第7話 砂漠の街「トゥームストーン」その7

 いち、にい、さん……それと、よん、か。

 戦斧を軽々と持ち上げたカルミラは、廃村にいるであろう敵の数を正確に看破していた。


 何しろどいつもこいつもろくに体を洗っていないせいか、臭いが強烈だ。人類種は程度の差があれど、生きていれば何かしらの臭いの元が生成され蓄積されていく。それは垢だったり排泄後のカスだったり――体を手入れしなければ、たちまち獣に嗅ぎつけられて襲われる程。

 そんな奴らが隠れ住んでいるのだから、カルミラの人間よりも強力な鼻腔は、過たず四人の隠れている場所まで嗅ぎ取っていた。


「ま、ウィルが来る前にさっさと終わらせておきてぇしな」


 どこの誰とも知らない老婆に手を貸したウィルは筋金入りのアホであるが、手を貸すと言った以上、カルミラもまたアホのひとりだ。

 それにウィルには個人的に借りもあった。

 その借りを返す前に死なれては、カルミラも目覚めが悪い。そう、これはカルミラにとって老婆ではなくウィルに対してのボランティアなのだ。


「嬢ちゃん、自分の立場がわ、わかってんのか?」


 ゴレン――カルミラは名前を知る由も無かったが――が震える声で言う。


「声が震えてるぜ、おっさん」


 言うと同時、カルミラは戦斧を盾代わりに体の前で添え、地を蹴った。

 オーク族は荒野に生きる種族だ。己の力のみで土地を開墾し、獲物を仕留めて生きてきた。身体能力は人間と比べようもなく高い。脚の構造上、一度走り出せば簡単に方向転換ができない弱点はあるものの、秒速14メートルの速度に反応できる人間は早々いない。


 しかし、カルミラとゴレンとの距離は14メートルを超えている。ゴレンとて腐っても銃を扱うガンマンである。ゴレンがカルミラへと向かって発砲するには十分な距離であった。


 だが、


「ほい、っと」


 カルミラは己へ向かって放たれた銃弾を、戦斧の腹の部分で弾く。カキン、と耳障りな音が届いて少し、カルミラの右後方の建物二階からうめき声が聞こえた。


 跳弾。


 建物がほとんど倒壊しているからこそ出来た曲芸だったが、ゴレンがそれを理解するには少し時間が足りなかった。


「こ、こっち来んじゃぐあっ!」


 それがゴレンの最後の言葉だった。

 カルミラは戦斧の腹をゴレンの顔面へと叩きつけ、その体を吹っ飛ばした。

 アジトにしていた建物の扉を巻き込んでゴレンは沈黙する。


「こんな美女捕まえてそりゃねぇだろ、おっさん」


 肩を竦めたカルミラは、


「……で、アタシは斧を投げ捨てればいいのか?」


 その背中にぴたりと銃口を突きつけられていた。

 その銃口から震えは感じられない。さっきのゴレンよりはマシな男らしい。カルミラの中でむくむくと情欲がせり上がってくるが、


「あー、そのなんだ」


 更にその後ろから感じた視線が、それを一瞬で覚めさせるに至った。


「なんだ? 大人しく座れ。お前はこれから俺の」


 その先は銃声によって永遠に紡がれることは無かった。

 カルミラはゆっくり銃声の主へと顔を向ける。


「邪魔すんなよ、いい男だったかもしれねぇのに」


 その視線の先には、銃をホルスターに仕舞う小柄な男――ウィルがいた。

 いつの間に追いついたのやら、その後ろでは老婆がこちらに背を向けている。死体を見せないためのせめてのも配慮なのか、中途半端な優しさにカルミラは失笑していた。


「お前を道具にしようとする奴にいい男なんぞいるか」


 カルミラにも届く声でウィルは言い、老婆へと声をかけ始める。

 もうこちらには意識が向いていない。

 カルミラは今し方倒した男たちへ順番に視線を送った後、


「――まいったね、どうも」


 照れたように頭を乱暴にかいた。

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