第4話 ネガポジシンキング
席替えが終わったあと、すぐ昼休みに突入した。僕が通っている森里高校は学食が無くて、あるのは購買部くらいだ。だから生徒の多くは昼食を母親お手製のお弁当か、登校時にコンビニで買ってきているものが多い。
ただ購買部には近所の美味しいパン屋さんの人気商品が、お店より少し安い価格で売られているので人気だったりする。でも人混みが苦手な僕は、入学してから一度も行ったことはない。
僕がカバンから自家製のお弁当と水筒を取り出していると、友人の園田健がコンビニロゴが入ったビニール袋を片手にやってきた。きっと袋の中にはいつもの惣菜パンが入っているのだろう。彼は少し偏食気味だから、いつも注意しているのに僕の言うことをちっとも聞きやしないのだ。もっと野菜を食べたほうがいいと思う。
「タク、行こうぜ」
「ああ」
僕と園田はいつも教室ではなく、別の場所で食べているのだ。森里高校は学食はないが、不便な場所に立っているだけあって敷地が広く、昼食を食べる場所は教室だけでなく、中庭や食事スペースが用意されているため困らないのがいいところだ。僕らが使うのはそのどれでもないのだけれどもね。
「あっ、瀬能くんは教室の外で食べるの? だったら、友達来るんだけど席借りてもいいかな?」
僕がお弁当と水筒を持って立ち上がると、杉崎さんが話しかけてきた。彼女の机の上にはサンドウィッチ1パックと野菜ジュースが置かれていた。本当にこれだけで足りるのだろうか。乙女の胃袋は謎だ。
「うん、いいよ」
そう言って返すと彼女は「ありがと」と言ってニコッと微笑んだ。うん、確かにちょっと見える八重歯がチャーミングだ。こちらに周囲の視線が集まるのを察知した僕と園田は、いそいそと教室を後にした。
僕と園田が食事をとる場所はいつも決まっている。美術部の部室だ。園田が美術部員でしかも一年生の代表なので、部室の鍵を持っている。部室の鍵は各学年ごとに一本代表者が管理しているとのことだ。他の部員からも、しっかりと掃除をすれば使って良いと許可をいただいているし、たまにやって来て一緒に食べる部員もいたりするが、僕と園田の二人だけのことが多い。
園田が美術部の部室の鍵穴に鍵を差し込み、しばしの間鍵をガチャガチャと動かすとようやく『キィ』と嫌な音を立を立てながら鍵が開いた。そのことに彼は顔をしかめる。
「相変わらず硬いな。後で油でもさしとくか」
「このドア、結構古いもんね」
鍵自体は何度か作り直されているようでそう古くは見えないが、部室の扉は学校創立の頃から変わっていないらしい。鍵の作りからしてちゃちいものを未だに使用している。それだからか、最近では鍵穴の調子があまりよくないので、美術部では気づいた人が油をさすことになっているとのことだ。
「で、どうしたんだ?」
僕が部室にある席に座って、持参のお弁当の包みを広げていると園田が僕に尋ねてきた。僕が顔を上げると、彼はいつもと同じ長いソーセージが挟まれた惣菜パンの包装を破いていた。机にはコーラの500mlペットボトルと大きなチョコチップメロンパンが置いてある。なるほど今日はチョコチップにしたのか。彼はいつもソーセージパンとコーラ、そしてコンビニに置いてあるメロンパンの内1種類を昼食としている。
前にいつも同じような組み合わせで飽きないのか聞いたところ、昼食をどれにするか悩む時間が勿体ないからこれでいいんだと返された。まぁ、少しだけ僕にもその気持ちがわかる。日々の献立を考えるのは結構面倒だよね。世の中のお母さん方は苦労してると思うよ。
真面目な顔で僕は言う。
「なぁ、タケは男と女で友情は成り立つと思う?」
「いや、どうした本当に」
質問を質問で返した僕を見て、園田は惣菜パンを開ける手を止めた。
「まさか、内藤さんに彼氏ができた、とか?」
園田は僕が内藤さんを好きなことをしっている。夏休みに遊んだ際に前に言い当てられた。なんでわかったのか聞いたら、お前の反応をみてたらそりゃわかるさと呆れられてしまった。
「……」
「え? もしかして当たり?」
僕は無言で首肯した。
「あ~、うん。夏休みだったもんな。そういうこともあるか」
園田は、気まずそうに目を宙にやったあと、僕に再度視線を向けた。園田はこういう時、下手な慰めの言葉を言わない。それが彼のいいところだと僕は思う。
「で、男と女の友情が成り立つか? だっけ?」
「ああ」
「そこから、なぜそんな話に?」
僕は人差し指を立て、言う。
「第一に俺は振られていない。それはまだ告白していないからな。まだ俺が告白して振られてないと言うことは、俺と内藤さんの友達関係は壊れていないし以前のままということだ」
園田は「まぁそうか」といった感じで頷く。次に僕は中指を立てて、ピースのポーズをとる。
「第二に内藤さんが幸せそうだから応援したい」
これを聞いた彼は「ん?」と言って目を丸くした。だから僕は説明する。
「だって、まだ告白して振られていないんだからさ、今の良好な関係をそのまま、友達というポジションでいたいじゃないか。まぁ、俺が告白しても振られるだけだったろうからお互い無駄に傷つかずに済んだ訳だし、内藤さんは好きな人と付き合えて幸せそうだしね。俺としては少し悲しいけど、内藤さんが幸せならそれはそれで嬉しいし……。あれ? もうこれ結果オーライってことでいいんじゃないかな、うん。男女の友情は成り立つね」
自分で言ってるうちに自己解決できた。なるほど、内藤さんに彼氏が出来たことが今日わかってよかったということだったんだな。これからも、文化祭でいろいろやり取りするし、これなら気まずくならない。変な期待もしないで文化祭の準備に取り組めるってもんだ。
「あ~、いや、な? いつも、なんでそんなネガティヴな方向にポジティヴなの?」
園田から僕はなんだか呆れられた目で見られた。なぜだろう? 自己解決して、落ち着いた僕は弁当の蓋を外して、中身を見る。今日のお弁当は唐揚げとほうれん草の煮浸し、卵焼きにミニトマトといったおかずが入っている。うん、我ながら彩りよく出来ていると感心する。
「は〜、にしても本当に感心するよ。登校初日から自分で弁当を用意するなんてさ。そういうとこもっとアピールすれば、女子にもモテるんじゃないか?」
園田は僕の弁当を覗き込み、そんなことを言った。
「いやいや、自分で弁当作ってる男子なんて、口ではすご〜いって言うかもしれないけど影では何いってるかわかったもんじゃないよ。実際、中学の女子もそうだったし」
本当、女子っていうのは面と向かっている時と、別々の時とでリアクション変えられるのだから器用な生き物だよな。中学の時はだいぶそれで傷ついたもんだ。ちょっと得意に乗ったのがよくなかったのかもしれない。家庭科の授業で、卵焼きが綺麗に作れる男子は嫌煙されるということを知った。まぁ、あの時は僕も若かったし仕方ないよな。
「そんなもんか」
「そんなもんだよ」
そう言い合って僕たちは雑談をしながら食事を始めた。
「そういえばタクの新しい席、教室の隅っこでしかも窓際だしいいよな〜。まぁ、隣の席杉崎だからあんまり羨ましくはないけど」
「タケは杉崎さん苦手なの?」
「いや、杉崎は悪い奴じゃないと思うけど、人気あるからなぁ。休み時間にリア充どもが集まってきて面倒そうじゃん」
「あ〜、ね。騒がしいのは俺も少し苦手かも」
僕は卵焼きを箸で半分に切って、口に運ぶ。うん、食感はしっとりとしていて、味はほんのり甘くて美味しい。今日の卵焼きの出来は我ながらなかなかのいいのではないだろうか。
「あ、でもはバンドやってるって聞いたことあるから、案外タクと趣味合うんじゃないか? そういう感じの好きだったろ?」
言われてみると確かに杉崎さんは楽器とか似合いそうだな。ギターとかそういうの。
「ん〜、どうかな? 俺の場合、ただ聴いてて好きなだけでそんなに詳しい訳じゃないしな」
「そんなもんか」
「そんなもんだよ」
それに僕がロックを聴くのが好きって言っても、似合わないと言われるのがオチだろう。誰かにロックを聴くのが好きというと、大抵そう言われてしまうのだ。
そして食事を終えた後、園田はふと思い出したかのように手を打って僕に告げた。
「あ、そうだ。明日から昼も、部室に結構人来るぞ」
なんでも10月にある文化祭に向けて美術部の作品を増やしたり、何か盛り上がりそうなイベントを考えたりするとのことだ。
「いてもいいけどどうする?」
「やめとく、みんな真剣にやってる中にいるのは流石にね」
部員でもない奴がご飯だけ食べに部室に入り浸ってる今でもおかしいのに、活動中までは踏み込んでいいものではないだろう。
「別に誰も気にしないぞ。いっそ入ればいいのにって皆言ってるくらいだし」
美術部の部員達は気のいい人が多く、話しやすいので結構仲良くなっている。そう言ってくれるのは嬉しい。でも、放課後はあまり残れる日が少ないから入部しても幽霊部員みたいになってしまって申し訳ない気持ちの方が大きい。
「それは有り難いけど、あまり部活に参加できないだろうしな。それに俺、あんまり絵のセンスないから……」
そこそこの絵が描ければいいのだろうが、自分の美術センスのなさは小中の成績からわかっている。先生達からは個性的だねってよく言われたもんだ。
「まっ、それもそうか」
いや、……そこは少し否定して欲しかったよ。
卓上ロッカー 月城 鷹 @halley13
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