第9話 砂漠の街「トゥームストーン」その9

 トゥームストーンへ戻った頃には、もう日が落ちようとしていた。

 老婆は親戚の家があるらしく、


「ありがとうね、ウィルにカルミラ。これ、報酬だよ」


 と、銀貨1枚だけを渡してくれた。

 労働の報酬としてはあまりにも安い。ほとんどボランティアに近かったが、ウィルもカルミラも文句は無かった。


「ま、大した報酬じゃないのはわかってたしな」


 カルミラはあっけらかんと言い、


「飯でもどうだ?」


 近くにあった食堂を指し示した。

 木造の食堂は周囲と比較すると比較的新しい作りで、喧嘩で壊された後もほとんど見られなかった。


「そうだな……」


 ウィルとて異論があるわけじゃない。

 むしろ、老婆との一件で昼飯を食いっぱぐれていたから、空腹はもう限界に近かった。

 幸い、報酬も受け取っている。老婆の報酬と合わせれば、少しくらいは良い物を食べられるだろう。


「じゃあ、適当に入るか」


「話がわかるねぇ」


 言うや否や、カルミラはすぐに店の扉を叩き、二人分空いているかどうかを確認していた。

 トゥームストーンは夜が近付くにつれ、ますます人の数が増えている。


「どこから来てるんだ……」


 見渡す限り、人で溢れている。

 荒野を夜移動するのは危険なため、トゥームストーンのような宿場町に人が集まるのは道理なのだが、それにしたって多い。

 毎日こんな状態なのだとしたら、なるほど確かに発展するわけだ。


「空いてたぞー!」


 人の波をぬっていると、カルミラが食堂から顔を出した。どうやら持ち前の強引さでちゃっかり席を確保したらしい。


「今行く!」


 喧噪の中でもカルミラには声が届いたらしい。

 ニッと笑うと、店の中へ引っ込んでいった。


「どうせもう酒を頼んでるんだろうな」


 果たしてウィルの予想通り、食堂のスイングドアを開けて目に飛び込んできたのは、ビールを丸テーブルいっぱいに並べているカルミラの姿だった。


「いくら何でも頼みすぎだろ」


 悪態と共に席に着いたウィルは、側にいた人間の店員に、


「ソーダを頼む」


 と言い、カルミラへと向き直った。


「食べ物はもう注文したのか?」


「任せろ。割り勘にするか?」


 ウィルは少し宙を仰ぎ、


「量によるな」


「そう言うと思ったぜ」


 カルミラが笑い、ウィルもつられて笑みをこぼす。


「お待たせしました、ソーダです」


「ありがとう」


 物珍しそうな店員の視線を追うと、その先にはカルミラがいた。


「オークが珍しいのか?」


「へっ? あ、はい。ここ、人間のお客さんばっかりで。お店に人間以外の人類種が

来るのは滅多に無くて……」


 言われて店内を見渡すと、確かに人間ばかりだ。様々な人類種のいるトゥームストーンでは珍しい光景に思えた。


「ま、いいんじゃねぇの? 同じ種族の方が気楽だし。ほら、乾杯しようぜ、乾杯。待ってたんだからよ」


 しかし当のカルミラはどこ吹く風。早く酒が飲みたいようで、うずうずしている。

 ウィルは店員に呼び止めたことを謝罪し、ソーダの入ったカップを掲げた。


「乾杯」


「かんぱーい」


 一口だけ飲んだウィルとは違い、カルミラはそのままジョッキに入ったビールを一気に飲み干していた。


「っっ、ぷはー! やっぱ一仕事した後の酒はうめぇなぁ! あ、姉ちゃん、注文だ注文」


 カルミラは矢継ぎ早に店員へと注文を入れていく。


「んじゃ、よろしくー。一気に持ってきてくれてもいいからな!」


 そう言って、また酒を煽っていた。


「お前……良く飲むな」


「ん、っくあー! 当たり前だろ! 酒は命の活力だからな!」


 ガハハと笑う姿は、もうおっさんそのものだった。


「……で、だ。ウィル、この街にはどれくらいいるつもりなんだ?」


 酔っている前に話そうとしたのか。

 はたまた酔っているからこそ話そうとしたのか。

 目の据わったカルミラが、酒臭い顔を近づけてくる。


「仕事を受けるまで、だな。まぁ、二日か三日くらいだろ。宿代も勿体ないしな」


 長期間ひとつの街に滞在すると、宿代がかかる。ただでさえ金が無いというのに、贅沢なんてしていられない。

 今日みたいな臨時収入でもない限り、ウィルの生活は質素そのものだった。


「お前はいつまでいるんだ?」


「わっかんね。アタシも仕事次第だなー。適当に男捕まえりゃ金には困らねぇけど、

つまんねぇしな」


「お互い、根無し草があってるんだろうな。あ、そこに置いといてくれ」


 店員が持ってきた料理がテーブルに並べられていく。


「なぁ、ウィル。昔言った話、覚えてるか?」


「昔?」


 振り返るが、何も思い出せない。

 カルミラと会うのは初めてじゃないが、十を数えるほど会っているわけでもない。一緒に仕事をしたのも今回が二度目だ。


「あー、ほら。アタシとコンビにならねぇかってやつ」


 言われ、ふと思い出す。

 そういえば、そんなことを言われていたような気がする。

 が、


「お前、あれ本気だったのか?」


「当たり前だろ! アタシが直々に誘ってんだぞ」


 だん、とカルミラが身を乗り出してくる。


「いや……お前いつもそれで男を誘ってるじゃないか」


 ウィルがそう答えると、カルミラが止まった。


「まぁ、確かに。否定はしねぇけど」


 オーク族は性に奔放なため、そこを突かれると痛いのだろう。

 事実、カルミラのようなオーク族の女性は、所帯を持たずに複数の男性と関係を持つのが常だ。


「広い荒野で二度も出会ったんだ。組む時はまた組むだろう」


 ウィル自身、誰かと一緒に行動するのに慣れていない。

 ひとりの方が気楽だし、判断もしやすいからだ。

 仲間がいれば仕事の幅も生きる可能性も高くなるだろうが、足かせにもなる。自分の命が危険にさらされた時に判断を迫られるのはごめんだった。

 しかしカルミラはそうでもないようで、


「んだよ、一回くらいお試しでもいいじゃねぇか」


 と不満そうだ。


「今日一回組んだだろ」


「雑魚相手に組んだもクソもねぇよ。もっとこう、銃弾とかが飛び交うようなさ

ぁ!」


「そんなシチュエーション、あってたまるか」


 正面から打ち合うのは、打つ手が無くなった時だけだ。

 そうなる前に手を打って、極力正面から打ち合わない方が生存確率が上がる。


(まぁ、人のことは言えないけど)


 トゥームストーンに来る前の仕事では、やむなく全員を相手にしたが、最後の手段にしたいところだった。

 例えば、最少人数で軍勢と戦うような――そんなおとぎ話みたいなシチュエーションでもない限り、自分の命をホイホイと賭けるような真似はしたくない。


「ちっ、何だよつれねぇな」


 カルミラはふてくされた様子で、ビールを煽った。


「――ここにいる間は組めるだろ?」


 機嫌の悪い奴と食事をしても不味いだけ。

 ウィルの提案にカルミラはきょとんとした後、やおらビールを一気に飲み干すと、


「よし、言質取ったからな! アタシで骨抜きにしてやるからな!」


 ガハハ、と酒臭い息を吹きかけてきた。


「余計なこと言ったか、これは」


 少しでも優しくしたのが間違いだったのかもしれない。

 早くも後悔し始めたウィルを尻目に、カルミラは更にビールを頼む。

 その様子をぼんやりと眺めながら、ウィルはソーダを喉に流し込んだ。

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ウエイストランド7 ~荒野の異種族~ 阿佐木 れい @asakirei

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