終幕◆うらみ通りの藁人形
リチャードの話を聞いたあと、テディは自室にしていた部屋に戻った。
しかしよく考えたら荷物は出かける前にほとんどまとめてあったので、それを改めて玄関まで運ぶくらいしか作業がない。
一応軽く部屋の掃除をすることにした。それも終えて居間に戻ると、クワイエットがお茶を淹れていた。
あの日血まみれになったテディの服は処分されてしまったが、ポケットの中身は看護婦の計らいで保管されていた。そしてそれがうっかりテディが寝ている間にクワイエットに渡ってしまっていた。
そう、そもそもの始まりになった卒業式の日、学校に取りに戻ったあの小包の中身だ。
それが今、彼女の頭の上に揺れている。
「……何よじろじろ見て。ミルクと砂糖は要る?」
「いや、着けてくれて嬉しいなと思って。ミルクだけでいいよ」
そのリボンは人形学校の被服科の生徒の作品だ。卒業制作として作られたもので、その色柄デザインすべてがテディの中で完全にクワイエットに合致したため、それまでろくに話したこともなかった相手に全力で頼み込んで譲ってもらった。
向こうもさすがに困惑していたが、渡したい相手がクワイエットであることを伝えたら話が通った。
つまり彼女が気に入ってくれた場合はぜひ舞台でも着用を、そのさいは製作者として自分の名前を公表してほしい、と。人形用小物のデザイナーとしてはいい宣伝塔というわけだ。
こうして実際に身につけてくれたからには、まったく気に入らないということはないだろう。そういうところで気を遣う性格ではないことは知っている。
舞台で、はまだどうかわからないが。そもそも復帰の目途もあるのかどうか。
「それで、あんたはこれからどうするの?」
「おれも今同じこと聞こうと思ってたよ。……おれはまず実家に帰らないと。そのあと先生たちのコネが効きそうなところに片っ端からあたってみるつもり」
「ふーん……」
「クワイエットさんは、また放浪の旅に戻るの?」
「どうかしら。まだ未定よ」
そう言って、若葉色の瞳が挑むようにテディを見つめる。
少し前のテディならそれで怯んでしまったろう。その意味を理解できなかったかもしれない。
けれど今はきちんと見つめ返しながら、彼女が求める言葉を探れる。
「あのさ……、……えーと……おれ、さっき先生のコネって言ったけど……もっと強力なコネがある人を知ってる、かもしれない……?」
「何よそのまどろっこしい言いかたは。つまり?」
「ああええと、えと、……クワイエットさん、舞台に戻る気はない……?」
「もっとはっきり言って」
「ッお、おれと組んで! ください!」
ああ、まだ、まだまだだ。こんなに声が震えて顔も熱くなって、自分でも情けないと思う。
だけど――引かない。
なぜならもう知っている。自分とクワイエットが組めば恐ろしい人形とだって戦えるし、なんなら息もぴったりだった。百聞は一見に如かず、実際に身体がそれを覚えている。
ふたりを繋げる運命があるかどうかはどうだっていい。テディが彼女を求めたいから求めるのだ。
たとえ今は受け入れられなかったとしても、いつかは彼女の隣に辿り着くことを諦めない。
だから、この眼を逸らさない。
そのままふたりは睨み合うようにして見つめ合っていた。傍から見たらおかしな光景だったかもしれないけれど、どちらも真剣だった。
そしてテディの意志が充分に堅いことを認めたか、やがてクワイエットはふんと鼻を鳴らして笑った。
「
「……じゃあ!」
「もちろん勘違いしないように。あたしは他にも引く手あまたなんだから、もっといい繰り手が見つかったらいつでも乗り換えるわよ。
あー……つまり、そうならないように努力し続けなさい」
もちろんだ。立ち止まったら置いて行かれる。向上心の足りない者に扱える相手ではないことなんて、よくわかっている。
迷いなく頷くテディに、クワイエットもどこか満足げな微笑みを浮かべた。
「あとそうね、コネはあくまで奥の手よ。地盤は自分で固めなくちゃ。
芸はあたしが仕込んであげるけど、それでも最初は屋根がないと思いなさいな。きっと
「あはは、わかった」
「あらこれ冗談じゃないんだけど? ま、そのうち身を以て知ることになるでしょうね、笑えないって」
「うん、だから今は笑っとく。笑えるうちにね」
テディは立ち上がって、手を伸ばした。
クワイエットも立ち上がって、その手を取った。
行先は決まった。するべきこともわかった。
やっぱりこれは運命だったのかもしれないし、もしくはそうでなかったものを、無理やり掴み取ることに成功したのかもしれない。
でも、やはり理屈や前置きはどうだっていいのだ。あくまで大切なのは自分が道を選ぶこと。
なぜならテディは、人形ではない。
己の存在意義を、何のために生きるのかを己の意志で選べる、人間なのだから。
・・・・・*
ストロー・ガールは己の使命を貫いた。その果てに破滅があることをも、彼女は受け入れていた。
人形の業を体現したような生き様だったと思う。苦しい人生だったには違いないが、たぶん彼女は最期に後悔などしなかったろう。
だから彼女について嘆くのはやめた。
その代わり忘れないことを誓った。これから何年経とうとも、ずっと。
そして。
「さあさあお立会い、テディ&クワイエットのドールショーが始まるよ!
その前に注意事項がいくつかあります! まず今日の演目はちょっと怖いので、皆さん悲鳴を上げる準備をしておいてください!」
「悲鳴の準備って何よ? 息でも吸っておくの?」
「いや、まず飲みものを口に含んで……」
「劇場内は飲食禁止!」
「痛ッ! っていうかツッコミどころそっちなの!?」
「ついでに言うとあたしたちに向かってものを投げないように! いーい? 悪い子にはこーしてお仕置きしちゃうわよ」
「わーッ! ……あ、皆さんは椅子の上で逆さにならないでくださーい」
「ふう。と、まあ注意事項の説明はこのくらいにしておきましょ。
それじゃあテディ、今日の演目はなんてタイトルだったかしら?」
『うらみ通りの
◆ 終 幕 ◆
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