13◆ランチタイムはお静かに
取り調べの間、パペットはリチャードにべったりだった。
対峙する警官たちが押しなべて高圧的で語気も荒く、それこそリチャードがいなければ暴力もありえただろう雰囲気であったから、それも無理からぬことだろう。
それに中身を取り換えて善良になったとしても、人間からすれば彼女は人殺しなのだ。その手と顎で子どもたちを食い殺した事実は消えない。
それを傍から見ていたストローは、まるで自分も一緒に詰られているような気分になった。
なんとなれば自分もこの手を何度も汚している。憎い相手を殺してほしい、政敵を陥れてほしいと複数の人間に縋られてきたが、ストローは一度だってその願いを拒んだりしなかった。
できなかったと言ってもいい。呪物として作られたストローに人を拒絶する権限は与えられていない。
そしてそんな状況だからこそ、あくまでパペットを庇うリチャードの姿に、ストローはなんとも奇妙な心持になったのだ。
パペットの外見は幼い子ども程度の背丈だが、部品のほとんどは頑丈な木製で、中には金属の稼働部品を含んでいる。だから決して軽くないはずの彼女を、老人はずっと膝の上に座らせていた。
脚が悪いのに辛くはないのだろうか。
「――貴様の製造者はグラン・ギニョール社で間違いないな」
「う……うん……たぶん……」
「工場はどこにある? ペープサート市内か? 社長の名は? 従業員は何人いるんだ?」
「えと……わかんない……」
「ほんとうに何も知らんのか!? 庇っているんじゃないだろうな!」
「違うよぉ……っ」
パペットの回答に納得がいかないのだろう、警官が力任せに机を殴りつける。それに怯えたパペットはリチャードにぎゅっとしがみついた。
もし彼女に涙を流す機能が付いていたら、今ごろ泣きじゃくっていただろう。
「……大きな声を出さないでもらえるかな」
「は……、失礼しました」
リチャードにくぎを刺され、警官はバツが悪そうに謝るが、その声にもまだ苛立ちが滲んでいた。
そんな調子の取り調べが延々と二時間あまり続いたが、大した成果はなかった。警察にとってでもあるが、ストローとしても。
なにせパペットは質問のほとんどに「わからない」としか答えなかったのだ。
ともかくその日はそれで一旦解放されることになった。
ふつうなら容疑者は留置場に拘留されるところだが、パペットは人間ではない。世界一の人形の街たるペープサートでは、人形とその所有者の関係は他の何よりも重要視されるきらいがあり、たとえそれが犯罪者でも引き離されることは滅多にない。
それにそもそも、本来ならパペットに最初に変質エニグマレルを組み込んだ製作者が真の容疑者だ。その人物こそが彼女と一緒に拘留されるべきであったが、現状では特定できていない。
現在のパペットの所有者は事件に関わりの薄いリチャードだが、まさか罪状のない老人を留置場に入れるわけにもいかない。
というわけで、リチャードがパペットの動向を監視するという条件付きで帰宅を許された。むろんパンチ通り周辺の
規則に従って許可を与えはしたものの、あまり納得していないらしい警官たちは、憮然とした表情でストローたちを見送る。
そうして馬車に揺られて家に帰りついたころにはとっくに昼の時間などすぎていて、むしろ午後のお茶のほうが近いくらいだった。
人形たちに空腹という概念はないが、リチャードはそうではない。長時間パペットを抱えていたせいもあろうが、馬車を下りる脚が危なっかしくふらついていたので、ストローとパペットで彼を支えなければいけなかった。
出迎えたクワイエットは呆れ顔で、何かすぐ食べられるものを用意すると言って台所に引っ込んでいった。
「用意って……」
「彼女は家事に慣れているそうだから。とりあえず居間に行きましょう。パペット、手伝って」
「はーい♪」
馬車には警官が同乗していたが、家の中まではついてこなかったからか、パペットはもう平気な顔だ。もしかするとさっきまでの怯えは演技だったのか、と思うくらいけろっとしている。
とにかくリチャードを座らせると、少し遅れてクワイエットがお盆を持ってきた。
「とりあえず朝のパンが残ってたから出しとくわ。それと紅茶。今スープを温めてるから、あくまでメインはそっちよ」
「スープなんてあったかい?」
「作ったのよ、テディのお昼用に。夜のぶんまであるから」
こともなげに言うクワイエットにリチャードは目を丸くする。ここがいかに世界一の人形の街でも、少なくとも腹話術人形が炊事をするなんて話はそうそう聞かない。
初めから料理を目的として作られた人形ならあるが、それでも人間の補助は必須だ。
なぜなら人形に味覚を持たせる技術はまだない。つまり手順は覚えられても、味見ができないのだ。
だからしばらくしてスープが運ばれても、老人は空腹を堪えてまずそれを観察した。
液は半透明のカナリア色で、肉が入っているようには見えないがうっすらと脂が浮いている。香りから判断するにバターを使ったらしい。
具材は豆や芋など質素なものだったが、そもそもこの家に大した食材の買い置きがないことはリチャードも知っていた。むしろあり合わせのもので整えたにしては彩りが悪くない。
見た目は問題ないが味はどうか。
ひと口掬って含んでみると、柔らかいバターの香りとほどよい塩気があった。遅れてくる胡椒の辛みと、それから何か隠し味でも入れたのか、何かまろやかな甘みも感じられる。
具もしっかりと火が通っていて、リチャードの老いた顎にも優しい硬さになっていた。
「うん、……とても美味しいよ。きみは料理が上手だね」
「まあね、十年もやってりゃこれくらいできるわよ。……でもよかったわ。テディの褒め言葉はたまに信用ならないから、やっとまともに第三者の感想を聞けたって感じ」
「テディは第三者ではないのね……たしかに気を遣いすぎるところはあるけれど」
「お世辞だと思ったわけじゃないわよ。でも人間ってたまに味覚がおかしい人がいるみたいだから、一人二人に褒められたくらいじゃ不安なの。それに料理は久しぶりだったしね」
たしかにここ数年はストローとふたり暮らしだったからその機会はない。よくそれでこれだけのものを作れたものだとリチャードも感心したが、人形の場合は人間ほど記憶が薄まらないものなのかもしれない。
リチャードが遅めの昼食を楽しんでいると、ふいに隣でぴょこんと桃色の頭が生えてきた。見れば
くんくん、と声に出して匂いを嗅ぐような動作をしてから、パペットはパッとリチャードのほうを向いた。
「おじーちゃん、かわいいパペットにもひと口ちょーだい! ここから美味しい匂いがするー♪」
その言葉にはその場の全員が面食らう。
突っ込みどころは山ほどあった。まあ相変わらずの一人称だとか、リチャードをおじいちゃん呼ばわりしたのはまだいいとしても、食事を要求する人形など誰も聞いたことがない。
そもそも繰り返しになるが、人形には味覚がない。
嗅覚は精度が低いもののなんとか実用化はされており、それでもクワイエットのような高級品でなければなかなか搭載はされていないのが現状だ。
少なくともパペットはそれほど質の良い人形ではない、ということは復元に立ち会ったストローやクワイエットもわかる。
彼女を構成する部品のほとんどは既製品だし、そのひとつひとつも安価なものだった。辛うじてエニグマレルを組み込める最低限の品質と言えるだろう。
つまり、パペットの言動は一見するとまったくの戯言だった。
あんたねぇ……とクワイエットが零した呆れ声を遮って、リチャードは問いかける。
「パペット、味覚があるのかい? つまり食べものの味がわかる?」
「なんとなく♪ あのねー、お鼻で拾った匂いとねぇ、歯の感覚をねぇ、お口の中の……あれっ?」
説明しながら自分の口に手を突っ込んだパペットが、そこで驚愕の表情になった。
「――ない! お口の中、なんにもない! なんでー!?」
顎を取り替えられたことに気づいていなかったらしい。パペットの悲鳴じみた絶叫に、うるさいわよとクワイエットから容赦のない野次が飛ぶ。何がとは言わないがいつもと逆だ。
そしてあの牙によほど愛着があったのだろう、パペットはしゅんと落ち込んだ。
「お口のないかわいいパペットなんて、もうかわいいパペットじゃないよぉ……」
「あんな危険なもの、そのまま復元するわけないでしょうが。あんた自分が何やったか覚えてるんでしょ?」
「……うん……」
その返事は消えそうなほど小さな声だった。
同じことを警察でも何度も言われたのだ。クワイエットの何倍も大きな身体の人間たちに囲まれて、もっと威圧的な態度と荒く冷たい罵声を浴びてきたばかり。
すっかり俯いたパペットを見て、リチャードの手にしているスプーンがカチリと音を立てた。それに気づいたストローは助け舟を出す。
「キュー、その話はあとにして。食事中の人の前でするべきではないから」
「……、そうね」
クワイエットは肩を竦めて頷くと、台所の片付けをすると言って居間から出て行った。
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