第8話 砂漠の街「トゥームストーン」その8

 老婆の目指す墓は、お世辞にも綺麗と呼べるものではなかった。

 荒野では珍しくも無い土葬に、誰の墓かわかるように木製の十字架がその上に立てられている。その十字架も風化しかけており、崩れ始めていた。


「ここだよ、ここ」


 家族が眠る墓へ行きたいと願っていたのだ。老婆は心持ち駆け足気味で向かっていく。

 その背を安堵で見送りながら、ウィルは声をかけた。


「良くわかったな、婆さん」


「どれだけ変わっても、自分の家の墓くらいはわかるもんさ」


 ウィルの言葉に老婆は得意げだ。

 そんなもんかね、とウィルは肩を竦める。親の顔も思い出せない身のウィルとしては、いまいちその感覚がわからなかった。


「すぐに終わるから待っといてくれ」


「あいよ」


 盗賊があの4人だけとも限らない。

 ウィルは周囲に気を配りながら脚を止めた。それに、老婆の墓参りを邪魔しても悪い。


「なぁ、ウィル」


 背後で重い戦斧が地面に下ろされる。

 視線を老婆に向けたまま、「なんだ?」とウィルは言った。


「あの婆ちゃん、ここでぽっくり逝きゃしねぇよな?」


 老婆の目的はこの墓場に来ることだった。

 息子には先立たれているようだが、故郷も盗賊が住む廃村となった今、彼女に生きる希望があるのかどうか。街での様子を見ていると、カルミラがそう考えるのも無理は無いように思えた。


「――さぁな。俺にはわからん」


 ウィルの視線の先で老婆は膝を突き祈りを捧げている。それは亡くなった家族に向けてか、あるいは居もしない神に向けてかは知る由もないが。

 何にせよ、生きるかどうかを選ぶのは老婆自身だ。

 ウィルが彼女の生き方に世話を焼くのは、お節介が過ぎる。


「婆さんが決めることだからな」


 そしてそれは、荒野を生きる上での不文律でもあった。

 自分の人生は自分で責任を持つ。

 好きなように生きるのも、挙げ句野垂れ死ぬのも自分の責任。

 自分で出来ないことは金や人脈で解決する。出来なければ不幸になるだけ。

 簡単でわかりやすい生き方(ルール)。

 それが荒野の不文律だ。


「ま、そうだけどよ」


 カルミラとて理解した上で、何となく訊いただけなのだろう。それ以上は続けなかった。


「で、どうすんだ、街に戻ったら。また仕事か?」


「良い依頼があったらな。あと、ずっと野宿だったから久しぶりにベッドで寝たい」


「添い寝してやろうか?」


「いらねぇ。ベッドが狭くなるだろうが」


「つれないなぁ、ウィルは。アタシが女の魅力をわからせてやろうってのに」


 残念そうな言葉とは裏腹に、カルミラはどこか嬉しそうだった。

 相変わらず変な女だ。

 ウィルは胸中で呟き、老婆を見やる。


「街に帰るまでが依頼だ。気を抜くんじゃないぞ」


「お、なになに? アテにしてくれてんの?」


 背後から聞こえるカルミラの声は、どこかからかうような声音だった。

 何を今更と、ウィルは嘆息する。


「うぉーい、ウィルや!」


 どうやら少し話し込んでいたらしい。

 祈りの終わった老婆がこちらへ手を振っていた。

 もう用は済んだらしい。


「もう終わったのか、婆さん!」


「一生分は祈ったよ」


 応える声に死の気配は全く無かった。


「アテが外れたな、カルミラ」


 肩越しに振り返る。

 カルミラはどこか遠くを見つめていたが、


「外れて嬉しいって思ったのは久しぶりだわ」


 と言い、ウィルはつられて笑い声を上げた。

 確かにそうだ。

 こちらへと向かってくる老婆を出迎えながら、ウィルは心の中で同意した。

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