第6話 砂漠の街「トゥームストーン」その6

 盗賊は、世の中の人間が思うほど稼げる仕事では無かった。

 荒野という過酷な土地では、危険を賭して開拓する苦労を考えれば、他人から奪う方が手っ取り早い。


 夢を見て荒野を訪れ、その過酷さに盗賊へ落ちる者は思いの他、多い。

 そうした者達が徒党を組み、盗賊として荒野のあちこちに潜伏していた。

 ゴレン率いる盗賊団もそのひとつで、総勢4人の男所帯だった。トゥームストーン近くの廃村に陣取り、街から離れようとする商人を襲うのが仕事だった。


 しかし最近では街に出入りするのは護衛付きの商人ばかりと、しばらく獲物にありつけていない。

 護衛もろとも殺して奪おうにも、腕利きの護衛が相手では返り討ちに遭いかねない。


 誰よりも臆病で心配性なゴレンは、護衛の無い相手を襲うだけに止めていた。

 幸か不幸か、それ故にトゥームストーンからも害意を成す相手として注目されていなかったという面はあったが。


 そんなゴレンは、廃村の中でも辛うじて原型を止めている廃屋で銃の手入れをしていた。砂粒ひとつでも銃に悪影響が出る。自分の命を預ける道具のメンテナンスは、荒野に生きる人間にとってみれば命と同等に大事だった。


 そのゴレンの元に、部下がひとり飛び込んできた。栄養状態も悪く、痩せ気味の部下ウドゥは甲高い声で言う。「めっちゃエロい女が来た!」

 何を言っているんだこいつは、と思ったが、その表情を見るに、空腹で幻覚を見たわけでも無いらしい。


「何人で?」


 いくらトゥームストーンが近いとはいえ、女ひとりで来るには遠い距離だ。大方、護衛付きだろうと思ったゴレンだったが、「ひとりです! 女にありつけますよボス!」の言葉に自分の耳を疑うに至った。


 この荒野を女が? ひとりで?

 あり得ない。まともな感覚を持っている人間なら、そもそもひとりで廃村まで出歩かない。ふらっと散歩してくる気分でたどり着けるほど、荒野は甘くない。

 考えられるとすれば……


「おい、ウドゥ。そいつ、どんな〝人間〟だ?」


「へっ、あ、ああ――えっと、胸と尻が大きいっす」


「誰が部位を聞いたんだ誰が」


 呆れるゴレンに、


「ま、誰でもいいでしょうや、ボス。女も買えねぇ俺らにはオアシスみたいなもんです」


 喜びを隠さず口を挟む男がひとり。

 ウドゥと同様に痩せ気味ではあるが、どこか人を食ったような顔つきの男は、名をサテと言った。


「それに今頃、ラワールの奴も見張ってるでしょうしね」


「――うぅむ」

 

 残りひとりの男、ラワールは現在見張り当番だった。


「ま、見るだけでもいいんじゃえぇですかい?」


 だと良いが……。

 口まで出かかった言葉を飲み込んで、ゴレンは手入れしていた銃をホルスターへ差し込んだ。いざとなれば射殺するつもりだった。


「こっちです」


 ウドゥの案内で廃村のかつて入り口だった場所へ近付くと、そこには門番よろしくひとりの女が仁王立ちしていた。女の後ろには、背もたれのように一本の巨大な両刃の戦斧が突き刺さっている。


「お、おまおまおまあれ、あれは……!」


 その女は、オーク族だった。

 名をカルミラというが、ゴレンは知る由も無く、ただ彼女を見た瞬間に「マズいことになった」と理解した。


「どうしたんすか、ボス。嬉しくておかしくなっちゃいました?」


 オーク族の女の性欲を知らないのか、ウドゥが馬鹿にした目でゴレンを見る。

 ゴレンは知っていた。

 数々の男達が、オーク族の女と関係を持ち、男として尊厳を無くしていったか。彼らはほぼ例外なく神父へと身をやつしている。

 男達は口を揃えて、


 ――もう男としてやっていける自信がなくなった。


 と言い、神の伴侶となる道を選んでいるのだ。


「何震えてるんすか。抵抗するなら手足を使えなくして便器しちまえばいいじゃねぇっすか」


 簡単な理屈を振りかざされると、ぐぅの根も出ない。

 確かに、動けなくすればこちらが主導権を握れるに違いない。

 それは、危険を冒して盗みを働き、その日暮らしの金で女を買うより余程魅力溢れる提案だった。


「ま、まぁ、確かにな」


 ゴレンは確かに慎重で臆病な男だったが、性欲にも忠実な男だった。


「俺らの住む村にやってきたのが間違いだってわからせてやるか」


 そして、盗賊団の団長として、カルミラの前へと姿を現すことに決めた。

 右手を腰のホルスターに添え、いつでも銃を抜ける体勢でゴレンはカルミラの前へゆっくりを姿を現す。


「嬢ちゃん、ここはひとりで来るような場所じゃ」


「おー、あんたらがここに住む盗賊か」


 カルミラは、そんなゴレンにまるで今日の天気を問いかけるような口調で、


「じゃ、ちょっくら死んでくれ」


 地面に突き刺していた戦斧を軽々と持ち上げた。

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