぇ、誰かがこの国を再建国してくれないかしらねぇ」
「それもそうだな、出来る奴がいればいいが、その話はさておき、俺様はナナニアを信用する事にした。俺様の秘密を告げるからお前の秘密も教えてくれ」
「あ、やっぱばれてた」
「ばれるさ、お前が普通じゃない事くらい、俺様の本能が教えてくれる」
「ジャンケンして負けた方から説明する感じで良いかしら」
「そうしようかな、俺様はとてつもなくジャンケンがよえーぜ」
俺様がグーを出すとナナニアはパーを出した。
俺様はげらげらと笑いながら説明を始める。
「この本はテレフォンブックと呼ばれている魔法の本だ。この本にお金をしまう事も出来るし、取り出す事も出来る。仕舞ったお金でテレフォンブックに載っているアイテムを購入する事が出来る。それはほとんどが異世界のアイテムとされる。この本にアイテムを入れる事で売る事も可能だ。お金の単価はゴードからデータになるが価値は変わらない、俺様からこの本を奪おうとも本は俺様の所に戻って来る。アイテムボックスとしての機能もある。とまぁそんな所でまだまだ謎がある所だ」
「本当に長い説明だけどなんとなく理解したわ、数時間露天市場が凄い事になってたから、あれはあなたが犯人ね」
「その通り、このティッシュ箱を売ったんだ」
俺はテレフォンブックからティッシュ箱を取り出した。
「本当にアイテムボックスとしての役割もあるのね、でもそんな重大な事を出会ったばかりのあたしに教えていいの?」
「それが、不思議なんだよ、ナナニアを始めて見た時心臓が苦しくなった」
「あたしに恋でもしたかしら」
「うーむ恋とは違うような、もう人生をかけるレベルの」
「はは、それはすごいわね」
「いつか分かる時が来るんだろうけど、それに商売仲間は信じてなんぼだろう」
「それもそうね、次はあたしの番て感じね、あなたの誠意に答えてあげようかしら、これでも腕っぷしには強いのよ」
ナナニアが次に説明を始めた。
俺様はナナニアの方に耳を傾けた。
「まずはあたしは貴族であり家出したの、貴族は代々勇者の家系でね、あたしにも勇者としての力があるの、あたしが家出した理由は倒すべき魔王も祖先であると分かったからよ、あたしはどうやって生きて行けばいいか分からなかった。勇者としての血もあり魔王としての血もある。だからあたしは赤白花騎士団になって民衆を守る騎士になろうとした。でもうまくいかないものね、実家はファグラス大陸の端っこのほうにあるわ、誰もあたしを追いかけてこないのはちょっと寂しいけどね」
俺様はその長いセリフに耳を傾けていた。
彼女の瞳が時折うるうるとしている所を見ると、本当に悩んでいるのだろう。
勇者としての血筋に生まれ魔王としての血筋にも生まれている。
俺様だったら発狂してダンスして逃げるかな、色々と考えてそれが妥当だ。
「まぁ、色々とご苦労さんさ」
「そうね、お互いよね、あなたの噂は聞いているわよ道化師君」
「まぁどこにでもある噂さ、説明も終わった事だし、露天市場に行くとするか」
「はいさ」
俺様とナナニアは露天市場に向かって歩き出した。
今までは話をしながら歩いていたため適当だった。
「それにしても快晴で太陽が傾いてきたな」
俺様の独り言にナナニアは反応する事がなかった。
露天市場に到着すると、俺様とナナニアはその光景に絶句していた。
露店が1つたりとも存在しなかったからだ。
しまいには露天市場を監督している貴族までもがおらず、もぬけのからとなっている。
人も1人残らずいなかった。
「あーこれは商売にならないパターンだね」
「そうね、でも色々と方法があるわね、考えてみましょう」
俺様は取り合えずナナニアと協力して露店の骨組みを設置していた。
骨組みが設置し終わると、取り合えずどのアイテムを購入するか検討する事にした。
レイガスとナナニアが誰もいない露店を開こうとしている時、時代は動き始めようとした。行き場の失った民衆はその怒りの矛先を建物に向けた。
貴族達が住んでいた豪邸は民衆の襲撃により金目のものを盗まれた。
ありとあらゆる建物が破壊された。
無事だったのは冒険者達で守っている冒険者ギルドくらいでその他はほとんどやられてしまった。
2人は知らないこのラルガルシア王国が滅びを辿ろうとしている事に、いやもう滅びている事に兵士は1人もいなくなっていたのだから。
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