第70話 これからも素敵な唄と本を一緒に描いて

「あれ?」

 うたを唄いながらフタバと手を繋いでいたはずのアカリ。急にフタバの手の感覚が無くなって、首をかしげた

「フタバ。ちゃんとつかんで……」

 話しかけながら振り向くと、体が透けて暗闇に紛れたフタバが隣にいた

「なんで……フタバ……」

「二人の唄が素敵だったからだよ」

「イチカもどうして……」

 消えゆくイチカを見て震えるヒナタを落ち着かせるように、ニコッと笑うイチカ。フタバも、アカリを見て微笑んでいる

「消えないで!なんで、イチカもフタバも消えるの……」

「本の思い出だから。一生懸命守っても、やっぱり消えちゃうね」

「大丈夫。すぐまた会えるよ。二人も早くお家に帰って」

「……でも」

 笑顔の二人に対し、うろたえるアカリとヒナタ。その間にも、イチカとフタバの体は消えていく。止めようと手を伸ばすが、間に合わず伸ばした手は空気をつかんだ

「消えちゃった……」

 急に二人きりになって呆然とするアカリ。ヒナタも戸惑い辺りを見渡していると、真っ暗だったはずの場所が、ほんの少しずつ明るくなって、いつの間にか薄暗く、ろうそくが灯る場所が現れた




「おかえり。素敵なうたを唄っていたね」

 声をかけられて振り向くと、側にレイナとクロスの姿を見つけて、またちょっと戸惑いつつも辺りを見渡した

「お父様……お母様も……」

 クロスとレイナのいる場所に戻ってきた安堵とイチカとフタバが消えた悲しさで呆然としていると、クロスが二人の頭を撫でた

「二人とも、泣いているのかい?せっかく楽しそうに唄っていたのに……」

「イチカとフタバが消えちゃったんです……せっかく仲良くなれたのに……」

「そうか。でも、あまり悲しまないで……」

「でも、お父様……」

 グスグスと泣き出した二人にレイナが駆け寄り、二人を強くぎゅっと抱きしめた

「離れたくないのは、この本達も同じみたいだね。これからも仲良くしておくれ」

 そう言うと、落ち着いていたはずの本棚がまたガタガタと揺れだした。驚いてレイナの服を強くつかむアカリとヒナタ。しばらく見ていると、揺れが止みクロスが本棚へと近づいていく。カタンと音が聞こえると、何かを持って二人の側に来た

「これ……見たことある……」

 持ってきた本を見て、うつ向いていたアカリの表情が一気に笑顔になって、ヒナタの方に振り向いた

「フタバとイチカだよ!」

「本当だ。でも……」

 クロスから本を受け取り、本を開くとあったはずのページは一枚もなく、ヒナタの表情が更にうつ向きだす

「あの二人の思い出の書かれたページは消えたよ」

「じゃあ……」

「でも二人で新たな本を描くといい」

 クロスの言葉に二人が首をかしげ、本を見つめているとクロスが二人にまた話しかけた


「二人とも、本を想って唄ってごらん」

 笑顔で言われて、二人顔を見つめ合い戸惑いつつも息を整えて、唄いはじめた。二人の唄声に、聞き入っていると、抱きしめていた本が独りでにふわりと浮かびだした。驚きつつも唄い続けていると、バサバサと紙の揺れる音を立ててアカリとヒナタの元へと戻っていった

「イチカ!フタバ!」

 嬉しさで二人が大声で名前を呼ぶと、本から光が現れて、本を取ろうとしていた手を戻して、うろたえていると二人の前に、見覚えのある女の子が二人現れた。ニコッと笑う二人に、アカリとヒナタが嬉しさが溢れて抱きついた


「すまないね。二人とも辛い想いをさせて……。本や本棚達のために無理をさせてしまった。だが、これからは、この本達と一緒に……」

 そう言うクロスの話を聞いていないのか、手を取り合って跳び跳ねている四人。振り向きもしないアカリとヒナタに思わずクスッと笑うレイナと苦笑いするノア。すると、二人の様子に困ったように笑うクロスに気づいたヒナタが、イチカの手を引いてクロスに恐る恐る近づいてきた

「お父様……あの……」

「その本は二人の本だよ。新しく二人の本を書いていくんだよ」

「私達の?」

「そう、楽しいことも悲しいこともこの本に書いて、そして、この本棚を埋めていくんだ」

「イチカとフタバと、ずっと一緒にいていいの?」

「もちろんだ。みんなでこれからも素敵な唄を聞かせておくれ」

「うん!お母様、唄を教えて!」

 そう言うと、アカリがグイグイとレイナの手を引っ張って、イチカとフタバの方まで連れて、笑顔でお願いをする二人の顔に、少し困ってどうしようかと悩みだすレイナ

「唄う前に、お家に帰ってご飯でも食べましょ。私も唄って疲れちゃったわ」

「えー。今すぐがいい。イチカもフタバもそう言ってるよ」

 ヒナタのお願いを聞いたアカリも一緒になって、レイナにお願いをし始めた。二人に手を引っ張られながら、入り口へと歩いていくレイナ。その後ろを慌てた様子でイチカとフタバも後を追っていく



「クロス様」

「ああ、ノアか。君もお疲れ。無理をさせて悪かったな」

「いえ……。それより、無事本棚をお二人に渡せて良かったです。本にのみ込まれるかと思いましたが……」

 安堵の表情で、騒がしいアカリとヒナタ達を見るノア。クロスもクスッと笑って見ていると、まだ来ないクロスに気づいたヒナタが手を振り大声で叫んだ

「お父様!ノアさん!帰るよ!」

「ああ。今、行くよ」

 クロスとノアが歩きはじめると、アカリとヒナタ達も歩きはじめ、唄が響いていた本棚の部屋が、今度は明るい笑い声が響き渡っている










「街に行って、お菓子とケーキと……飲み物はどうしようかなー」

「ご機嫌ですね。先程まで起きるのを嫌がっていたのに」

「うん、だって……」

 数日後の朝早く、髪を編んでいる家政婦と話をしているアカリ。その側で本の姿のフタバが話を聞いている。綺麗に髪を編み終えた時、バタバタと大きな足音をたてて、誰かが大声で叫んだ

「アカリ、フタバ!行くよ!」

 部屋の入り口でアカリを呼ぶとすぐ、部屋を後にしたヒナタ。遠くなっていく足音に慌ててベッドに置いていた荷物を手にした時、外から聞こえてくる声に気づいて、一気に笑顔になった

「お母様のうただ!」

 大急ぎで声のする方に走っていくアカリ。その後ろを置いていかれまいとフタバがふわり浮かんで追いかけていく。うたの聞こえていた玄関先に着くと、先に着いていたヒナタがレイナを抱きしめて話をしていた


「お母様、おはようございます!」

「おはよう、アカリ。お寝坊さんね」

 レイナの背中からぎゅっと抱きついたアカリ。二人に挟まれるように抱きしめられ少し苦しそうな顔をしているレイナ。それにも気にせず抱きついて離れない二人。その三人の様子を、アカリの後を追って来ていた家政婦達が微笑ましく見ている

「ねえ、お母様。もっと唄って!」

「ダメよ。二人は、イチカちゃんとフタバちゃんと一緒にお出掛けするんでしょ。唄うなら、もう時間がないわ」

「じゃあ、お出掛けしない……」

 アカリのその言葉を聞いたイチカとフタバが、本の角でアカリをつついた。ちょっと力を込めてアカリに触り、痛かったのか逃げくアカリを追いかけてくイチカとフタバ。三人の行動に困惑しているヒナタとクスクスと笑うレイナ。離れてくアカリに向かって声をかけた

「ほら、怒ってるじゃない。イチカちゃんとフタバちゃんの為にも急いで行かないと」

「分かったよ。行こう、ヒナタ」

 手を振りヒナタを呼ぶと、イチカとフタバもアカリの真上をグルグルと回ってヒナタを呼ぶと、はぁ。と、ため息をついたヒナタが、もう一度レイナを抱きしめて、アカリの元へと走っていくと、その後ろに、二人と一緒についていく家政婦達も後を追って歩いてくる。出掛けるアカリとヒナタ達のために姿を見送るレイナに手を振ると、楽しそうにお喋りをしながら出掛けていった



「朝から元気だな」

 アカリとヒナタの出掛ける姿を見つけて、クロスとノアがクスッと微笑みながら、レイナの所に歩いてきた

「あら、もう出掛けるの?」

 声をかけられ振り向くと、着替えを済ましていたクロスを見て問いかけるレイナ。すると、レイナを抱きしめて頷いた

「ああ、本棚がまた増え出してな。今度は素敵な本が増える本棚みたいだよ」

「あら、それは素敵ね」

 まだ見える二人の姿を見つめ微笑むレイナとクロス。少しずつ遠くなっていくアカリとヒナタ達の会話を聞いて、目を閉じたレイナ。一つ深呼吸をすると、うたを唄いはじめた






「ねえ、アカリ。今日はどんなうた唄って、本を書こう?」

 レイナ達から離れて街へと続く道を歩いている途中、ご機嫌でアカリに話しかけたヒナタ。返事に困って悩んでいると、二人の真上に浮かんでいたイチカとフタバが、二人の手元に戻ってきた。すると、アカリがフタバを右手で抱きしめたまま、少し前を走り出し、左手を思いっきり空に伸ばして、笑顔でヒナタの言葉に返事をした

「んーとね、お母様もお父様もみんな、楽しくなるようなうたを唄って、イチカとフタバが笑顔になる本を、たくさん書きに行こう」

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光と影のシンフォニア シャオえる @xiaol

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