第5話 砂漠の街「トゥームストーン」その5

 老婆が示した廃村は、トゥームストーンから西におおよそ十キロの場所にあった。


「意外と近いんだな……」


 独りごちたものの、ウィルの視界に廃村らしき姿は映らない。

 見渡す限りの荒野が、地平線まで続いているだけだった。


「あっちの方角さね」


 老婆が指を指すも、その先には――


「丘?」


 尖った岩が転がる小高い丘があるだけだった。どうやらその丘が視界を遮っているため、廃村が見えないらしい。


「お、ウィル。マジだ、あるぜ村っぽいの!」


 一足早く丘を登っていたカルミラが嬉しそうに言う。

 自然と共に暮らすオーク族は、総じて人間よりも視力が良い。カルミラが言うのなら、間違いないだろう。


「婆さん、歩けるか?」


 老婆にとってみれば、荒野を十キロ歩くというのはそれだけで重労働だ。往復すれば二十キロ。とてもじゃないが、耐えられる距離ではあるまい。

 そうと見越して馬を借りようとしたが、どうやらどこも出払っているらしく、一匹たりともいなかった。


(何か大規模に馬でも使う用事があるのか……?)


 とはいえ、いないものは仕方が無い。

 老婆も「歩けるわい」と譲らなかったので、仕方なしにウィルは折れた。依頼人の意志はある程度尊重されるべきであろうし、何だったらカルミラにも担いでもらえればいいと思ってのことだった。


「すまんねぇ、ウィル」


「依頼を引き受けたのは俺だ。気にするな」


 老婆と一緒に歩くこと十数分。カルミラの元に辿り着いたウィルと老婆は、彼女の言う廃村へと視線を向けた。


「……あれか」


 朽ちかけているが、数棟の建屋が見えた。村の広さはおそらく家が数軒立ち並ぶほど。村というよりも集落と言った方がしっくりくる程の広さだった。


「開拓の途中だったのさ。嵐に襲われちまってねぇ。それ以来、人が住めなくなっちまったのさ」


 だだっ広い荒野を開拓し、自分達の住む場所にしようという人類は後を絶たない。しかしそのほとんどが、開拓途中で自然の猛威に晒され、志半ばで開拓を中断し街へと流れ着く。

 自然と一進一退の攻防を繰り広げた末、人が永住できるようになったものが、トゥームストーンのような街だ。


「なぁウィル、気付いたか?」


「ああ。馬が繋いである。盗賊かもしれないな」


 しかし人が集まるということは、その分、金も動く。金が動けば、それを狙って盗賊も現れる。盗賊が現れるなら、彼らを取り締まる保安官が配備され、ウィルやカルミラのような何でも屋まがいの賞金稼ぎも流れ着く。

 今、廃村に逗留しているのは間違いなく盗賊だろう。トゥームストーンからほど近くあって視認も難しい廃村は、盗賊の拠点として申し分ない。


「婆さん、墓はどこにあるんだ?」


 老婆は目を細めた後、


「――あそこだよ。村の南側さ。十字架が見えるかい?」


「んん?」


 十字架とて、石で作られたものではなく、木製だ。風雨に曝されて朽ち始めている十字架を視認するのは厄介だった。


「どうするウィル、行くか? アタシはいつでもいいぜ」


 ワクワクした顔で言うカルミラに、まだ十キロあるだろうと言いたくなる。何を急いでいるんだ。

 だが、とウィルは視線を廃村へ向ける。

 今は人影ない。だが、いつ人影が現れるとも限らない。

 荒野は視界を遮るものがないため、うかうかしていると見張りに発見されるかもしれない。


「行こう。日が暮れるまでに片付けたい」


 老婆の足の遅さは致命的だろうが、いざとなったら担げばいい。


「じゃ、いってくらぁ!」


 カルミラはその自慢の足で颯爽と廃村へと駆けていく。

 その背を心配そうに見つめる老婆に、


「あいつなら大丈夫だ。俺らも行こうか、婆さん」


 目的は盗賊大事ではなく、老婆の息子の弔いだ。

 ウィルは依頼人の足でどうやって廃村まで向かうかを考えながら、駆けていくカルミラの背を見送った。

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