第4話 お帰りなさいませ!ご主人様
『お帰りなさいませ~ご主人様!』
「え、あ、いや……どうも……」
100点満点の笑顔で出迎えてくれたメイド達の横を、俺はぎこちない笑みを浮かべて通り過ぎた。直弥の大きな背中に隠れるように店に入る。店内では色とりどりのメイド服を着たメイド達が、注文をとったり、料理を運んだり、なにかワケのわからないゲームを客と興じているのが見えた。
お察しの通り、ここはいわゆるメイド喫茶というやつだ。直弥は電話で「今は秘密だよ」と言って、場所を教えてくれなかったが、俺には嫌な予感しかしていなかった。どうにも直弥の口調が何かを企んでいるようにしか思えなかったからだ。しかし、早川達と別れた直後ということもあり、暇をもてあましていた俺は、ホイホイと直弥の誘いに乗ってしまった。そして、その結果がこれだ。嫌がる俺の首根っこをつかみ、直弥はそのでかい体に任せてこの場所まで連れてきた。『君子危うきに近寄らず』俺は一つ偉くなった。
「それでは、こちらでお待ちくださいませ。ご主人様」
なんとも甘ったるい声で、ピンクの制服を着たメイドが店の角の席に案内してくれた。頭には同じくピンク色のネコ耳のカチューシャをつけている。
「なんでこんなとこ連れてきたんだよ!」
「え? だって昨日の埋め合わせしたかったから」
「だからって、わざわざこんな場所選ぶか!?」
「この前友達からここの割引券のらったんだけどさ、期限が今日までだったんだよ。なんかもったいないじゃん、こういうの」
直弥は悪びれる様子もなく、二枚の割引券をひらひらと目の前で振ってみせる。
「あとさ、美香がこの店でバイトしてるって噂を聞いたからさ、ちょっと見てみようと思って」
「お前、絶対そっちが目的だろ!」
俺はため息を吐いて、水を一口飲んで落ち着いてから、店内を見回してみる。なかなかの盛況ぶりだ。メイド喫茶というくらいだから、もっとファンシーな場所を想像していたが、奥に見える舞台のような所以外は、そこら辺にある普通の喫茶店とあまり変わった点は見られない。メイドだって、少し衣装が派手なウェイトレスだと思えば、なんとかなるか……。早いところ切り上げよう。
「ご注文はお決まりですか? ご主人様」
今度は黒い制服を着たメイドが、やはり甘ったるい声で注文を取りに来た。明るめの茶髪が、頭の両横でまとめられて垂れ下り、体を動かすたびに揺れていた。直弥がおもむろに品書きを開く。
「んー、それじゃあ……この『ご主人様大好き! ラブラブハートのオムライス』をください」
「ぶっ……!!」
なんだよ、その死ぬほど恥ずかしいネーミングのオムライスは! これだったらまだ、高級フランス料理店とかの、『~を添えて』とか『~の風に乗せて』とかの料理を注文したほうがましだよ! そんな金ないけどな!
「こちらのご主人様は何になさいますか?」
「え! えっと、俺はオレンジジュー……」
「あ、こいつも同じのでお願いします」
「かしこまりました~。少々お待ちくださいませ、ご主人様」
語尾にハートマークでも付きそうなしゃべり方だ。厨房に向かう彼女の背中には小さな羽根がプリントされていた。
「ちょっ、直弥」
「まあまあ、いいじゃん。せっかくこういう所に来たんだから、楽しまないと損だろ?」
先のことをいちいち考えずに、今できることを全力で楽しむ。こいつのこういうところはある意味尊敬する。満面の笑みの直弥を見て、俺はもう一度ため息を吐いた。
◆
「ご主人様、お待たせしました~。こちら『ご主人様大好き! ラブラブハートのオムライス』になりま~す」
少ししてから、さっきのメイドがオムライスを二つ持って席にやってきた。どう見たって普通のオムライスと大差はない。ケチャップで、でかでかとハートマークが書かれていることを除いては、だ。
「それではご主人様、ラブラブじゃんけんタイムでございます」
なにか今、俺の耳に恐ろしい言葉が聞こえた気がしたが。
「なんですか、それ?」
直弥が尋ねる。
「私とじゃんけんをして、ご主人様が勝ったら、好きなメイド一人と一緒に写真を撮ることができるサービスでございます」
まあ、写真を撮るのは別として、ただのじゃんけんならいいか……。
「私が『ラブラブじゃんけん、じゃんけん、ポン!』と言うので、ご主人様も一緒に言ってくださいね」
「あー、はい。わかりました」
なんだその恐怖の呪文は! どうしてただオムライス食べるだけに、そんな試練が与えられないといけないんだよ! そして直弥も軽い感じで了承するなよ!
「え、ちょとそれは……」
「じゃーいきますよ。準備はよろしいですか、ご主人様!」
「よし、いつでもどうぞ!」
俺の声は、もう目の前の二人には届いていないようだ。気合を入れるためか、直弥が両の袖をまくる。それに対抗するように、メイドのほうも右手を軽く突き出した。
『ラブラブじゃんけん、じゃんけん、ポン!』
店内に響き渡る二人の声。俺にはそれが死の呪文にしか聞こえなかった。
「ちくしょー、負けたー」
「ふふふ、残念でした、ご主人様。またの挑戦お待ちしてま~す」
勝負は一瞬で決まった。目の前で直弥が悔しそうに頭を抱える。そして、今度は俺のほうを見た。「俺の仇を取ってくれ!」と言うように、直弥の目が俺に訴えかけてくる。迷惑甚だしい。
「それでは、今度はこちらのご主人様の番ですね」
メイドが俺のほうへ向き直る。相変わらず満面の笑みだ。運の悪いことに、さっきの二人の掛け声が周りの客にも聞こえていたらしい。何人かの客がこちらに視線を向けているのが分かる。こういうのを『公開処刑』というのだろう。
メイドが右手という名のギロチンを振り上げた直後、店内に調子外れのBGMが流れ始めた。
「あ! すいませんご主人様! これからちょっとしたステージがあるので、少しお待ちください」
「ステージ?」
「はい! 一日二回だけ、お店にいるメイド全員で歌ったり踊ったりするんです!」
そう言うと、メイドは足早に奥に設置されていた舞台に向かう。もうすでに他のメイドも何人か集まっているようだ。全部で10人以上はいるだろうか。とりあえず、俺の寿命は少しだけ伸びた。
『それでは皆様、私たちによるショーを心行くまでお楽しみくださいね!』
メイドの一人がマイクを片手にそう告げると、店内の照明が少し落とされ、代わりに色とりどりのスポットライトが舞台上を照らし始めた。客の何人かはこのショーを狙って店に来ているのだろう。アイドルのライブさながら、はちまきやお手製のうちわまで用意している客もいた。
全員でやるといっても、実際に歌や踊りをしているのは四人だけだ(ちなみにさっきのメイドはその内の一人だ)。残りのメイドは舞台の外で手拍子やタンバリンなどを持って、歌の所々に合いの手を入れたりしている。まあ、いくらなんでもあの大人数で踊るのは少し無理があるだろう。
「ひゅーひゅー!」
周りの客に感化されたのか、直弥は古い掛け声で楽しそうにショーを見ている。そんな中、俺はある違和感に気がついた。舞台の外、一番奥の方でタンバリンを鳴らしているメイドに視線を持っていく。そのメイドは明らかに他のメイドより頭一つ、いや二つくらいは抜け出ている、背の高いメイドだった。店内の照明が落とされているせいか、顔はハッキリとわからないが、同じような様な感覚を、どこかで感じたことがある気がする。過去に、というか、つい数時間前に――。
「あ!!」
思わず俺はイスから立ち上がる。一瞬だけライトに照らし出されたそのメイドは、間違いなく早川だった。
Little Little Lover @aenZZ
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