第3話 席替え

 あれから僕はひたすら自分の席で、宿題を無心でチェックしていた。8時半までもう少しある。隣の席は先ほどのギャルとは別の女生徒が輪を作って賑やかに恋バナに花を咲かしていた。女子って本当に恋バナ好きね。先生は未だ来ず。早く着て!


「おっす。おはよう、タク」


 不意に後ろの席から挨拶されて、僕は振り向いた。すると僕より縦にも横にも大きな体型をし、黒縁眼鏡をかけた男子生徒がいた。彼の名前は園田健。僕の高校で一番仲がいい友達だ。席が真後ろということもあるが、彼はいろんなことをよく知っていて話をしていて楽しい人物だ。僕とは違って帰宅部ではなく、美術部に所属していて、絵がとても上手い。

 彼とは夏休みも何度か会って遊んだので、外見に変化は感じられず、いつも通りの姿だ。少し心が落ち着いた。


「……ああ。おはよう、タケ」


 ちゃんと挨拶を返そうと試みたものの僕の声はやや掠れたものが出てしまった。その返事にタケは目をパチクリと瞬きして僕を心配そうに見つめてくる。


「おい、どうかしたのか? 2学期の初日から死んだ魚のような目になってるぞ」


「あ~、いや、宿題疲れだよ」


 僕は首を振って何でもないと答えた。すると丁度8時半のチャイムが鳴って、先生が教室に入ってきたので、周りの生徒達も大人しく自分の席に戻っていった。

 タケはちらりと僕の右隣から散っていく女性陣をちらっと見やって言った。


「ふ~ん。まぁ、後で」


 そして教卓の前に先生が立って、今日一日の流れが軽く説明された後、始業式のため体育館へ移動となった。


 その後、僕はというと始業式は放心状態。校長先生が何か為になることを言ってくださっていたようだが記憶にない。いつの間にか話が終わり、表彰やら何やらが終わり、体育館から教室に戻って大掃除が始まったので無心でこなした。

 掃除の後にホームルームが始まり宿題が回収された。そして、僕が所属する1年C組のクラス担任の飯塚先生が言う。


「はい、それでは席替えを始めます。先生が夏休みに君たちを思って、クジを作ってきたから順番に引いてもらうぞ」


 先生が席替えと発言すると生徒達はワッと賑やかに騒ぎ出した。席替えというのは高校生になっても一大イベントなようだ。それにしても席替え、席替えか。今の僕にとっては少し有り難いものだ。


 先生は黒板に席の配置と番号を書いた後、夏休みに作ったと言う空のティッシュBOXを持って席を回り、生徒に一枚づつ紙を引かせていった。僕も三つ折りにされた紙を一枚引いて、番号を確認すると「7」という数字が書かれていた。


黒板を確認すると7番は、窓側の一番後ろの席のようだ。窓側、それも一番後ろとなると周りを気にせずに済むいい環境を勝ち取ったと言えるだろう。あとは内藤さんの席の位置が気になるところだ。


「ねえ、瀬能君はどこの席だった?」


 タイミングよく内藤さんの方から席配置を聞かれたので僕は冷静を装って、にこやかに返答する。


「俺は7番だったよ。内藤さんは?」


「私はこれ」


 内藤さんがそう言って見せてきた紙には「39」という数字が書かれていた。廊下側の席。つまり、授業中でも視界に入らないので悶々とすることもないかと少し安心してしまった。


「残念、だいぶ離れちゃったね」


「そうだね、まぁでも文化祭実行委員で一緒に活動するからね。今後ともよろしく頼みますよ」


「うん、こちらこそ今後ともよろしくお願いします」


 そう言って僕と内藤さんは笑顔を交わした後、席移動が始まった。ちなみに友人のタケは、25番という教室の真ん中付近の席を引いており、憂鬱な表情を浮かべていた。


 僕は自分の机と椅子を持って、新たな窓際の席へ移動した。窓からはグラウンドが見えるし、教室のすみなので教師の目も気にならない。

 そんなことを考えていると、僕の隣の席にやってきた女子を見て驚いてしまった。


「よろしくね! 私は杉崎朱音だよ。えっと…」


 その名前は、僕でも知っている。クラスの女子全員の名前を覚えているわけでもない僕だが、さすがにクラスのマドンナと男子の中で言われている女の子の名前くらいは記憶してる。セミロングのフワフワな黒い髪、大きな目と整った顔立ち、そして笑った時にチラリと見える八重歯が可愛いと、同じクラスどころか同学年でも有名だ。

とは言っても、僕は彼女にあまり関心がなかった。確かに可愛いとは思うが、そもそも彼女は僕とは生きてる世界が違う人たちの筆頭だ。何より僕にとってのマドンナは内藤さんだったのだ。


「ああ、俺は」


 僕の名前がわからなそうだったので、答えようとすると杉崎さんは右手を前にして待ったのポーズをとった。


「待って! 当てるから!」


 杉崎さんはう~んと唸りながら眉間に、右手の親指をグリグリと押し付ける。そんな中、彼女を中心に集まる周囲の視線に僕はビクビクしてしまう。こんな動作でさえ、周囲の視線を惹きつけてしまうようだ。


「クノウ君……だよね?」


 杉崎さんは真剣な眼差しで僕を見つめて言う。まさに今の僕の状態を指しているので、あながち間違っていない気もする。でも間違えて覚えられても困るので、苦笑しつつ答えた。


「おしい、セノウだよ。瀬能卓人って言います」


「あちゃ〜、違ったか〜。ごめんね、瀬能君。これから、よろしくね!」


「うん、よろしく」


 失恋で傷心中の僕としては、どうやらあまり嬉しくない席配置となってしまったようだった。隣の席になったからといって関わることはあまりないだろうに、彼女の注目巻き込まれるなんて大変なことになってしまったなぁと、僕はこの時本当にそう思っていた。

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