中編
にこやかな表情のまま、あっさりと告げられた言葉。だけど笑顔の彼女とは違い、私はガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
な、なんで。どうして自殺しようとしているって分かったの?
何も話していないはずなのに。
「どうして知ってるのって、顔をしてるね。ふふふ、こんな所で商売をしているとね、何となく見分けられるようになるのよ。自殺を考えている人間が、ね」
確信を持っているかのような、自信満々の目。
見ただけで分かるなんて、そんなの信じられないけど。事実私が自殺志願者だって事を、この人は見抜いているわけで。
動揺していると、彼女はさらに続けてくる。
「だけど嬉しい、よくぞうちに来てくれたね。ほら、仲間が増えて、彼らも皆喜んでるよ」
「彼らって……ひっ⁉」
それを見た瞬間、ハンバーグの余韻もコーヒーの温かさも、全てが消し飛んだ。
この店に入ってきた時、中にいたのは女性店主一人。その後ツインテールの女の子が入ってきたから、今中にいるのは私を含めて三人だけのはず。
なのにどうだろう。さっきまでガラガラだったはずのテーブル席は、どこも人でいっぱいじゃない。
しかも突如現れたその人達は、みんな異様な姿をしていた。
頭から血を流している男性。
息をしていないような、青白い顔をしている女性。
頬の肉が削げ落ちて、白い骨がむき出しになっているおじいさん。
そんな普通じゃない人たちが、普通にコーヒーを飲んだりオムライスを食べたりしているのだ。
まるでホラー映画のようなその光景に、ガタガタと歯を鳴らす。
何? 何なのよここは⁉ こんなの普通じゃない!
するとパニックを起こしかけている私に、店主はニッコリと笑いかけてくる。
「怖がることは無いでしょ。ここにいる人達は皆、ただの死者。アナタも彼らの、仲間になろうとしていたじゃない」
「し、死者⁉ それって、幽霊って事ですか。ど、どうしてそんな人達が、こんなにたくさんいるんですか? ここはいったい何なんですか⁉」
「ふふふ。ここはあの世とこの世の入り口にあるお店なの。あの世に行く前の魂が、最後に立ち寄る場所。もしくはまだあの世に行きたくない、この世に未練がある人が、身を寄せる場所よ。ふふふ、ふふふふふふ」
不気味な笑い声を聞きながら、同時に頭の中で警鐘が鳴る。ここは危険だ、これ以上いたら、大変な事になるって。
早く逃げないと。だけど、体中が震えて椅子から立つことができない。
すると女性店主、今度は私が食べ終わったハンバーグが盛られいたお皿へと目を向けた。
「ねえ、こんな話を聞いたこと無い? もしも死者の国、この世ならざる場所に迷い込んでしまったら、そこで物を食べてはいけない。もしも口にしてしまったら、その人はもう二度と元の世界には戻れないって」
「―—ッ! ま、まさか」
慌てて口元を押さえる。
私はコーヒーを飲んだし、ハンバーグも食べた。だけど彼女の言っていることが本当なら、アレは口にしてはいけないものだったんじゃ。
は、吐き出さなきゃ。
「あらあら、別にそんな怯えること無いでしょ。元々アナタは、望んでここに来たんじゃない。この世を捨てて、死者の国に行きたい。彼らの仲間になりたいって、思っていたんでしょう。みんな喜んで、新しい仲間の誕生よ」
「「「オオ――――っ!!」」」
見ればいつの間にか、テーブル席に座っていた人達……いや、幽霊達が私の周りに集まっていて、歓喜の声を上げている。
生気の無い目でわたしを見つめながら、不気味にケタケタと笑っている。
だけど……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
死にたくないし、仲間になんてなりたくない。
確かに私は、死のうと思っていた。しかしここに来て、急に怖くなってしまった。
勝手な話だけど、このまま死んじゃうなんて絶対に嫌。誰か……誰か助けて!
「そこまでです」
恐怖で頭を抱えてうずぐまっていた私の耳に、突如響く声。
慌てて顔を上げると、後から店に入ってきたツインテールの女の子が私のすぐ横まで来ていて、囲っていた霊達を睨んでいた。
「これ以上、この人を怖がらせることは許しません。いう事を聞かない方は滅しますよ!」
女の子の言葉に、霊達が動揺するようにざわざわと揺れる。
見ればこの子、他のお客とは違って顔色は良いし、どこからか血を流しているわけでもない。もしかして、生きた人間なの?
すると彼女はそっと私の肩に手を置いてきた。
「この場は私に任せて、行って下さい。ここはアナタのいるべき場所ではありません」
「えっ? で、でも……」
見たところアナタも人間見たいだけど、大丈夫なの。するとそんな私の気持ちを察したように、ニッコリと笑みを浮かべる。
「私の事は心配しないでください、祓い屋ですから。今、式神を飛ばしました。店の外には光る蝶々がいるはずですから、それを追いかけて行けば麓に下りられます」
「ほ、本当に大丈夫なの? だってさっきあの人が、物を食べたら元の世界には戻れないって」
「平気です。さあ、早く行って。そして死ぬのが怖いって思ったのなら、もう二度と命を断とうだなんて思わないで。生きていれば、きっと良い事だってあるはずですから」
彼女の言葉に、私はコクコクと頷いて。後は勢いよく椅子から立ち上がると、一目散に店の外へと飛び出して行った。
逃げる際に、女性店主が何か叫んでいるのが聞こえた気がするけど振り返らずに、無我夢中で駆けて行く。
生きていたって、良くない事ばかり。勤めていた職場は突然解雇されるし、つきあっていた彼にはあっさり捨てられる。
だけど今ハッキリわかった。死ぬのは、それ以上に怖い。
無事に町まで帰れたら、美味しい物を食べよう。さっきのコーヒーやハンバーグに負けないくらい、美味しい物を。
特別な事はなくたって、またに小さな幸せを感じられたら、それで良いじゃない。
死んだらきっと、それすらできなくなっちゃう。だから私は、何としてでも生きて帰るんだ!
来た時とは真逆の、生きたいという強い思いを抱きながら。木々の間を抜け、ただひたすらに走って行った。
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